帰還皇の黄昏「聖上……いえ、ハクオロ様、お帰りなさいませ。そしてエルルゥ様、楔の巫女のお役目大変ご苦労様でした」
城の門前で頭を深々と下げて、自分とエルルゥを迎えてくれたのはベナウィだった。あの生真面目な男が眦に雫を溜め、ぎりぎり流さないようにこそしているが、感極まった感情を抑える事が出来ない様子など初めて見る。
「ベナウィさん、こちらこそ、我儘を通させてくださってありがとうございました……あの子は元気ですか?」
「ええ。貴女の娘で聖上の御実子……ついでにその育ての父も大変元気でいらっしゃいますよ。ご安心ください」
「……ベナウィ?」
何かぞくりと背筋を凍らせる気配を感じて、ハクオロは固まる。
涙に誤魔化されてしまったが。
よくよく見ると侍大将を務める男の眉間の皺が……溪谷が随分と深い気がして、恐怖を及ばせた。
それは彼を肩に担いで突っ立っていたエルルゥもいくらかは感じたようで、腰が少し引けている。
「ベナウィさん、あの……もしかしてまた抜け出してるんですか? クオンも、オボロさんも?」
「いえ、今はお二人とも帰っていらっしゃっていますよ。ついでにカミュも」
「ぶほっ」
抜け出す代表だったオボロに、悪戯好きでやはり逃走癖のあるカミュ。そこに実子のクオンだ。どう聞いてもベナウィをかなり怒らせた事項が発生したのだろう、そして、そこにまんまと帰ってきた始祖皇という名の……書類要員。
「え、エルルゥ、ヤマユラに居を移さないか? 今からでも」
「ええ? なんですかいきなり。嬉しいですけどクオン達と暮らせるのを愉しみにしてらっしゃったでしょう?」
「日常には身の安全の方が大事だ!!」
思わず叫んだ言葉に、冷ややかな空気が更に温度を下げた。
「ハクオロ様。逃しませんよ? ああ、皇としては引退された貴方に相応しい役職をご用意しました。皇相談役という立派な補佐役です。もしくは皇にお戻り頂いても國のものは歓迎するでしょうが。どちらに転んでも、逃げるのは許しませんよ? ふふふふふ……」
「た、助けてくれっエルルゥ!?」
明らかに徹夜か疲労で壊れかけているベナウィの手ががしりと肩を掴む。
じたばたと足掻いても、エルルゥの肩なしに歩けもしない脆弱な男が武人から逃れられる訳もなく。
この後缶詰部屋にぽいっと投げ込まれたハクオロは、逃走癖三人セットに紛れ込ませられ、しばらくは帰還の宴も開けなかったとか。