年越し恒例行事その朝、ハクは詰所で潰れていた。
なんてことはない、アクタに頼まれた書類がわんさか増え、朝まで部屋に戻れなかったのだ。
眠気で文机に突っ伏して数時間程経った頃か、朝日が昇ったかどうかの明かりが隙間から差して、簱長代理の瞼がぴくりと動いた。
「ふああ……なん、だ?」
わっせわっせと詰所の窓の外から聞こえてくる喧騒に目元を擦り首を傾げる。
それはどうやら大社の境内から聞こえてくるらしく、ちょうど窓の下方からもよく見える場所だと、寝ぼけた頭で男が察した。
「ふああ……なんなんだ朝から。……そういやあ今日はこっちでいう正月なのか。ってことは、祭りでもあるのか?」
ただでさえまともに寝ていないのに、無理やり起こされてしまったことを不満そうに吐き出し、ハクは眠い目を擦って窓を開けた。
そこの宿坊前の通り……何故か知らぬが、押すな押すなの勢いで、大社の境内を埋め尽くす白い塊がいた。
そんな異様なものをいきなり見せられたハクが平然としていられるわけがなく、腰を抜かして床に倒れ込む。
「なっ なんだありゃあ!?」
「ハク…?おはよう、こんな早くにどうかしたかな、朝からなあに?騒がしい……」
「おう、珍しく早起きだなアンちゃん。ああ、またアレか……」
「物どもっ準備は終えたかっっっ」
きーんと窓のすぐ下から、イエナガの声がマイクを通して響く。
慌てて耳を押さえたハクをよそに、呆れた顔をするクオンとウコンは、単に知りおおせていた事柄を観察するような目を向けたきりだった。
「正月の毎年恒例はしりものHakone駅伝をここに開催するっっっ!! 足の速いヤツから鍋に放り込み、年始の初詣客に振る舞う行事である。今年も皆織代様に感謝していただくように。ではよーいどん!!!」
「「「ぴきゃーーーぷぎやーー!!」」」
ばーんというイエナガの打ったらしいピストルの爆発音と共に、奇声を発する大量のダイコンの声、そして後を追うような犬類の雄叫びが響き渡り、はしりものが参道を走り出した光景が目に映った。
傍にいた観客をすり潰し、踏み潰しながら、ひたすら前だけを見て。
どう見ても地獄絵図にしか見えぬ、眼下の光景を目撃したハクが、泡を買ってそばにいる二人を呼び止める。
「なな、なああ、なんだありゃああ!!」
「ああハクは初見だもんね。これはね大社のお祭りの一つで去年もやってたものかな。オルケにたくさんのダイコンおっかけさせて、あそこの42.195km先?の、ゴールまで追い立ていくんだよ」
「走らせるダイコンは100体ってんだから豪快だよなあ、それでゴールに置いてあるでかい鍋に投げ込むんだぜ、ポーンと」
「それ、ダイコンどもはオルケか参拝客の、どっちかに食われろと……いうことか」
理解はした。
説明されて珍妙な行事だと理解は出来た、が、納得できるかはまた別である。
「そうそう。一番ダイコンのお鍋を食べられると、一年健康で風邪知らずになるっていう縁起物なんだってミナギが言ってたかな! 後でみんなで食べにいくから、ハクも一緒に来るといいかな!」
「だな、アンちゃんも鍋が無くなる前に一緒にいこうぜ? ゴール前で構えてりゃ一杯くらい強奪でっだろ」
「そんな怪しい鍋、バーゲンセールのおばちゃん集団みたいな真似してまで食べなくねえわ!!」
男の情けない叫びが新年の日の出の下にものの見事に響き渡った。
すってんころりん。