カニを食べるその午後、ハクは市場から帰ってきたクオンを厨で見つけた。
「カニ?」
「うん、市場に新しく来てた、エンナカムイからの露天商さんから買ってきたんだ。珍しい食材だって聞いて試しにね!下ごしらえは済んでるもの買ってきたからすぐ食べられるよ。ふふ、茹でようかな、焼こうかな!それからこっちはダイコン、いきがいいの入ってたかなあ」
「ほお……カニ、ねえ?海の生き物のはずだが……って、エンナカムイ?」
「うん。露天商さん、エンナカムイからだって言ってたよ」
いきなり出てきた他國の名前にハクが首を捻る。確か周辺地理の勉強が昨日あたりに混ざっていたが、ハクが見つかった場所からもそう離れていないらしいところではなかったか。しかも地図で見た限り、あそこは。
「エンナカムイって……山の中の國だって聞いたが。……そのダイコン、ビチビチしてんだが、野菜、なんだよな?」
「うん、はしりもののダイコンだけど?」
どう見てもいきが良く暴れている白い塊を、ひょいっと捕まえてさっさと包丁の糧にしていくクオンの刃捌きは見事なものだが、ハクから見ると魚の活け作りでもやらかしてるようにしか見えない。
青くなりつつ、どうにか納得を捻り出し、ハクはダンダンと厳つい音のする背後で首を回す。
「……そうか、しゃべる鳥はいなかったが、でかい鳥がいる世界だ。走る野菜くらいいるんだな、よし。んでどうやって食べる気なんだ、クオン?」
「う〜ん、とりあえず試しだからお鍋にしようかなって。その方がみんなも楽に食べられるでしょ?」
「いいな、出汁はキノコに魚もあるからどうにでもなるか。ならちと味見を」
「あ、ハクってば、つまみ食いはダメかな!」
そういいながら、バラされた白い身をしているカニという食材のカケラに手を出して、ひょいとハクが口に運ぶ。
そこに、なぜか焦った顔でバタバタと走ってきたのは今日は忙しい筈のウコンだ。
あんぐとハクが飲み込んだ音の後、ウコンの悲鳴に似たものが響き渡る。
「おい姐ちゃん!あんた市場で陸カニ買ってきたって聞いたんだがっ」
「あれウコンこんにちは、うん、確かウコンとネコネの出身地だったよね。いいカニとダイコンを……」
「食べるな!! 陸ガニは弱毒性があってきちんと処理しないと危ねえ食材なんだよ! あの露天商、陸ガニの在庫処分とか言ってその危険性説明せずに売ってやがって、とっ捕まえてきたとこなんだ! 誰もまだ食べてないか?!」
「ほえ?」
「…… ぐふっごほおおっっ!!」
「は、ハクーーーーー!!!?」
一瞬の間を置いて、ハクが泡を吹いて倒れる。
うぐうぐと喉を抑えてチアノーゼになりつつある顔色に、クオンは慌てて着物の隠しから毒消しやら嘔吐剤やらを取り出し始めた。
それをどこか冷静に眺めているのは、男の親友であるはずのウコンで。
「ああ、遅かったか……姐ちゃん、ギギリの治療に使った毒消しあったな?あれをアンちゃんに」
「は、ハクうううう!!? な、な、なんでええっっ」
混乱しきってウコンとハクを交互に見る少女へと、落ち着いた男の声が被せられる。
「陸ガニはなあ…エンナカムイが飢饉になったときくらいしか出回らないんだが……ギギリなんだよ……運悪く当たっちまったか……アンちゃん」
「いっいやあああ!!ハクーーー!!しっかりするかなあああ!?」
「ぐふ……あ、あっちからチィが手を振って……いや、あれは兄貴か? うおーーい……がくっ」
どこかでまだ逝ってなそないと叫ぶ老翁がいたかもしれない。そんな夕方の話。