本を読む午後-P視点-
『これはね、ぷりあむすとりばねあげは!こっちがあかえりとりばねあげはでね、これがね…』
昔、悟飯に一緒に読んでやると言ったら引っ張り出してくるのは図鑑ばかりだった。
蝶やら蝉やらの写真を指差しながらその名前を呟いて綺麗だねと笑う。
俺自身そんなものに興味があったかといえば正直なかったが、楽しそうにページを捲る小さな手と輝く瞳を眺めるのは嫌いじゃなかった。
そんな事を思い出して、顔をあげる。
昼下がりの心地よい風と日差しの中、分厚い本に視線を落とし、コーヒーを口に運ぶ顔はすっかり大人びている。
分厚いレンズの向こうの瞳は、右に左に静かに揺れて静かな波のようだ。
あの時みたいな無邪気な光はないが、穏やかなこの時間も悪くない。
ふわりと持ち上がったカーテンから、緑色の光がひらひらと舞い込んできた。
それは悟飯の周りを上下に漂いながら旋回する。
「……こいつは、アカエリ…」
「え?」
ふわふわと漂うそれに指を伸ばすと、そっと指先に留まった。
小さな命を眺めて呟くと、本に向かっていた視線がまっすぐ俺に向けられる。
「…トリバネアゲハ?とか言ったか」
「…え?…あ、あぁ、はい。そうですね。珍しいな」
こんなとこに、と言いながら俺の指の先に指を伸ばして受け取ると、さっと外に離した。
「……僕の話、ちゃんと聞いて、覚えててくれたんですね」
「……一緒に見てやると言ったと思うが」
「そうですよね。なんか嬉しくて」
そう言ってはにかむ顔はあの頃と変わらない輝きを放っている気がした。
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-飯視点-
「……こいつは、アカエリ…」
「え?」
突然の声に顔をあげた。
昼下がりの日の光と薄暗い室内とのコントラストに照らされたピッコロさんの指の先に、緑色の蝶が乗っている。
その光景はなんだか絵画のようで、思わず息を呑んだ。
小さな命に目を細めて微笑む師匠は昔に比べて随分と丸くなったと思う。
その瞳が映す世界もあの頃より美しいといいなと思った。
「…トリバネアゲハ?とか言ったか」
ピッコロさんの声がそんな思考に支配されていた僕を引き戻す。
赤い頭に黒い線、綺麗な緑色が特徴的な蝶。
『全部緑色じゃないか』
『えへへ、ピッコロさんみたいでしょ』
そんな会話まで覚えているかわからないが、呟かれた名前は確かにあの時話したその蝶だった。
「…え?…あ、あぁ、はい。そうですね。珍しいな」
ピッコロさんの指の先から僕の指に伝う蝶。
外にふわりと飛んでいく姿を眺めながらそんなちょっとのことが嬉しい自分に気がついた。
「……僕の話、ちゃんと聞いて、覚えててくれたんですね」
「……一緒に見てやると言ったと思うが」
そうだった。
この不器用な師匠はやってやるなんて言った事を適当にこなすようなことはしない。
そんなこと知ってはいたけど、十数年越しのその事実が嬉しくなる。
「そうですよね。なんか嬉しくて」
そう言って笑う僕を見るその顔が満足げに微笑むのを見届けて、僕は本をそっと閉じた。
-本を読む午後-