きっと最期のその日までオレの腕の中に抱えられた、生まれて一年ばかりしか経ってない生命は、春の日和よりも幾分も温かかった。その小さすぎる手を握った感触を生涯忘れることはないだろう。
「あんなちぃさかった足摺がもう三十かぁ。オレも歳を取るわけだわなぁ」
「よく毎年毎年、飽きもせず同じ感慨に浸れますね」
全く、と呆れたように酒を煽る。その悪態が照れ隠しなのも承知だった。
耳まで真っ赤にして小さくなって俯いてた子供の頃も、うるさい、恥ずかしい事を言うなと邪険にしてきた十代の頃も、火照る顔を酒のせいにして、もういいでしょうと狼狽えていた二十代の頃も。
そうやって思い出していく全てがまた感慨となる。くぅーっと強い酒を煽ってその胸の熱さに呆けた。
「いやぁなぁ、本当に可愛くてよぉ。手なんかこれっぽちしかなくてなぁ!そこでオレはこいつを一生まもっちょらんと!ってよぉ!」
「はいはい。この通り、もう随分大きいですから。護っていただかなくても大丈夫ですよ」
その手から充分に注ぎ直された酒を見て徳利を奪う。空になった足摺の平盃に酒を注いだ。波がおさまって静かになった水面に足摺の顔が映るのも束の間、くーっと煽られていって消える酒。足摺は満足そうに息をついて、室戸さんもどうぞ、なんてオレを気遣う。
本人の言う通り大人びて落ち着いちまったその横顔に、ふつふつと寂寞感が沸いた。酒のせいでバカになった涙腺は昂った感情のまま涙をぶわっと溢れさせる。ぐっと煽った酒で余計にくらくらと視界が揺れて机へと突っ伏した。
「大人になっちまってよぉ!そんな寂しいこと言うんじゃねぇよ!」
「もう…暴れないでください。危ないですよ」
「かわいげがねぇ〜!かわいげがねぇよ!可愛いヤツの癖によぉ!」
「どっちですか。支離滅裂になってますよ」
もう、お開きにしましょうか?なんてもっと寂しいことを言いやがる。くそぉ、と眉を下げて睨みつけると、困ったように微笑み、細めていた目をゆっくりと開いた。色気すら漂わせるその表情に魅入っていれば、すっと耳に寄せられた唇から響いた密かな声。
『 』
その言葉に目を見開いて思わず身体を起こしたオレに、さ、片付けましょうか、と言い放った足摺は中途半端に残った酒もくいっと飲み干してけろっとしている。起き上がった手前、もう一度突っ伏すわけにもいかなくなったオレは後ろに腕をついて天井を仰いだ。
「……かぁー……ほんと、可愛くなくなっちまってよぉ」
「ふふ、またまた」
お好きでしょう、なんて茶化しながら、手を差し出す男に翻弄される。それもまた悪い気がしないのだから、もう手にも負えねぇ。差し出された手に引き上げられて、まだ背ばかりはオレより小さいその肩を抱いて、寄りかかるように体重を乗せる。
「あーぁ。そのうち一緒に飲んでもくれなくなんのかねぇ」
「そうかもしれないですね。そのうち…1000年くらいしたら」
不貞腐れるように呟いたオレに、足摺は途方もない時を宣告する。暗に最後まで付き合う気だという足摺に思わず、ぶはっと吹き出した。
「はっはっは!!そらぁ、長生きしねぇと勿体ねぇなぁ!!」
途端に機嫌の良くなったオレを受け止めながら微笑み、足摺はかちんと室内灯を落とす。
訪れた暗闇の中、窓から差し込む夜桜にはねた薄桃色の月灯りだけが部屋とオレ達を照らしていた。
-きっと最期のその日まで-