先輩豊前と後輩鶴丸と一振り目の俺(鶴丸国永・極)俺は気づいている。この本丸の異常性を。
ーー俺はとある本丸に顕現した鶴丸国永、修行済みだ。
この本丸は食うか食われるかの世界であるということに気づいている。
短刀直入に言えば、俺のいる本丸はピンク本丸である。
よく本丸の運営状態をホワイトだのブラックだの色付けするが、これは人間社会の自信が務める組織状況を表すワードらしい。
違法労働、低賃金、組織の上に立つものからの暴力行為など、劣悪環境を示すワードがブラックだ。
ホワイトはその対局にある、いわば理想的な組織環境のこと。
本丸というのも一つの組織だ。政府を頂点とし分岐した異なる組織。
その頂点に審神者が位置付けられ、末端として俺たち刀剣男士がいる。
政府からの扱いが悪い、審神者が刀剣男士に酷い行いをすることをブラック政府だ、ブラック本丸だという。
念の為にいう。俺の本丸はブラックではない。だからと言って、ホワイトかと聞かれたら俺にはうまく説明付けられない。
ところで話はそれるが、色という概念に偉い人間はこう言った。
『色は光と闇、白と黒の間から生じる』とな。
つまり、白と黒以外にも色は多岐にわたってある。
さらに話はそれるが俺の主は普通の男性だ。
ある日、再放送の特撮ものを観ていたときにボソっと言った。
「子どものときさ、色+レンジャーとか、そういう規則があるって気づいたけど、このシリーズだけはタイム+色って法則が逆でさ。なんでなんだろうと思ったんだ」
液晶の中で、ピンクの仮面と全身タイツを身に着けた正義のヒロインが戦っている。
「ピンクタイムってニチアサで叫ぶのってやべえもんな」
今思えば、その言葉を気にしちゃいけなかった。
ただ、当時の俺は人間社会、特に二十世紀だ二十一世紀だの、近代史の世俗に疎かった。
だから政府から支給された端末で検索をかけた。
検索でなんでも答えてくれるの本当すごい、えらい。
ピンクとは、要は『ムフフ♡』だの『フワァーオ♡』だの、まあチョメチョメした関連を表すカラーなのだ。
それた話を戻そう、この本丸はピンク本丸だ。
間違っても主は関わっていない。
主が刀剣男士に性的行為の強要はそれこそ漆黒もいいところのブラック本丸であり、先程それた話で主について少し触れたのは、俺の主の頭が少し可哀想ではあるが悪いやつではないと教えるためである。
そう、主は一切関わっていない。
だがこの本丸の刀剣男士はすぐにピンクタイムに突入してしまう、だからピンク本丸だと俺は認識している。
主が関わっていないのになぜピンク本丸になったかといえば、刀剣男士同士が勝手に盛り上がって勝手に番同士になるのだ。
だが俺はそれに気づいた瞬間、恐ろしくなってしまった。
鶴丸国永という個体は審神者から気に入られやすく、同時に刀剣男士と番になる確率が高い。
顔面ブルーだ。本当に血の気が引いて真っ青になった。
俺の貞操がたやすく奪われていいはずがない。
刀剣男士はみんな絶世の美形であるゆえ、誰とどう番になっても絵面はいい。
しかしだ、それにしたって俺の同位体どもの番成立している率が高い。
可愛らしい女審神者の前ではイケメンな鶴丸国永の個体もいるにはいるのだが、すでに抱かれて男を知ってるんだろうなという個体も演練でたまにすれ違う。
嘘ついた、たまにどころか高確率ですれ違う。
そんなのごめんだ、俺は誰とも番になるつもりはない。
この犬も歩けば刀剣男士同士で乳繰り合う本丸で生き残るために、俺は目立ってはいけない。
モブになるしかないのだ。
三条だの伊達だの安達だの、はてはレア太刀だの無駄に関係が広い地雷を抱え、それでも俺は番になりたくないゆえひたすらモブになり目立たないよう務めてきた。
焦点があたるというのは俺の尻の悲劇に繋がる。
これが悲恋ものなら美しい悲劇であるが、主に似た性格の俺の尻の悲劇なんてただの喜劇にしかならない。
痛い思いとプライドズタボロにされて笑われるなんざ絶対にごめんだ。
だからだ、顕現してすぐのころ。
初期刀の蜂須賀虎徹と二人きりになった。
「ねえ、鶴丸国永。お……知り合いが、認めることはできないと思ってる相手に告白されて悩んでいるんだ。でもその男のことを内心では憧れていて……」
遠征で二人きりになったとき、現地で、桜の木の下で蜂須賀は俺に心情を打ち明けた。
夕日のせいか蜂須賀の頬は赤く染まったように見えた。
サラサラと桜吹雪が舞い散って、振り返った蜂須賀の髪が風でたなびいて印象的だ。
そんな俺が告げた言葉はいまだ覚えている。
「まだ俺たち人間の身だとバブちゃんだからな!!感情をうまく理解していない憧れと恋慕のはき違え!!気のせいだ!!」
会話を強制終了させたのだ。
ここでうっかり相談に乗ってみろ、俺も乳繰り合う世界でスポットを浴びてしまうことになる。
結局、蜂須賀はその後すぐに長曽祢虎徹とよろしくやる仲になったのだが、この時は本丸が成立して三ヶ月目だ。
あのときはマジでなにも考えてなかったが、蜂須賀に相談された中で雰囲気ぶち壊しの返答をしたことで最初の危機を運良く避けられた。
あの相談から二週間もしないうちに廊下で
「おい、大丈夫か?」
「人前でなれなれしくするんじゃない……」
「そうは言っても俺が無理をさせたのだし」
なんて会話する虎徹兄弟の兄たちに関係性を隠したいのかオープンにしたいのか、俺はわからなかった。
そんな具合に俺の本丸は徐々に徐々に番が増えてピンク本丸になっていき、番になりそうな男士とは深く関わらないことでモブに徹してきた。
なので、この本丸での俺のポジションはいまのところ鶴丸モブ永で留まれている。
そして月日が流れ、ある日そいつがやってきた。
「郷義弘が作刀、名物、豊前江。歌って踊れるって言ってるヤツがいるらしいんだけど……まあ、なんにせよ、走りじゃ誰にも負けるつもりはねーから」
あっ、こいつ絶対に誰かの番になるやつだ。
俺の第一印象がそれであった。
つまり、こいつとヘタに関わるとフラグが立ちかねん。
それだけは避けたい、俺の尻のためにも豊前江とは関わってはいけない。
これだけ良い男ならそのうち誰かと番になるだろう。
そんな俺の思いと裏腹、豊前は番となる相手を中々現れなかった。
最初に番になるだろうと期待していた桑名江はというと……
「ちょっと、こんな畑でやめてよ」
「んー、ちょっとだけ。いいでしょ?」
そのあとすぐ来た松井江と畑当番中にピンクタイムを経験していた。新たな番の成立である。
てか本当にやめろよ、いいわけねえだろ。
「こんなところ誰かがきたら……」
「誰も来ないと思うよ、畑になんか」
いや、俺が来てるんだけど。
お前たちが飯時になっても来ないから呼びに来たんだけど。
そもそも本丸内はどこにいても誰が通りかかってもおかしくねーだろ。
……などということがあったが、ここで変に介入するといけない。
介入して番のあれやこれやに巻き込まれると面倒ごとになりそうだからな。
俺は本丸に戻り「あいつら畑に見当たらなかったから本丸内に帰ってきてないか?」なんて白々しく報告をするのだ。
次に候補になりそうだった五月雨江は、そのあとすぐ来た村雲江とさっさと番になった。
途中、太閤左文字が五月雨江と犬猿の仲らしく、ほのぼのとした喧嘩をして村雲江がやきもちを焼いた時に俺は思った。
可愛い短刀でもヘタに番に絡めば当て馬になりかねん。
もうこの本丸での太閤の立ち位置は、わんわん番のヤキモチをこんがり焼き上げる最高級上質オーブントースターくらいの役割で、哀れだ。
それでもこういう当て馬になった子には遅かれ早かれ番ができる、これがBL漫画ならスピンオフが出てそっちのほうがいつの間にかメインになりかねない。
とにかく、思惑がはずれ豊前江の番になりそうなやつは中々現れなかった。
だがここで安心はしてはいけない。
『こいつ、番できてもおかしくないのになんで独り身なんだ?』というやつは満を持して番となる相手が現れる。
その前例として山姥切国広がいる。
こいつも演練などで番持ちが多い刀剣男士で、できれば俺にとって危険な存在でありフラグがすぐ立ちそうな三日月宗近、あるいは大倶利伽羅あたりと番になってほしかったのだがこの本丸では長い間独り身だった。
一時期はもしかして俺と番になるためのフリー状態かとヒヤヒヤしたがなんてことはない。
政府より派遣された監査官と出会って速攻で番になった。
どうやらこの本丸の山姥切国広は本歌と恋仲になる個体だったようだ。
番が成立すれば俺とフラグが立つ可能性が極端に減るため、たとえ本丸内のピンクの彩度が上がろうが一つ不安要素が潰れることになる。
よくBL同人誌では同じコマにいたというだけでフラグ扱いにされる。同じ本丸にいる以上、100振り以上のどの刀剣男士と俺がそういう関係性になってもおかしくはない。
101匹のわんちゃんならぬ101振り全員とワンチャンそういう関係になる可能性があるというままならない状況は肝に銘じねばいけない。
だが思いもよらぬ形で、豊前と番になった刀剣男士がある日突然現れた。
「……どういうことだ、主」
「この間、鶴丸の習合も上限値まであげたしさ。江戸城内みたいに、極にしていない特進化の状態のほうが有利な戦場も現れるかもしれないから、修行済みの男士は二振り目も育成しようと思うんだ」
おう、説明は理に適っている。
たしかに指揮官として様々な状況を想定し、戦力を育成しておくのは悪くないと思う。
主の言葉に補足するよう、豊前が口を開く。
「それで、鶴丸が修行に出ていた間に新しい鶴さ……鶴丸を見つけたからさ。俺が主に進言して教育係になった」
人が長い間修行していたとはいえ、本丸内では四日のはず。
その四日間でたまたま豊前が部隊長をしていたときに、たまたま新しい鶴丸国永を見つけ、たまたま俺にはもう習合できないから二振り目として本丸に置いておくと聞いて、俺の脳は思考を停止した。
「……やっぱりすでに鶴丸国永がいるのに、同位体がいるって居心地良くないよな」
「でーじょぶだって、鶴さんは気にしないでいいから。鶴丸はそういうことを気にするやつじゃねえって。なあ?」
そう言って俺に向けられた赤い目は笑っていなかった。
その瞬間、なんとかこの男とも変なフラグを立てずにすんだと理解したと同時に、目の前の初々しい雛鳥のような俺とバキバキに番となるフラグが建築されたのだと気づいた。
こんなときにモブとして正しい選択はというとだ。
「戦力が増えるのは政府が推奨していることだし、主の判断しだいだろ?」
肯定も否定もせず、深く関わらないに越したことはない。
とりあえず目の前の男から、俺は貞操を守れてよかったと思うしかない。
「すでにいる俺が嫌なら刀解とかでもいいから……」
「なんでそんなこと言うんだよ鶴さん!!鶴丸も嫌じゃねえよな?」
だから睨むな。あとそっちには親しげに鶴さんって呼ぶのに俺を鶴丸って呼ぶときの圧力が強いなおい。
「嫌も何もいまはじめて会ったばかりだし、もう一度言うけど主の判断次第だろ」
俺に対して仲間以上の感情がなく、いままでまったく興味のなかった豊前が、自分が見つけた鶴丸国永に執着しているのがわかる。
だが俺は焦っている。この何気ない会話で、選択肢を間違えると俺の貞操どころか身体的な安全が保証されない危険性があると気づいてしまった。
ここで二振り目の鶴丸が消えれば、見た目だけ瓜二つの俺が身代わりに豊前と手合わせをする危険性がある。
ちなみにこの手合わせとは性的な意味でだ。
俺は自分の身を守るために同人誌やシブを読み漁ったから詳しいんだ。
こういう人望が厚くてさわやかで非の打ち所がない青年こそ、愛する者を喪失した悲しみの闇に飲まれて病んでしまうのはお約束といえる。
姿だけはそっくりの俺をぶん殴って代わりにする可能性があると気づき、俺は小さく震えた。
修行から帰って極めたばかりの俺でも、薬研藤四郎の作った変な薬を飲まされたり、南海太郎朝尊の作った変な罠で拘束されたり、そういう謎の力で無力化させられる。
一番可能性が高いのは政府から裏ルートで流れた謎の呪符による能力の無効化だ。なんでそんなもん裏ルートから流れる。
そして恐ろしいことに何気なく検索で調べたら存在してるしなんで存在してるんだよバッカヤロー!!
「俺に決定の権限とかないんで。というか主が決定したことだし教育係の許可出したというのなら置いておくつもりだろうし」
そう言えばようやく安心したのか、目の前の雛鳥的な俺が小さく微笑んだ。
「よかった、俺はここにいていいんだな」
「なっ、だから心配はいらねえって。仮にダメだというやつがいても俺が絶対に認めさせるから。鶴さんは安心してればいいからさ」
仮に俺がダメだと言ったら、この男は俺をぶん殴ったんだろうか。いや、ぶん殴るだろうなー。
だって呼び方がすでに違って区別つけてるし、同じ見た目なのに俺にむける視線と違ってデレデレじゃねえか。
つまりだ、この二振り目の鶴丸国永がいる限りは豊前は俺に興味はないだろうが、こいつが折れた瞬間に俺は最悪のバッドエンドをたどるかもしれない。
冷や汗がドバドバと流れ出した。
尻の心配なんて些細なことかもしれない。マジで身代わりにされるのはごめんだ。そういうのいっぱい予習した。
そりゃ俺だってほのぼのや感動ものにはBLで、対象が刀剣男士でもちょっとくらいはよかったねって思えるけどさ、可哀想なのは嫌だ。
無理矢理でひどいエッチシーンは無理、ちゃんと同意の上でやってくれ。
そう、ピンク本丸で刀剣男士がすぐ乳繰り合う本丸でも基本は同意の上でおっぱじめている。
だからこそ、俺はなんだかんだでモブであることでやりすごせるのだ。
「えっと、もう一人の俺……」
二振り目の俺が、俺を呼ぶ。その呼び方、どこかのカードアニメかよ。
「これから色々とよろしくな!!」
そう言って満面の笑みを向けてくる新入りの鶴丸国永の笑顔は、あまりにも眩しくて綺麗だった。
……のだが、めちゃくちゃ豊前に睨みつけられて、俺は「はひぃ!!」と情けない声をあげるしかない。
こいつ、こんなに嫉妬深いのかよ。
っていうか目の前の新入りがいなくなったら冗談抜きでヤンデレルートに入ってしまいそうだ、本当それだけは勘弁してくれ!!
かくして、豊前江とフラグを無事回避できたが、同時に闇落ち展開に怯えながら生活する日々がはじまったのだ。