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    あめだま

    @CANDY_Shambara

    20↑腐/字書き
    取扱→エド右(アルエド、ハイエド、ロイエド)のみ、それ以外は無

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    あめだま

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    フロントライン続き/尻切れトンボ

    #ロイエド
    roied.
    #立場逆転
    reversalOfPosition

    蒼穹のフロントライン・2 もうもうと砂塵が舞う。雲ひとつない、雨の降る兆しなど全くない空はどこまでも青く、抜けるように高かった。それも今は吹き渡る風が巻いあげた砂粒にまみれ、うっすらと黄土色にかすんでみえる。暑く乾燥した空気が皮膚や口腔内の水分を奪い、眼球さえも乾涸びさせていくようだった。
     ここはアメストリス東部の辺境、大砂漠に面した戦地イシュヴァール。イシュヴァラなる一神教に支配された、褐色肌に赤い瞳の異人達が住まう土地。過酷な環境のせいか民族同士の結束は高く、ゆえに七年もの間、内戦は終わる気配もなく続いている。既に多くの人間が敵も味方も問わず犠牲になった。とても、たくさんの。
     ここに送られてから、もうじき半月が経つ。軍人として、また国家錬金術師として在る上で決して逃れられない絶対的な責務。一度、招集がかかれば人間兵器として軍の求めるままに力を振るわねばならない。軍の狗として。今回、大総統はついに国家錬金術師の派兵を決断した。最大で約一年間を想定とした大規模掃討戦──否、殲滅戦だ。
     軍隊での用語として「殲滅」とは、一人も残さず全員殺すことを意味する。基本的に通常戦力の三割から五割程度を削れば大抵は勝ちとされる戦争において、後方を含む全敵兵を殺す……つまり民間人をも対象とするなど常軌を逸している。
     現在の国際法においてゲリラや捕虜の扱いに関する条項など存在しない以上、他国がアメストリスに対し「イシュヴァール自治区」に関して口を挟むことはできない。それは明確な内政干渉となるからだ。ところが南の敵軍は、イシュヴァールに資金と兵器の供与を行った。これにより砂漠と接する辺境の地は「敵国」となったのだ。
     殲滅戦を行う大義名分がある。そして、それができる戦力がこの国にはある。国家錬金術師、軍に与する生きた兵器。一騎当千の実力を誇る、アメストリスにおける武力の象徴。彼らが、そして自分がこの地に来てから半月。たった十日ばかりの間で、どれだけのイシュヴァール人が死んだ、いや殺したのだろう。数えるのも嫌になる。

    「よう、マスタング中佐。お前もここに来てたんだな……それもそうか、あんたも同じ国家錬金術師だったな」

     背後から突然、声をかけられた。自分がいるのは国家錬金術師ばかりが駐留しているキャンプである。少数の護衛を連れての単独行動が基本となる国家錬金術師だが、仕事の時間以外は決められた場所で寝起きせねばならず、後方にある専用の兵舎で過ごすことになっていた。つまり招集されていないこの時間帯、ここにいるのは自分と同じ軍の狗である。
     一瞬、聞きなれない声に敵兵かと誤解し発火布の嵌められた手を構えようとして慌てて敬礼に変えたロイは、クマの浮いた両目を瞬かせた。そこに居たのは己より幾分か小柄な体躯をした青年である。だが、その両肩に掲げる階級章はロイより二階級も上だった。

    「……准将? なぜ、あなたがここに。中央へお戻りになると聞きましたが」
    「ああ、お前達の方には俺の話ってもう降りてたんだ。一応、俺がここで試用されてたのは機密扱いになってたはずなんだけどな」
    「あくまで噂程度ですが。他の国家錬金術師から教えていただきました。私共の前に東部内乱にて先陣を切った仲間がいる、と」
    「そっか……今って時間ある? よかったら少し付き合ってほしいんだ」
    「ご命令とあらば。……いえ、今は休憩時間ということになっていますから、数刻ほどであれば問題ありません」
    「ありがとう。俺がいない間、部下にしてやってほしいやつがいてさ。そいつの紹介がてら、ちょっと話がしたかったんだ。中佐と」

     頭頂部でほつれ無くきっちりと結ばれた金髪に、砂埃で汚れた軍服。決して華奢ではないが、それでも他の軍人に比べると、いささか線の細さが際立つ。見た目だけなら己より一回り以上いとけなく見える、若き青年将校のことをロイは以前から、その存在だけは知っていた。
     国家錬金術師制度が始まってから最初にその資格を得た、そして今なお「史上最年少」の記録を破る者は現れていないという、最も古く最も若い軍の狗。そして最年少なのは資格取得時だけではなく、将官となった年齢も含んでいる。もっとも彼の実年齢などロイは知る由もないので、ただ「そうらしい」ということしか分からないのだが。
     軍籍に名前の載らない将官であり国家錬金術師。彼を識別するものは着々と上がっていく階級と、軍の狗として与えられる二つ名だけ。古株でありながらも自分よりもずいぶんと年若く見える同胞は、疲労の色濃く滲む笑みを浮かべて佇んでいた。

    「中佐も存じている通り、今回の戦役において殲滅戦の主力部隊に国家錬金術師が登用される運びになったのは、俺が先行して任地たるこの地で徹底的な破壊と殺戮を実行したからだ。あくまで試験的なものにすぎないが、結果はご覧の有様だ」
    「……はい。准将の戦果は公式だけでも五万超、非公式も含むと十万を遥かに超えると聞き及んでおります。しかし上層部は七年の歳月でそれほどの人的被害を生み出したにも関わらず、なぜか満足していないようですね。それだけでは飽き足らず我々を動員して殲滅戦を敢行するとは……」
    「イシュヴァールはもはや祖国ではない。アエルゴと我が国の間に相互破壊確証条約が締結されているのは知っているな? だが、かの国はイシュヴァールにて内戦が勃発して間もなく資金と兵器の供与を行っている。これは明確な条約違反だ。大義名分が成立している以上、売られた喧嘩を言い値で買い取るのは当然だろう。違うか?」
    「やりすぎだ、と言っているのです! 戦争をするのは構いません。我々は軍人ですから。しかし自治区扱いとはいえ、元々イシュヴァールはれっきとしたアメストリスの国土です。なぜ同胞を一人残らず殺し尽くさねばならないのですか」

     血を吐くようなロイの問いかけに、醒めた目付きで准将は答えた。血気盛んに逸る若者をしつけるような物言いと声音はあまりにも、熱く乾いた土地にあってさえ冷たく凍えきっている。

    「肌の色も、信じる神も、ましてや操る言語さえ違うのに。お前は彼らを『同胞』と呼ぶのか? それはお優しいことだ。しかしイシュヴァール人は我々を同胞などとは端から思ってないぞ。今も昔も、頭を力づくで押さえつけてくる厄介な隣人で、現在は殺すべき憎き敵だ。さらにアエルゴから支援を受けている以上、緩衝地帯としての役割も失われている。であるならば生かしておく意味が無い。むしろ我が国にとっては大損だ、禍根を残すからな」

     憎しみは連鎖する。傷つけられた痛みは決して忘れられるものではなく、その憎悪と苦しみは人々を復讐へと駆り立てる。だから族滅を。一匹残さず狩り尽くし、消し飛ばし、再戦への気力や希望といったものを与えず徹底的に心を砕く。二度と、この国に歯向かおうなんて思い上がった考えを持たせないために。それが上層部、ひいては大総統の意向なのだと。

    「だから、……だから全て殺すというのですか。国内の反乱分子に対する見せしめに? たとえ肌や目の色、話す言葉が異なっているとしても、同じアメストリスの国民には違いないのに? 准将は『上』の意向に異論はないとおっしゃるのですか。……そんな方とは思っておりませんでした」
    「勝手に期待や失望をされても困るなあ、それに今の発言は不問にしておくけど本当なら不敬罪として軍法会議になってもおかしくないぞ。トップを目指すなら腹芸の一つもこなしてみろ、中佐。俺は別に上層部や大総統に弓を引くつもりはないからな、軍人らしく言われたことには粛々と従うつもりさ。……俺の首には縄がかかっている。それは俺の大事なものと繋がっている。言えるのはここまでかな」

     さて着いたぞ、と准将に案内されてロイが連れてこられたのは国家錬金術師専属護衛部隊が拠点としているキャンプだった。ロイや准将のカバー、あるいはアシストを専門に担当する隊なので、ここに配属されている兵士へ全員、錬金術の心得がある。等間隔にテントが並んでいる風景は自分達のところと同じだが、こちらの方が多人数であり、休憩中の軍人らが談笑していたりと賑やかな雰囲気だ。
     その中に一人の少年がいた。項の辺りで雑に括った黒髪に、眦のきつく吊り上がった目はヘイゼル色。大人びた顔立ちだが頬のまろみに年相応のあどけなさが残っている。首元を緩めた軍服の上に支給された砂色のコートを羽織り、いつ出動要請がかかってもいいようにかライフルを背負っていた。

    「アレ、ウチの跳ねっ返り。名前はロベルト・マクバーレン。中佐も知ってるだろ、『あの』マクバーレン家の末っ子だ」
    「ああ、軍閥家系の名門でありながら、優秀な錬金術師を輩出しているっていう……」

     建国以来、周囲の国を領土戦争によって併呑し国土を広げてきた歪な多民族国家であるアメストリスにも一応、王侯貴族というものは存在せずとも名門と呼ばれている家系はあった。よく知られているのは大地主の資産家であり、将軍位を過去に何人も輩出しているアームストロング家だ。国家錬金術師の長男と若くして将軍位に登りつめた長女のアームストロング姉弟は色んな意味で有名である。
     マクバーレン家も同じく多くの上級将校や錬金術師の子息を抱える名門だ。資格こそ得てはいないものの国家錬金術師相当の実力を持つという後継のクリスティーナ・マクバーレンは、三十代前半という異例の若さで既に目の前の将軍と同じ准将の位を得ている。今回のイシュヴァール戦役に招集されていないが、南や西の国境戦で活躍しているとの話はロイの耳にも入っていた。

    「『剣凪・クリスティーナ』の弟があのクソガキ。あの家には見込みのある子供を少年兵として従軍させ、十五の年に改めて士官学校へ入れるしきたりがあるんだ。で、あいつは今何歳だったかな……確か十ニ、十三だったかと思うが、内乱の勃発に合わせてウチの隊に配属されてきた。クリスティーナからは死んでなきゃそれでいいからビシバシ鍛えてほしいって言われてる。ただ……来週から俺、彼女のいる南部に行かなくちゃならないんだ。その間、お前が面倒を見てやってくれないか、中佐」

     この国はもう長いこと隣国との終わらない戦争に明け暮れている。北とは例の「ブリックズの北壁」と天嶮ブリックズ山、そして不可侵条約があるから決定的なことは起きていないが、代わりに西と南は酷いものだった。定期的に小競り合いが発生し、そのせいで多くの若者が徴兵され死んでいく。
     そして此度、イシュヴァールの一件では南による資金と兵器の供与が認められた。「剣凪・クリスティーナ」という通り名でよく知られる女将軍が南部へ派兵されたのも相互破壊確証条約に違反したアエルゴを徹底的に叩くためだ。准将はそのアシストを任されているという。将軍位を二人も動員せねばならないほど、かの国との確執は根深く、そして国防において重要な意味を持つ。

    「分かりました。上官命令とあらば、謹んで拝命いたします。ただ……あの少年兵が配属されているのって国家錬金術師専属護衛部隊では? 入隊条件に錬金術が使えること、というのがあったかと思うのですが、彼はあの歳で錬金術師なのでしょうか」
    「そうか中佐は聞いてないのか。クリスティーナには兄と弟がそれぞれいてな、末っ子のロベルトは彼女を師匠に持っている。まだヒヨっ子だが、あれでも一応は錬金術師だ。ああ、ちなみに兄の方は錬金術師ではなく民間企業勤めのサラリーマンだ。あの家ではちょっと珍しいけどな」
    「それはすごいですね……見習いレベルとはいえ十代前半で既に錬金術師だなんて。どのくらい使えるんでしょうか」
    「さあ……こっちに来てから、まだ一度も使ってないんじゃないか? そうそう錬金術の世話になるような事態には陥ってないしな、殲滅戦は始まったばっかりだし」

     言いつつロベルトの名を呼んだ准将の元へ、彼の存在に気づいた少年兵が苦虫を噛み潰したような顔をして駆け寄ってきた。談笑していた他の兵士達が緊張した面持ちで敬礼してくるのとは、ずいぶんなギャップである。ロベルトは何しにきたんすか、とぶっきらぼうな口調で准将を睨めつけている。

    「よ、元気にしてたかー? 姉ちゃんが心配してたぞ、あの人、あれで意外と弟思いだからなあ。しきたりとはいえ、こんな過酷な戦場に行かせたくはなかったんだろうな」
    「うっせえ! 姉貴なんざどうでもいい、いっつもオレのこと見下してきやがって! 准将、そんで何が目的でこっちに来たの。あの女の話をしに来ただけってんならもう帰るぞ」
    「まさか。お前の直属の上官になるやつを連れてきたんだ。焔の錬金術師、ロイ・マスタング中佐だ。ロベルト、ちゃんとこの人の言うことをよく聞くんだぞ。中佐、こいつをよろしく頼む。一年でそれなりに使えるやつに仕上げてやってくれ」
    「了解。……初めまして、紹介にあずかったロイ・マスタングだ。君とは長い付き合いになりそうだな……改めてよろしく、ロベルト君」

     敬礼ではなく、あえて差し出した手のひらをロベルトはこわごわ受け取って握手を返した。少年兵であるからこの子供に階級などないが、マクバーレンの末っ子ということで敬語を使わなかったり態度がよろしくないのも見逃され続けてきたのだろう。矯正するのは骨が折れそうだ、と心中でロイは嘆息する。

    「よ、よろしく……マスタング中佐。あのっ、姉貴にはオレのこと黙っといてくれる……くれますか! 偉い人って報告書とか、なんかそういうの書くんでしょ!? 頼むよ、お願い! オレのことはなんも書かないでくれ!」
    「だーめ。中佐には委細を包み隠さず全て俺に報告してもらうことになってる。お前が暴れ馬なのは何も今に始まったことじゃないだろー、観念しろ。っていうかクリスティーナは独自の情報網を構築してるから、中佐が黙ってたところで全て筒抜けだぞ」
    「あの、話が見えないのですが……」
    「悪い悪い。こいつの上官になったやつは、ロベルのやったことや功績、悪行も含めて全てをクリスティーナに教えることになってる。そういう訳で中佐も俺宛じゃなくクリスティーナ宛に報告書を作成してくれ。あの人、遠方に置いておく弟のことが心配でたまらないからって、わざわざ回りくどい手を使ってまで知りたがるんだよなあ」
    「過保護なんだよ姉貴は。オレのことなんか、ほっとけばいいのに……うちに帰る度にやれ訓練だ修行だって鬼のようにシゴいてくるし! せっかく帰省してきたんだから休めばいいのに」

     微妙に頬を赤くしている彼は、言うほど姉を嫌っているわけではなさそうだった。なんだ別にそこまで悪い子ではないではないか、と子供の扱いに慣れていないロイは内心でほっとしつつ、そっと彼の頭を撫でてやる。急によしよしされた形になったロベルトは、びっくりしながらも嫌とは感じていないらしく、大人しくされるがままになっていた。

    「それじゃ中佐、後は頼むよ。俺は今から南部行きだから。お互い、生きていたらまた会おう」
    「……ええ。また」

     名を知らぬ、名の残らない将軍との邂逅はそれっきりだった。翌年、イシュヴァール戦役は殲滅戦の完了と共に幕を下ろし、住む者の誰もいなくなったあの地は今、砂漠に埋もれている。
     そしてロイの子飼いとなった少年兵は、南部国境戦で戦死した姉の代わりに配属された。各地にある駐屯地や基地を転々としたあと、しきたり通り十五の年に士官学校へ入学したという。
     ……それっきりだ。それっきり、ロイはロベルトとも将軍とも関わりのない日々を過ごしてきた。准将からまた一つ位を上げ、少将となった彼が自分の率いるチームへとロイ達を迎え入れるまでは。


    ◆◆◆


    「中佐……いや今は大佐なんでしたっけ。出世しましたよねえ、びっくりしましたよ。二十九で佐官の最上位なんて、うちの姉さんでも成し得なかった所業ですよ。すごいなあ、きっと姉さんが生きていたら驚いただろうなあ」
    「大尉はあれから士官学校に入ったと聞いているが、卒業後すぐにフロントラインへ配属されたのか? あれっきり君の消息が掴めなくてな、ずっと動向が気になっていたんだ」
    「ええ。士官学校に入るまでは相変わらず各地を転々とさせられましたよ。でも、それは少将の差し金でした。ココでのお仕事は軍内部のお掃除。ゆえに全ての司令部や駐屯地について精通しており、現状を知っている人間が必要だ。ぼくが配属後すぐに全軍人のプロフィールを覚えさせられたのも、それが理由」

     とんとんと揃えた書類をクリップで留めて決裁済の箱に入れる大尉は、作業の手を止めぬままにロイからの質問に答えている。基本的に副官は秘書的役割をこなすものだが、彼らの場合は別行動を取っていることが多い。この日も室長である少将は朝早くからいずかかに出かけており、代わりに目の前の青年が雑務を引き受けていた。
     名目上、非正規戦専門のチームであるフロントラインは他所の部署から応援依頼を受けて銃火器を使った掃討戦に駆り出されることもあるが、基本的には内勤業務が中心だ。実際、ロイも鉄道部の一件以降は表立って動くことはなくデスクワークばかりやらされていた。では暇なのかというと、そんなことは全くないのが現実である。
     前提として中央の目が届かない地方や辺境では汚職や賄賂等のインシデントは発生しやすい。現地で登用された兵卒による市民への威圧的な態度や、時には恫喝じみた行為が散見されているという情報は数多く、ひっきりなしに届いている。各地に配置した調査員や協力者からだけではなく、一般市民からも投書や通報という形で報告されていた。
     むろん、それらは各地方の司令部がまず先に引き受けて対処すべき問題である。でなければ中央にばかり案件が殺到してしまい、処理しきれなくなるからだ。しかし現在の軍司令部にまともな自浄作用が期待できるはずもなく、けれどその全てに対応できるほどフロントラインの人員は潤沢とは言えない。結局、事実上不可能なのが実情だ。
     加えて部隊長である少将が本部をずっと留守にするわけにもいかないので、どうしても優先順位は低くなりがちだった。地方なら汚職や賄賂「程度」の軽いもので済むが、これが中央となると取り扱う事件の規模や危険度が段違いに跳ね上がる。どうしても人手も予算もそちらに割かざるを得ないのだ。
     つまり暇ではないが、さりとて細々とした「些事」に貴重な人員を駆り出すわけにもいかず、現状ロイは持て余され気味なのである。デスクワークくらいしか今は任せられない、と言い換えてもいい。前述したように表向きの業務については代打として前線に出ることもあるのだが。

    「なるほど。私は自分と敵対している者、あるいは友好関係にある人物くらいしか把握していないからな。必要な時はヒューズに調査を頼むし……しかし、そうなると少将には味方はいるのだろうか」
    「と、言いますと?」
    「以前うかがったが、少将はよく命を狙われていると聞いている。闇討ちだの暗殺だの、あまりにも物騒ではないか。フロントラインの外にも絶対的な味方がいらっしゃるといいのだが……大尉の話を聞くに、少将が矛あるいは盾として使えるのは副官の君くらいのようだ。だが、それで大丈夫なのだろうか」

     それは先だって国家錬金術師の日帰り派兵に連れていかれた時から、今までロイの頭の中に居座っていた懸念事項だった。自分と副官のみの超少人数構成の部隊、常に複数の案件を抱えている多忙ぶり、そしてポツリと彼がもらした身の危険について。ロイとて激励という名の嫌がらせは過去に受けたことはあるが、さすがに暗殺や闇討ちされかけた経験はない。
     諸外国の王侯貴族の間では、そのような物騒なことが頻繁に起きるというがアメストリスにそうした身分制度はない。ましてや彼はれっきとした軍高官だ、命を狙ってくるのがテロリストや犯罪者なら分からなくもないが、あの物言いだとまるで敵は身内にいるようではないか。確かに職務上、機密にも深く関わっているようだが、だとしても穏やかな話ではない。

    「そうです。少将の絶対的な味方となってくれる方など、この軍にはいません。親しい友人としてならアームストロング少佐やヒューズ中佐がいらっしゃいますが、彼らは佐官。少将にとっては背に庇うべき部下であり、隣に並び立つ者とは言えません。ですが……あなたは違う。ロイ・マスタング大佐、近き未来にて大総統となられる貴官ならば」

     買いかぶりすぎではなかろうか、と思わずロイは首を捻った。確かに己は軍部の頂点を志しており、その目的は軍そのものに変革をもたらし、いずれは祖国に恒久的な平和をもたらすためだ。軍を変えていかなければ国は変わらない。逆に言うと軍が変わり国が変われば、いつか戦争をしなくても良くなる日々がくるかもしれない。
     ゆえに大総統の地位はその足がかりにすぎない。あれは目的ではなく手段だ。あの砂漠で人を殺したくないと泣いて喚いていた新兵が、そのうち人殺しの目をして躊躇いなく同胞を撃つようになった。そんなことは二度とごめんだ、とロイは思う。彼ら彼女らのような若者がこれ以上、自分達のように手を汚さなくてもいいように。

    「ぼくらは平和な世界があればいい、と迷いなく言えます。それは人間だからです。死んだあとも次世代に願いや望みを引き継ぐことができます。でも少将は違う。彼は、ぼく達がいなくなったあとも永遠に生き続ける。死ぬことのない少将にとって居場所は戦場しかない。あの人にとって平和な世の中は息苦しい。それでも穏やかな未来がくるといい、と願っている。大佐ならその道筋を作れる……と、ぼくは信じています」

     少将が不死身、不老不死であることはロイも本人の口から告げられている。同様に目の前の知己も知っていた。何年も苦楽を共にしてきた戦友であり、直属の部下だからか。それとも何か他に理由があって明かしたのか、彼の本心まではわからない。だが言いようのない不快感、不満をこの時ロイは確かに感じていた。

    「……それはまた過分な評価だな。私は君が言うほど大した人間ではない。だが、せいぜい足掻いてみせるさ。昔、少将に君のことを託されたときのことを思い出したよ。彼は、自分の首には縄がかかっていて、それは大切なものと繋がっている、と言っていた。それが真実なら、私はあの人を解放したい。彼を縛りつける全てのものから」

     名前を持たない将校。明かされることのない本名の代わりに「鋼」の二つ名を掲げる錬金術師。砂塵の舞う戦場で仲間からすら憎悪を向けられながら、それでも決して揺らがず「同胞」を殺戮した冷徹なる軍人。彼に敵は多く、彼に味方はいない。だったらロイがそうなればいい。誰も青年の隣に立たぬというなら、では自分が傍にあろう。
     目的はいつだって頂上だ。あの頂きからみえる景色が知りたいと思う。そして少しずつでも愛する祖国に優しい時間が流れるように、色んなものを変えていけたらいいと願う。けれど国は長だけがいても成り立たない。そこに生きる人間がいなければ、ただの地べたでしかない。今は将軍の肩書きを背負う彼が、一人の国民として生きていける国を作りたいと誓う。

    「やっぱり大佐はすごい人です。少将を……あの人をどうか、よろしくお願いします。きっとあなたにしか彼は任せられない。ぼくは、あの人のためだけに生きてゆけないから……マクバーレンの者として生まれた責務を全うしなければならないから」
    「そうか、姉君の……遅くはなったが、お悔やみを言わせてほしい。クリスティーナ『中将』とも、そのうち話がしたかったのだがな……先に、私よりも上に逝かれてしまった」
    「そうですね……姉さんも、あなたのような美男に巡り会えていたなら、と時々思うんです。仕事一筋で、ドレスよりも軍服が馴染むと言って、社交界に出向くより鍛錬の方が好きだと笑ってた。口うるさくて、お節介で、だけど……もう少し一緒に居たかったな」

     数年前の南部国境戦での被害状況は凄惨を極めたと聞いている。本来なら死ぬはずのない将官、それも優秀な錬金術師として高い実力を持つ野戦将校が命を落とすほど過酷な戦況。ダメージレポートを確認した際、イシュヴァールにも劣らぬ友軍の損耗ぶりに思わず自分の目を疑ったくらいだ。
     クリスティーナはこの戦いである兵士を庇って殉職している。同じ戦地に派兵されていた、もう一人の名も無き将軍だ。ロイの目の前にいる若き将校の姉は、上官を生かすための犠牲となったのだ。ある意味、大尉から家族を奪ったのは彼だといえる。
     おそらく彼はこの事実を知らない。だが少将はどうなのだろう。果たして知っているのだろうか、知っているのだろう。でなければ、わざわざ副官に任じたりなどするものか。
     だとしたらその真意はどこにある? 他人を犠牲にして生き残ってしまった、という「罪」を常に己の喉元に突きつけ続けるためではないのか。ロイがそうであるように、彼もまたアキレスとなりうるものを傍らに置くことで自身を戒めているのかもしれない。二度と同じ過ちを繰り返さないために。

    「っと、湿っぽい話になっちゃったな。休憩はここまでにして、そろそろ仕事の話をしましょう。大佐、ドラクマとの国境に近い『ビフレスト』という町はご存知ですか?」
    「知っている。北部でも有名な観光地だろう、スキーやスノーボードなどのウィンタースポーツや雪像展示会でたいそう賑わうそうじゃないか。ああ、メインストリートのイルミネーションも名物だったな」

     休憩は終わりだと言いながらも大尉は自分とロイの分のコーヒーを淹れつつ問うた。独特の馥郁が執務室いっぱいに広がるが、この一杯を味わえるのは二人しかいない。日頃は殺伐としているフロントラインには珍しく、のんびりした空気が流れている。
     何かと多忙なこの部署では皆それぞれに複数の案件を抱えており、今はロイと彼以外、全員出払っていた。腹心である部下達も尉官身分にある者は部隊を指揮する権限を持つため、中央管内で起きる事件に増援として駆り出されていたり、検挙された被疑者の尋問や取調の最中だったりする。
     現場に出ない内勤組なのはロイと大尉だけだったが、この分だとそろそろ前線に呼び出されそうだなと会話の流れから彼は悟った。茶請けと称し、行きがけに買ってきたというチョコドーナツを一口で食べきった大尉が書類の束を差し出す。なおロイには甘さ控えめのキャラメルがけナッツが用意されていた。

    「なるほど……アンチ錬金術師の村、か。どこかで耳にしたような話だな」
    「そりゃそうでしょうね、イシュヴァール人はイシュヴァラの教えに基づき錬金術の使用を禁じていた。ビフレストでも同じように錬金術への偏見や錬金術師に対する憎悪が広がりつつある。ただし戒律という古臭いルールのせいではない、と見ています」
    「裏で誰かがバックとしてついている、と?」
    「……ビフレストで市民による一斉蜂起の予定があるというタレコミが届いています。善意の第三者による情報提供なのか、それとも軍を狙った罠かは分かりません。どちらにせよ原因が原因である以上、本件はフロントライン預かりとなります」
    「原因というと現地採用の兵卒によるものか? 辺境ではまともな練兵課程を経ないまま、いきなり現場に出すような事態が罷り通っていると聞く。それゆえ市民に横柄な態度を取る者もいるというが……武装蜂起が起きるほどビフレストの治安は酷いのか」

     北方、敵国ドラクマとの国境に近い田舎町は雪質の良さで知られており、ウィンタースポーツのメッカとも言われている。厳冬期となると国内各地からスキーヤー、スノーボードやスケートのプレイヤーが集まってくることで有名だ。その町の名はビフレスト、北国の言葉で「虹」を意味している。ジャンナとはまた趣の違う一大観光地だ。
     しかし北方司令部の置かれているノースシティからは距離が離れているため監視の目が届かず、この地で何か問題が起きても外部に漏れにくい。特に冬場は町自体が雪に鎖されてしまうので、スキー場目当てのアスリートや観光客は長期滞在を前提として積雪前に町を訪れる。彼ら彼女らから情報を得ようとするならば雪解けを待たなくてはならない。
     国中にフロントラインの手足となり働いてくれる協力者や調査員達は散らばっており、日々こちらに情報を提供してくれているが、大尉の言う「善意の第三者によるタレコミ」はそれに当てはまらないだろう。情報の確度が高いとは思えないが、しかして放置もできなさそうだ、とロイは嘆息する。

    「やれやれ……相変わらず我が国は内憂を抱えっぱなしか、これはフロントラインの仕事として『どちら』にあたるんだろうな」
    「どちらも、といったところですかね。武装蜂起というなら対テロ戦任務ですし、ビフレストで起きている『何か』の裏で糸を引く者がいるとするなら、そいつは我々が叩くべき敵かもしれない。どちらにせよ看過するわけにはいきません」
    「なるほど。それで私は何をすればいい? 君から渡された資料を鑑みるに、外から監視の目を送って状況を把握するのは難しそうだ。誰かが直接、訪ねてみないことには……まさかとは思うが」
    「ええ。大佐、ちょうどお暇でしょう。早めの休暇とでも思って、ちょっくら行ってきてもらっていいですか? 副官であるぼくは本部を離れられませんし、少将の代打として雑務だのなんだの色々とやることがありますから。第一、少将を単独で敵地につっこませるなど言語道断ですからね」
    「……大尉。今、あなたはなんと? 少将がなんだって?」
    「だから今ちゃんと言ったでしょ。少将一人をビフレストに行かせられないって。安心してください、あの人は既に先行しています。詳細は彼から直接うかがってください。ああ、それと少将は錬金術で変装中とのことですから見つけるのは大変だと思います。頑張って合流してくださいね」

     にっこり。有無を言わせぬ笑顔で締めくくられ、少将にめちゃくちゃに振り回されるであろう今後の自分を思って盛大にため息をついた。
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