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    なんてん

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    なんてん

    ☆quiet follow

    ロキの口調よく分からない、で書いたメモ
    主明なる奴なので腐向け

    #立場逆転
    reversalOfPosition
    #腐向け
    Rot

    屋根智2 遠くから聞こえるのは、直前まで共に居た少年らしき声。
     それに意識を揺さぶられた明智が目蓋を開ければ、薄暗い部屋が映る。ビールケースを並べた寝台よりも硬い感触や、手袋越しに擦れる藁むしろからして、己は粗末な寝台の上に横たわっているらしい。
     未だに残る鈍痛に顔を顰めつつ明智が身体を起こして寝台に腰掛ければ、石床に片膝を付いて声を掛けていたらしい金髪の不良が立ち上がったようだ。

    「はあ⋯⋯これは、また凄い状況だ」

     まさか、夢だけでなく現実でも牢獄入りを果たすとは思わなかった。
     思ったよりも疲れている己の声に苦笑する明智に、金髪の不良が心配そうに声を掛ける。

    「大丈夫か?」

    「一応、まだ無事さ。君は?」

    「ああ、なんとかな」

     肩やらを回し問題ない様を見せた金髪の不良は周囲を見渡しており、その仕草から彼が起きて直ぐに明智に声を掛けた事が伺えた。
     不安故か、生来のお人好し故か、単純に馬鹿なのか。そんな彼は苦々しく現状を噛み締めているようだ。

    「どうやら、夢ってワケじゃねえようだな⋯⋯くっそ、何なんだコレ!」

     叫び出したかと思えば走り出し、牢屋の扉を蹴り始めた挙句に騒ぎ始めたので、やはり馬鹿なのだろう。
     わざわざ閉じ込めた奴が素直に解放してくれる訳がない。そんな分かりきった結論すら頭にない直情的な行動を、動かない少年は呆れた目つきで眺めた。
     ようやく無駄だと悟った彼が肩を落としながら戻ってきたので、表情を取り繕った明智は困った顔を浮かべる。

    「くそ、何処だココ! なんかのセットか⋯⋯?」

    「それにしては外観から諸々、手が込み過ぎているとは思う、けど⋯⋯!?」

     遠くから絶叫が聞こえてきた。
     いや、姿すら視認できないほど遠いにも拘らず、こちらまで響いてくる悲鳴の大きさに少年達は驚く。
     流石に何も分からない状況で、じっとはしていられず明智も金髪の不良と一緒に駆け出し、牢の外を窺う。

    「な、なんだ、今のは⋯⋯」

     断末魔じみた声は尚も止まらず、空間に広がっている。
     やはり確認しても周りに人影が見当たらない。己に待ち受ける運命を悟った明智は鉄格子を強く握り、鍵穴の観察を始めた。

    「⋯⋯」

    「おい、おい⋯おい⋯おい⋯なんか、ヤバくねえか⋯⋯?」

    「なんか、ではなく確実にまずい状況だよ。⋯⋯駄目だな。扉を何とかするのは現実的じゃない。見てないで君も何か探してくれ、じゃなきゃ死ぬよ」

    「し、死ぃ!? ⋯⋯ど、どういう事だよ!?」

     喚く少年を無視して牢屋の中を調べるも、樽には何も入っておらず、壁には鎖が掛かっているだけ、天井を見ても隙間など見当たらない。
     しかも、思い出したく無い時間問題まで金髪の不良が呟いて、もしかしたら初日から遅刻という酷い有様に明智は頭を抱えたくなる。
     簡易的な探索を終えた頃に、不吉な足音が近づいてきた。

    「⋯⋯チッ、もう来たか」

     苛立った明智の口から思わず舌打ちが漏れたが致し方ない。
     暴力を以って、いきなりこんな所へ閉じ込めたのだ。やってきた番兵が告げる言葉など予想が付いている。
     無謀でも扉を開ける瞬間を狙うか迷ったまま、言葉を聞く。

    「喜べ、貴様らの処刑が決まった。罪状は『不法侵入』である」

     喜べるかクソが。分類上は公共施設の敷地で今は朝だろうに何が不法侵入だ。
     入学許可を取り学生証を持った者が、対応する高等学校と掲げている施設に入って裁かれるなど有り得てたまるものか。個人の所有地だと言うなら学校名を記した銘板を取り外せカス。
     内心で悪態を高速で吐く明智が番兵を睨む。

    「よって、死刑に処す」

    「はあッ!?」

     冷淡に告げられた酷い結論に不良が叫ぶのも、よくわかる。
     予想通りの理不尽っぷりに、明智は引き攣った笑顔を浮かべて反論した。

    「正気ですか?」

     少年達を小馬鹿にしたように見つめる番兵が、答える事は無かった。代わりに、主人が問に答えたからだ。

    「俺様の『城』で勝手は許されない」

     何かが牢屋の前にやってきたかと思えば、コスプレをした中年親父である。
     幼稚園のお遊戯会、あるいは簡易的なイラストにあるような単純な作りの王冠を頭に戴く、ハート柄の赤いマントを羽織った男には明智でも見覚えがあった。
     ただ、何故か彼は素足であったので、見れば見る程に意味が分からない。

    「え? まさか⋯⋯鴨志田か?」

     鉄格子に張り付く不良も同じようで、ぽかんと大口を開けている。
     そして不良が『鴨志田』と呼ぶあたり、やはり今朝の男のようだ。下半身を中心に生きていそうには見えていたが、ここまでイカれた格好をする教師だとは明智も思わなかった。

    「ただのコソ泥と思ったら、坂本。貴様だったとはな」

     不良の名前は坂本と言うらしい。どうでもいい情報だ。
     嫌味ったらしく笑う鴨志田は坂本と因縁があるらしく、少年へと反省云々と抜かしていたが、反省すべきは変態的な彼自身だろう。

    「先生。不法侵入の刑罰としては重過ぎますし、法的に私刑は禁じられているはずですが」

    「はあ? 王に向かって口答えか?」

    「ですから、流石に法治国家で人殺しはどうかと」

    「俺様が法だ」

     本気で殺す気満々な男に、明智の口端がピクピクと痙攣した。
     王様気取りの男は、こちらの話を聞く気はなさそうである。

    「お前⋯⋯ふざけんなよっ!」

     坂本の言う通りだ。
     命が懸っていなかったら明智も、もっと言えと喝采したいくらいだった。
     惨めに牢屋に閉じ込められても反抗的な態度が、気に入らないと言わんばかりに鴨志田が坂本を睨む。

    「貴様、自分の立場が分かっていないようだな? 我が城に忍び込んだ挙句、王である俺様に悪態をついた罪⋯⋯死を以って償ってもらうとしよう」

     顎に手を当てるのはいいが、マントの下が見えてしまい、ピンクのブーメランパンツのみの、ほぼ全裸という実態を晒した鴨志田という男に、静かに明智がドン引く。
     言動ばかりか、格好までとは救いようの無い。しかも、そんな奴に自分達は処刑されようとしている現実がおぞましかった。

    「処刑だッ!」

    「や、やめろ!」

     悲鳴を上げながら坂本が後退っていくが、槍が隙間から突き出されたので、鉄格子の近くに居た明智も背後へ飛び退く。
     やはり武器の有無を考えれば、牢屋の鍵はどうしようもないらしい。牢屋に引き篭もった所で、弓を射かけられ狭い空間内で逃げ惑う羽目になるだけか、火矢なりで火種を投げ付けられ牢屋の中に散らばった藁と一緒に火炙りにされるかであろう。
     逃げるのが一番良かったが、敵の数がこちらの倍とあってはどうしようもない。あっという間に番兵が牢屋内で少年達を取り囲んだ。

    「く、くそっ⋯⋯!」

     武装した集団にたじろぎながらも、坂本は動き出した。
     彼が番兵の一人を転がしたのを見て、咄嗟に明智も体当たりをかます。

    「オラッ!!」

    「ふっ!!」

     番兵が転がり、大きな音が立て続けに鳴り響く。
     しかし、転倒した個体とは別の番兵が、間髪入れずに坂本を殴ったようだ。鈍い音が響く背後を気にせずに入り口へ走ろうとした明智は、出口で待ち構えていた筈の鴨志田に顔面を殴られた。

    「うっ⋯⋯!」

    「⋯⋯ふん」

     無論、そのまま終わる筈もなく、鴨志田の鋭い蹴りを食らった明智が元の位置に吹き飛ぶ。

    「この小虫が!」

    「ぐあっ⋯! ⋯⋯ゴホッ! ゲホッ!」

     容赦ない害意の籠った蹴りが腹に刺さったせいで、床に転がった明智は咳き込んだ。殴り慣れている男の動きに、クソ野郎がと内心で罵りながら身体を起こす。
     同じく床に蹲っている坂本が叫んだ。

    「っ、大丈夫かあんた! 早く逃げろ⋯⋯!」

    「──え?」

     こんな状況で心配されたのが信じられなくて明智は彼の顔を見た。
     間違いなく恐怖が宿った顔付きで、絶体絶命だというのは理解できている癖に、ヘーゼル色の瞳が心底こちらを慮っているのが、不思議でならない。

     どうして、と明智は心の底から思った。
     どうして、見ず知らずの今日初めて会った人間にそんな事が言えるんだ。
     どうして、今お前を見捨てて逃げようとしたのに、それを肯定できるんだ。
     どうして、アイツみたくそうも眩しく在れるんだ。

    「薄情にも逃げようとしてそのザマだぞ? 随分と間抜けな仲間だな?」

     馬鹿にしたような声が上から落ちてきて、坂本が反論する。

    「仲間じゃねえ⋯⋯ほら、早く行け!」

    「──」

     動かなければと思った。いつだって自分を選ぶべきだと知っていたし、更には坂本の好意を無にする行いだと分かっていたのに、手も膝も冷たい石畳から離れない。
     そんな明智を鴨志田が嗤う。

    「どうした? 怖気づいて逃げられないか?」

     理由さえ分からずに固まる明智を鼻で笑って、裸の王は坂本を処刑すると宣言し、番兵が彼を持ち上げ、鴨志田が嬲り始めた。
     一方的に殴られた少年は、あっという間にボロボロになって床に崩れ落ちる。

    「フン⋯⋯こんな下郎、殴る価値もない。今、殺してやる」

     番兵から剣を受け取り、坂本の首へと近付ける鴨志田。
     剣はよく磨かれているのか、僅かな光を反射させて光っている。

    「本気か!?」

     何もかも酷い悪夢のような光景に思わず、叫んでしまってから明智は後悔した。
     どうして声を上げたのか。逃げればよかったのに、何故だ。

    「んん? お前、俺様が誰だか分からないのか?」

     坂本を痛めつけるのに飽きた裸の王は、這いつくばっている明智に近づき、錆利休の髪を掴み上げ気色悪い顔面を目一杯突きつけた。そんなに見せられても面しか知らないとしか答えようがない。
     小さな女の子が不思議な雰囲気の人間を見てそう思うような、無条件で誰からも認知される王など現実でも存在しないのだから、小さな敷地を支配する暴力男の威厳も知名度も、これっぽっちも無いだろう。

    「チッ、腹立たしい目をしおってッ!」

     レンズの奥に潜むゴミでも見るような烏金の瞳に、裸の王が気分を害したらしく、少年は石畳に投げ捨てられ、剣が床に突き刺さる。冷徹に右腕を貫く異物感と燃えるような痛みに少年の悲鳴が上がった。

    「ああァァ!」

     瞠目しながら苦痛に顔を歪めた明智は、濃くなっていく死の気配に浅く呼吸を繰り返して怯え、全身が硬直して凍えていく感覚に襲われる。
     ふざけた格好をした教師である筈の男は、遊び半分で少年達の命を弄ぶ気だ。
     そもそも、こんな城を支配している時点でまともではないのだと明智は恐怖を抱き震えた。

    「押さえてろ⋯⋯そらもっと泣き叫べ!」

     引き抜かれた剣が、血を滴らせて再び明智を刺そうと近づいてくる。
     冗談じゃないと焦った明智が、起き上がろうとするも手足を鉄の番兵に取り押さえられた。

    「ぎあァ!! ⋯ぅ⋯あ、⋯⋯あ、⋯⋯っ」

     足を刺されて無様に転がる明智を見下す裸の王が高笑いを上げる。
     埃っぽい空間に、冷たい床へと明智を磔にする圧が、無情なる現実を知らしめた。
     なんで声を上げてしまったのだろうか。死ぬまでの時間が多少変わっただけかもしれないのだとしても、悔しくて仕方ない。

    「そら、そら!」

    「がッ、う⋯⋯! ぐ、あッ⋯⋯!」

     容赦なく胸を腹を蹴られ、なす術なく痛めつけられる。
     迫り来る死と、暴力の嵐に晒される無力な少年の視界は次第に暗くなる。しかし、不意に燐光が舞い散り彼の目を奪った。
     よく見れば、それは光る蝶だ。儚いソレは、明智が存在を認識すると共に強く煌めき、声を発する。

    ──これは理不尽なゲーム。勝機は、ほぼないに等しい。
    ──しかし、この声が届いていると言う事は、まだ可能性は残っているはず。

     何を言われているのか、まるで理解できないが、少なくとも抵抗しなければ明智も、それを追うように坂本も死ぬのは確実だろう。
     お遊び感覚で決められた処刑。それはまるで、あの裁判のようだ。
     腹が立ったから、そこに居たから、無価値だから、社会的に殺された。
     子供の頃から同じ事の繰り返し。理不尽な大人に食い物にされるだけの人生。

     どうして、僕らの命をこんな──

    『ゴミカスに奪われなきゃならねぇんだァ? おかしいよなァ?』

     本当にそうだ。突然響いてきた声に、くるしんでいる明智は同意した。
     怒りに満ちた言葉は間違いなく彼自身が思った事だ。
     だが、どこから聞こえるのかと、目を凝らしてみても先程の蝶のような変化は一切見当たらない。

    大人達あいつらが憎たらしいよな?』

     これまた明智には同意しかできなかった。
     冤罪を掛けた獅童も、明智を引き取った親戚も、裸の王も、暴力を振るえば弱者は黙ると思っている。
     弱者を嬲りニヤつく彼らの笑顔は、皆そっくりだった。

    『全てが思い通りに行くとなんざ思ってるヤツを見返してやりたいよなァ?』

     確かに、いつだってそうしたかったが、今とてやり返す力など無い。
     大きな力に捩じ伏せられ、自分も坂本も取り押さえられてしまった。
     静かに諦観を宿す明智に語りかける声は、何処かおどけた調子から、トランプの裏表が翻るように一転。嘘だったかのように狂熱は冷め、霧氷を纏う侮蔑の声へ変貌を遂げる。

    『──なんだ貴様。このまま犬死するのが望みか? つまらぬ終わりを迎えたいのか?』

    「⋯⋯嫌だ」

     ゾッとする程冷たい声に、終わりを想像して感情のままに呟く。
     無価値に死ぬだなんて、我慢ならない。そうだ、まだ終われない。後向きだと指を差されても、明智にはやりたい事がある。

    『そうか、そうか。覚悟はあるんだな?』

     裸の王に蹴られるよりも、痛烈な脳髄を掻き分けるような感覚に襲われる。
     それを振り払うように、頭を揺らす。だが、痛みは寧ろ増し、汗も吹き出してきた。人生で一番強烈だと言える。

    「あぁ⋯⋯がッ⋯、ゔぁ⋯⋯ッ!!」

    『なら⋯⋯契約してやろう』

     頭だけでなく全身から鈍痛が湧き出し、身を捩った。
     方法を忘れてしまったかのように、呼吸がままならない。頭に酸素が行き届かなくて割れるような感覚に苦しみ喘ぐ。
     思考が痛み一色に染まって、何も考えられなくなっていく。

    「ぁあああ! ⋯、ぅあ⋯ああ゙⋯⋯っ!!」

    『我は汝、汝は我』

     再び視界が歪んで周りが見えなくなってから、声が己の内側から発されているのだと、ようやく気がついた。
     禍々しい気味悪さを帯びた不穏な声は、明智自身の声と同じだ。
     内から響く声が言葉を紡げば紡ぐ程、全身が熱く燃え上がる。

    『目的を果たす為に冷酷に残酷に、あまねく傍観者共を喫驚させ嘲笑ってみせろォ!』

     独りで生きてきた。誰もが見て見ぬフリをした。
     他人に寄り掛かったって救われずに腐るだけ、己を救えるのは己だけだ。

    『さァ、他者を捻じ曲げてでも欲望を手に!』

    「はっ⋯⋯ぁ、うぅ⋯⋯!!」

     熱が頭に、顔に向かって上り集う。
     嘲笑うような激情が形を成して明智を追い立てる。

    『己が為に、恨みと怒りのままに直走れ!』

    「⋯⋯⋯が、⋯⋯⋯⋯ぁ」

    「さて、蹴るのも飽きたな」

     狂気を湛える烏金の瞳は小さくなり、猛禽類を思わせる鋭い眼光を宿す。
     血潮が激しく脈打ち熱に侵された思考のまま、己の命を奪い去らんとする鋼に焦点が合わさる。

    「死ねーッ!」

    「ッ!」

     色欲の王の両手によって掲げられた剣は、か弱い少年の首を切り落とす、筈だった。
     室内ではあり得ない現象──吹荒ぶ疾風によって引き起こされた竜巻が、裸の王も鎧の騎士も吹き飛ばした。彼らは石畳の上に転がってしまう。

    「⋯⋯は?」

     壁に叩きつけられた裸の王ですら状況が把握できていない。
     彼が視認したのは、殺そうとした少年の顔面に、いつに間にか鳥を思わせる漆黒の仮面が、張り付いていた事だ。

     少年自身にも理解できなかったが、引き剥がすべき物だとは分かっている。
     ゆらりと上半身を起こした明智が、衝動のままに漆黒の仮面に手を掛け、大きく身体を振り回しながら絶叫を上げた。

    「うぅ⋯⋯、ぁ⋯⋯ああああぁぁっ!!」

     ぶちり、ぶちりと、肉を剥ぐ生々しい音と共に仮面が剥ぎ取られていく。
     赤黒い糸は途切れて玉と化し、床に叩きつけられた。
     綺麗なかんばせは見る影もなく、額から目元まで流した赤に染まる。

     凄惨な状態だというのに立ち上がる少年の姿は、いっそ不気味ですらあった。
     顔を上げた少年の瞳は黄金に輝き、唇は悪党らしい狂気を帯びた笑みを形取る。
     血と仮面は蒼炎へと変貌を遂げ、少年の笑みを残すように炎は歪な顔を象り、彼の全身を覆うように激しく燃え上がっていく。

    『クク⋯アーッハハハ!!!』

     独りでに人体が燃え上がる不気味な光景に裸の王も後退り、周りも呆然と眺めるばかり。
     やがて炎が少年から離れると共に、鎖を伴ってその姿を変える。

     ツノを生やした白黒に色付いたヒトガタの物体は、くるりと回転しながら上昇し、己を戒める鎖を解き放つ。
     鴨志田や番兵と比べても大きな物体が急に現れ、皆唖然と凶兆を知らせるような存在を見上げた。

     ゆらりと浮かぶ、ダズル迷彩を纏う道化師じみた存在は、赫赫かくかくたる灼熱の剣を椅子にするかのように凭れかかり、ようやく得た自由を謳歌するように金色の蹄にも似たヒールを惜しげなく晒すように動かして脚を組む。
     赤と黒の三つ編みを靡かせ、不敵に顎へと右手の甲を当てる様は蠱惑的で、自由に伸ばされた左手の赤い指先は、不穏を示すように揺らめいている。

     少年の姿さえも、左上から右下へと斜めに流れる黒と紺のストライプ柄のツナギをベルトで戒め、裾が燃え盛るように千切れた黒いマントを靡かせ、頭を黒いヘルムで覆った、不吉さを感じさせる物へと変貌を遂げていた。

     不気味な笑顔を浮かべたまま明智が、鉤爪のような籠手に包まれた右手を頭に当てて、彼の後ろに浮かぶ道化師さながらに左手を広げれば、気まぐれな道化師が指を踊らせた。
     すると、独りでに浮遊する灼熱の剣が応えるように宙を舞い、番兵を一閃にて沈めてしまう。
     それに恐れ慄いた裸の王は逃げ出し、驚愕した坂本は大きく口を開けた。

    「お前⋯⋯」

     混乱するばかりのギャラリーを眺めてから、明智に向かって己であると名乗った不気味な存在が、愉快そうに嗤う。

    『俺は、黄昏の煽動者「ロキ」。さあ、くだらねぇ迷いはいらない⋯⋯望んでたんだろう? 殴> なぐ]]って[[rb:斬ってこわしてコロす事をサ!』

    「⋯⋯う、ア⋯⋯、あぁァァッッ!!」

     囁かれた瞬間、身体の内側から暴力的な衝動が湧き上がり、明智の思考を黒く塗り潰す。
     正気が失われていくと言うのに、負の感情に飲み込まれる事に忌避感などは一切湧かず、むしろゾクゾクとした悦楽さえ感じる程である。

    「あは⋯⋯、はは⋯⋯ひひッ」

     恐ろしく危険な物だと理解できるのに、肉体を突き破らんとするような殺意が心地良い。
     指先まで甘く疼かせる加害衝動を鎮める事は望まずに鴨志田へと腕を向ければ、いつの間にか明智の左手には紅いサーベルが握られていた。

    「き、貴様、何者だ⋯⋯!?」

     顔を顰める裸の王に、熱に浮かされ狂った笑みを浮かべた明智は吐き捨てるように答える。

    「テメェを殺して、ぶっ壊すヤツだよォ!!」

     嗤いながら波打つ紅刃を揺らす賊が、王を害すべく走り出す。
     正気を失った少年を止めるべく、狙われた王が腕を振るい配下に命令した。

    「っち、我が衛兵よ! そいつを始末しろ!」

     番兵が姿を変え、更なる人外の様相を呈していたが、ロキが解析した情報を曖昧に理解し、楽観的に負けないと明智は高を括る。
     他者から与えられる物など、いつもならば疑うところだが、直感的に己自身と理解しているからこそ、与えられた情報を簡単に信じた。

    『さァ、血祭りだ!!』

     何より、するりと仮面へと変わったロキも、明智も今此処で暴れる事が望みなのだ。

    「ヒャハハッ! ぶっ壊れちまえよ、全部! 全部!」

     迷いなく斬り掛かれば、浮遊するカボチャは呆気なく波打つ剣に刻まれて消失する。向かって来た敵の攻撃を身軽に避け、己へ呼びかけた。

    「顕現しやがれ! ロキィ!」

     漆黒の仮面が燃え盛り、現れた存在が容赦なく灼熱の剣を振い、跡形もなく消しとばす。
     鴨志田へ向けて一直線に向かう明智を押し留めるように、ワラワラと異形達が現れ、魔法を放つ。
     火花を撒き散らす火の玉やら、軽々と疾ぶ風の刃を紙一重で避けた後、技も理性も捨てた滅多斬りで一体ずつ刈り取っていく。

    「ッハハハ! 最ッ高の気分だァ!!」

     哄笑を上げて命尽きた屍を踏みつけて、両手を広げる。
     オモチャのように殺して壊して捩じ伏せる感覚は、麻薬の如く明智を痺れさせ、身体が次を求めて彼を踊り狂わせた。
     浮ついた手足は軽いのに、獲物を叩き斬る感覚はしっかりと重い。刃が骨を断ち、粉々に粉砕していく感触が手に伝わる。

     悲鳴に全身の血が湧き上がり、肉体が跳ね躍る甘美な快楽を、今まで知らずにいたのが勿体なくて仕方がない。
     道理で強者は弱者を食い物にする訳だと納得さえした。弱者だった己が今、狩る立場になった故に余計にそう思う。

    「あ?」

     今更ながらに身を寄せ合うように明智の様子を窺う化け物達が、一部居た。襲わなければよかったのに、襲ってきたのはあちらの方だ。
     まるで化け物を見るかのような彼らに、苛立ちを感じた。

     明智の棘を増長させるようにロキが壊せと騒めく。
     囁かれるままに怯える異形を睨め付ける。直接干渉を受け、ある程度理解したロキの力を異形の一匹に向けて放つ。
     戦術的試作と言えば聞こえは良いだろうが、不要悪趣味な行為だと分かって居ながらも、暴走へといざなう。

     すると見境無くソイツは周りの仲間を攻撃して暴れる。
     使えそうな能力だと判明したが、思った以上に攻撃的になり、脆くなるようだ。
     愉快な同士討ちの殺戮劇を眺めて、頃合いを見計らい敵を始末していく。

    「ヒヒッ、とっとと死ね!」

    「⋯⋯ぅ⋯、う⋯⋯あ⋯!」

     返り血を浴びて嗤う凶兆の化身を恐れるのは裸の王だけでは無く、この場で一番無力な坂本とて同じである。
     尻餅を付いたまま前方で起こる狂瀾から逃れようと、後退る少年を異形が目敏く見つけた。

    「うわあああ!!」

    「ん?」

     聞き覚えのある声に、背筋を爪で引っ掻かれたような違和感を覚え、明智が振り返れば露出が多過ぎる天使のような異形が坂本に近づいている。
     おそらく嬲り殺されるだろう憐れな少年を見て、気まぐれ故か利益を考えるよりも先に漆黒の仮面に手を掛けた少年は叫ぶ。

    「ロキ!」

     不気味な道化師が赤い指を折り曲げ、捻りながら掌を敵へと突き出す。空気を震わせながら魔力が収束し弾となって放たれる一連の動きは、一瞬だった。
     たった一体を狙撃する魔弾が、汚れなき翼を生やす白皙の背を穿つ。
     異形が胸から生暖かい体液を、ぶち撒けて地に墜ちる。どさりと石畳に激突した亡骸に坂本は、息を殺すように両手を口に当てていたが、悲鳴を上げるのは止められなかった。

    「ひっ」

     そのまま塵と化し消え失せた異形を、ヘーゼル色の瞳を揺らし凝視する。そのままゆっくりと黒いマントを揺らす男へと視線を向けた。

     一方で敵を仕留めた明智は、残った番兵をサーベルで切り刻み蹴散らす。
     ゆらりとトドメを刺した前傾姿勢から起き上がった少年が、波打つ紅刃の鋒を鴨志田へと突きつけて嗤う。

    「残りはお前だけだ」

    「おのれ⋯⋯」

     苦々しい顔で裸の王が反逆者に制裁を入れるべく本性を露わそうとするが、ダズル迷彩を纏うしなやかな脚に蹴り飛ばされて壁に叩きつけられた。
     幽鬼のような足取りで鴨志田に近づいた明智が、素肌を晒している毛だらけの脹脛を仕返しとして無造作に切付ければ、鋸で肉を抉られた悲鳴が牢の中に木霊する。

    「ぎゃああっ! ⋯⋯き、貴様ァ! 俺様に⋯⋯ひっ!」

     いつものように怒鳴ろうとした裸の王は、転がる男を歪んだ顔で見下ろす少年と、その背後で惨劇を面白おかしく眺めるような姿勢を見せる北欧神の不気味さに、恐怖した。

    「ククク⋯⋯アーハハッ!!」

     喉を鳴らすような笑い声は、哄笑へと変貌する。
     口端を吊り上げ開ききった瞳孔でギョロリと裸の王を睨め付ける少年の様子は、実に楽しそうだ。

    「⋯⋯っ」

     鴨志田を追い詰めている明智の姿に、牢屋の隅で眺めていた坂本は嫌な予感を覚えた。牢屋で繰り広げられた力関係は、もはや誰がどう見ても逆転している。
     その証拠に明智は嗤いながら、容赦なくピンクのマントに包まれた鴨志田の心臓目掛けて紅いサーベルを突き刺そうを両腕を持ち上げた。

    「さア、俺の恐ろしさを味わって⋯⋯」

     凶刃を避けても、背後の道化師に殺されると思ったらしい鴨志田が両目を瞑る。加虐心が満たされる光景そのものだ。

    「死ネェ!!」

     楽しげに明智が腕を振り下ろそうとした瞬間、背後から衝撃によって体勢が崩れた。
     震え声で尚も叫ぶ少年が原因だ。

    「駄目だっ! さすがに駄目だろ、それは!」

    「うお!?」

     さくりと、鴨志田の背中を軽く抉る位置にサーベルの刃が落ちる。
     その程度の痛みで恐怖に満たされた男を見下ろしながら、明智の身体を震えながら抑える存在に苛立つ。
     最高に気持ちいい気分が、最後の最後で台無しになったからだ。

    「そいつが俺らを殺そうとしたのは事実だ! けどよ! 人殺しは流石に良くねえだろ⋯⋯!」

     必死に訴えかける少年の声に、明智が改めて状況を把握すれば、確かに人を殺す寸前であった。
     狭まっていた視界が静かに広がり、壁が削れた壁さえ見えた。

    「人、殺し⋯⋯?」

    「あんたが、ソイツと同じ事する必要はねえだろ!!」

     急激に血の気が引いていく心地に、唇を振るわせる。力の抜けた手から、呆気なくサーベルが滑り落ちて、カタリと音を立てた。

     押し寄せる不安や恐怖で息を荒げる明智が坂本ごと後退る。ハンマーで殴られたように理性が返ってきたせいか、もはや鴨志田を殺す気になれない。
     快楽の為に他人の命を奪うなど、裸の王と同レベルのクズの所業である。そこに静止が入るとは思っても見なかった。

     実父一件で怯えた女性を見て、面倒だと思うような感性があった以上、己の性根は周りに居た大人達と同じく腐り切っている。それが今の結果を引き寄せたのではないかと、静かに唇を噛んだ。

    「僕、は⋯⋯」

     酩酊感は掻き消え、酷い眠気に襲われた明智がフラつき、彼の身体が再び燃え上がったかと思えば黒紺のツナギは溶け消えて元の制服姿へと変わる。

    「うお、戻った⋯⋯!? って、それどころじゃねえな、えっと、その⋯⋯逃げるぞ!」

    「逃げ、⋯⋯ん?」

     反復するように言葉を飲み込む明智の爪先に当たったのは、ハート型の金属が束ねられた物だった。

    「これ、かぎ?」

    「お⋯⋯! よし!」

     ぼんやりとしている明智の手を引きながら、坂本が素早く鍵束を拾い、牢屋の外へと走り出す。彼は鉄格子の扉を閉めて鍵を掛ける。
     ガチャンと、鍵が掛かった音は現実と変わりなくて不思議ですらあった。
     どこか、遠い音を聞くような心地で、坂本の嬉しそうな声を聞く。そして彼は、手に持っていた鍵を水路へ投げ捨てた。
     仕事は終えたと自信満々な顔付きの坂本が、勢い良く明智を気にかける。

    「なあ⋯⋯! あんた大丈夫か!?」

     肩に置かれた坂本の手は明智を揺らなかったが、鬱陶しくはあった。
     しかし、彼の顔から悪意は感じられず、寧ろ純粋な気遣いである。

    「た、ぶん⋯⋯いや、ちょっと頭が痛い⋯⋯」

     左手で頭を抱える明智の様子に、警戒を少し緩めた坂本が新たな問いを発しようとしたが、鉄格子を揺らす音に少年達は驚き、音を出した裸の王は自身を牢へ閉じ込めた弱者達を睨みつけた。

    「き、貴様らあぁ!」

    「くっそ、イミわかんねえ! とにかく逃げんぞ!」

     不気味な現実を飲み込みきっている訳では無いが、鴨志田の怒号に悪態を吐く坂本は疲労の色が出ている明智を引っ張りながら駆け、地下牢のような空間からの脱出を試みる。

    「くそっ、開かねえ!」

     道中を区切る鉄格子の扉はしっかり閉じられているらしく、坂本が体当たりしても開きそうになかった。

    「ねえ、あっちは?」

     暖かな手の感覚とは裏腹に、暴力的な騒音で意識がはっきりしてきた明智が、途切れた道を指差し、坂本は迷いなく向こう岸へと飛び移り頷く。

    「よしっ! 行けそうだぜ」

     金髪の不良を追うようにして、明智も飛び移り出口を探す。
     ふらりと揺れる明智の様子を心配してか、彼は再び明智の手を握るが、未だに手は震えていた。順当な反応であり、尚のこと不思議な状況である。
     高笑いしながら敵性存在をブチ殺して暴れるような奴を連れて行こうと思える、その精神が眩しい。本来ならば明智を、あの鴨志田とやらと同レベルで警戒して然るべきなのに、面倒を見ている。

    「お、ここからならワンチャン通れるか? って⋯⋯流石にカバン二つは通り辛れえ⋯⋯⋯」

     すぐ近くで聞いている筈なのに、何かにぼやく坂本の声が未だに遠い。
     変に運動させられるせいで段々気持ち悪くなってきた上、先程の鍵束の規格が思い出せないが、坂本が捨てたアレに通路の鍵があったかもしれないと今更気がついた明智が舌打ちした。
     溢してしまってから、口元に黒い手を当てる。川の激流で聞こえていないと良いな、と思いながら兵士に見つからぬよう物陰に隠れて探索するが、推定二階分以上の高さを上ったというのに、景色は変わり映えしない。

    「学校があった場所にこんな広い空間、ある物なのかな⋯⋯?」

    「だーっ、もう! ここはいったい、何なんだよ!! ⋯⋯いや、それどころじゃねえか」

     疑問と悲鳴を上げながら少年達が道行けば、吊るされた牢が見えた。鳥籠じみた牢屋と天井を繋ぐ鎖が不気味に軋み、空間に響き渡る。
     激流が流れる水路を地とする宙ぶらりんな牢屋の中身が信じられずに、少年達は呆然と口を開けた。

    「お、おい⋯⋯あれ⋯⋯」

    「冗談でしょ⋯⋯? いや、悲鳴を考えれば当然か」

     ロキを呼び出せるならば、吊り下げされた牢屋を降ろす事ができるだろうが、明智は力の使い方すら分からない状態だ。更に言えば、二度目も使えるのかすら分かっていない。
     そんな曖昧な超常の力がなければ、助けられそうにない少女。牢屋という質量や立地も手伝って少年二人ではどうしようもない。

     現実的な考えで動く明智は元より、熱血漢な坂本でさえ状況に追われて見て見ぬフリをする。
     命が惜しいとは言え、多少なりとも、やるせ無い苦々しさを抱えた少年達が吊り橋を見つけた頃、背後から奇妙な声が聞こえた。

    「⋯⋯おい、そこの」

     少年のような、だが大人びているような不思議な声だ。

    「え?」

    「キンパツと茶毛! こっち向け!」

     言われて明智が牢屋に目を向ければ誰も居らず、疑問に思って下に視線を送れば、そこに黒いぬいぐるみのような物がいたのである。
     二足歩行の猫もどきは、困り果てた顔で必死に手というか、肉球を振っていた。

    「なんだ!? こいつ!?」

     信じられないと叫ぶ坂本に全面的に同意したいが、謎の生き物は先程見かけた無力な少女よりも利用価値がありそうに明智には見える。
     根拠のない勘でしかないが、現状を打開してみせようとする目付きに、何となく惹かれた。

    「そこにカギあるだろ!?」

    「外出てえのは、こっちなんだよ⋯⋯! てかお前、どう見たって敵だろ!?」

    「違うとは思うけれど⋯⋯まあ、否定もしきれないな」

     一部の番兵の正体がファンシーなカボチャだったせいで、牢獄に閉じ込められた猫擬きが敵に見えるのは、わからなくも無い。
     しかし、ぎょっとした顔で「捕まってるのだから違う」と喚く猫擬きの言い分には、納得できる物がある。
     そんなやりとりをしていれば、鎧の音が響き少年達は顔を引き攣らせて、音源へと目を向けた。
     外部との連絡が取れる筈の携帯は未だに圏外。明智の能力も不安定な様子を見せている状況で番兵に捕まろうものならば、酷い目に遭うだろう。

    「一体どっから出れんだよ⋯⋯!」

     苦しそうに呻く坂本の言葉に、猫擬きが顔を輝かせ我が意を得たりと言わんばかりに、少年達に取引を持ち掛ける。

    「おい、オマエら! 出口なら出してくれれば案内するぞ? 捕まって処刑はイヤだろ?」

    「⋯⋯いいよ。でも嘘ならタダじゃおかない」

    「嘘じゃない! 本当だって!」

     坂本には猫擬きの反応が微妙に映ったらしく文句を垂れたが、言われた側の猫がヘソを曲げ始めてしまう。余計な事をと顔を顰めたくなったが、明智が坂本に苦言を呈す前に刻限が迫る。

    「まずいね」

    「マジなんだろうな!?」

    「早くしないと捕まるぞ」

     求める物がある側の方が基本的に不利なのだ。完全に足元を見るような声音に苛立たない訳ではなかったが、明智達には選択肢が他にない。
     それは坂本にも理解できていたようで、言われた通りに牢屋の鍵を開けた。
     外に出られて喜ぶ生物を見下ろしながら、金髪の少年が問う。

    「出口はどこなんだよ、化け猫!」

    「猫って言うな! ワガハイはモルガナだ!」

    「うっせえ早くしろ!」

     また牢屋に閉じ込めるという坂本の脅しに、猫擬きであるモルガナが耳を垂らして頷く。すぐに耳を立てて、彼は鴨志田とやらを模した気色悪い石像を手で示した。
     明智に石像の口を調べるように指示を出す。

    「なるほど、君じゃ手が届かないね」

    「こんなん分かるかよ!」

     確かに橋の近くに置かれているのだから制御装置だと言われれば分かるが、悪趣味すぎて触る気にもなれない。無機質な石製の物とは言え、口に手を突っ込む必要性があるのが嫌過ぎる。

    「素人め。さっさと行くぞ!」

     そして何故、猫に馬鹿にされれねばならないのか。
     明智が内心で文句を垂れながら走っていた所に、先行していた坂本が番兵と出会ってしまったようだ。

    「うわぁ!?」

     痛ぶられた記憶から恐怖が甦ったのか、悲鳴を上げて転ぶ金髪の少年。
     そんな倒れた人間を障害物でも越えるかのように飛び跳ねて、モルガナが前に躍り出た。
     緊張故か、危機感故か、再び明智の身体が燃え上がり、先程のツナギ姿に戻った。どんな原理なのかと戸惑う明智へモルガナは告げる。

    「おい、オマエ! 戦えるんだろ? やるぞ!」

    「戦うって⋯⋯、な!?」

    「うわ!?」

     どうにも不思議な力をモルガナも出せるらしい。やはり、この空間に於いて戦うには必須のようだ。
     現れた影は大きく、堂々としていた。風船のように膨らんだ体格は大きく、マントを靡かせる帽子を被った黒い剣士を背に、モルガナが腕を組んで不敵に笑う。

    「速やかに黙らせてやる!」

     何処からか出したシミターを背負うモルガナ曰く番兵が姿を変えるのは、明智達を殺す為に本気になった証なのだとか。それは説明を受けずとも肌身で感じ取れる殺気の強さで理解できた。
     牢屋に入れられていたのが不思議なくらいに落ち着き払ったモルガナが指示を出す。

    「支援してやるから死ぬ気で戦え!」

    「言われなくとも!」

     やれられる前にやると明智がロキを呼び出して敵を消し飛ばせば、モルガナは瞠目したが鼻で笑った。

    「おお⋯⋯! 万能属性か! 確かに凄いが、やっぱり素人だな。戦いってのはこうやるんだよ!」

     さっき牢屋で殺されそうになって戦えるようになったんだから、当然素人に決まってるだろうがと明智は文句を言いそうになったが、モルガナのレクチャーは本物で参考になる物だった。
     難なく敵を撃破すれば、更に説明がなされる。

    「ほー、ペルソナの力も、なかなかなもんだ」

     心理学者のユングの提唱した物だろうか。それとも歌劇で言う仮面その物だろうか。
     そういえばベルベットルームなるアレは、夢と現実の狭間だとか言っていたような気がする。ロキが契約と口にし、あそこも契約がどうのと説明していた。
     外的側面として現れるペルソナは夢の中では形にならないのだと言うが、まさかあの夢が原因だったりするのだろうか。
     ペルソナについて疑問に思った明智が問えば、坂本も同じだったらしい。

    「ペルソナって?」

    「お前らがブワーって出す、あれか?」

     きょとんとした顔で問う少年達にモルガナが頷く。

    「茶毛のコイツが仮面をはがすのを見たろ? 人は誰でも、心に仮面を持ってる。そいつを自覚し⋯⋯」

    「あ」

     説明の途中で明智の姿が元に戻ってしまった。
     どうにも力の扱いが完全では無いらしい。どうも城内の騒ぎと姿が関連しているようだが、坂本が話をぶった斬り、モルガナがキンパツと連呼したりと下らない喧嘩に発展し始めたので、話を聞く所ではなくなってしまったので明智が仲裁した。

    「まあまあ、そこまでにしよう。今はそんな暇ないでしょ?」

    「確かに、よく考えたら講義してやってる時間はないな。とりあえず、キンパツも茶毛もコレ飲んどけ」

     モルガナが腰のポーチから白い瓶を出し、明智と坂本に差し出す。

    「これは?」

     受け取ったものの明智も坂本も、貰った物の正体が分からず困惑していれば、モルガナがやれやれと肩を竦める。
     ただの怪しい液体の入った瓶にしか見えないから困っているんだぞと、明智が顔を顰めかけたが答えは単純な物だった。

    「傷薬だよ。オマエら怪我してるだろ? とっとと治して行くぞ!」

    「ありがとう?」

     飲むタイプの傷薬という概念に馴染みが無く、困惑しながらもふわふわした礼を告げた明智は、思わず坂本と顔を見合わせる。しかし、数秒もしない内に腹を括るしかないと同時に決心し、二人は瓶を呷った。
     薬草を擦り潰して作られたのか、苦味のある液体が喉を通り、得体の知れない物への不信感は驚きに変わる。
     鴨志田に付けられた刺し傷の痛みが引いたのだ。

    「すっげえ⋯⋯なんだコレ」

    「暴力沙汰に巻き込まれたって証拠を必死に隠さずに済むね」

    「そ、そういう問題か⋯⋯?」

     坂本にとってはどうでも良くても、保護観察中の明智にとっては、疑いが掛かるだけでも割と切実な問題なので笑えない。
     ついでに多少残っていた怪我も完治したようで、不思議に思いながら腕を見れば、ばっくりと黒い袖が剣の幅だけ切れていた。

    「⋯⋯〜〜ぁ、は?」

     胃を紐で締め付けられるような痛みに襲われた明智が、喉の奥で小さく悲鳴を上げると、それを聞きつけた坂本が首を傾げる。

    「え? どうしたんすか、何かヤベえ事あったんすか?」

    「っ、あ⋯⋯⋯⋯、いや。うん、大丈夫こっちの話。怪我の方は問題ないよ」

     決して安くはない制服が、買ってから数日で穴が空いてしまったという事実にショックを隠せない。学校生活初日に数万円かけて買った制服が傷物になるだなんて、誰が予測できるのか。
     修繕するにも、新学期が始まったばかりで上着を着ないという選択肢が取れない。そもそも一年だけしか着ない衣服の予備など買う訳がなかった。

    「モルガナくんに置いていかれちゃうから、そろそろ行こうか」

    「お、おう」

     深刻そうな顔をしつつも笑顔に切り替えた明智を見て、坂本は何とく触れて欲しくないのだろうと察した。
     そんな会話しながら再び外へ出るべく走りだす。

    「ちょっと待った!」

     だが、途中で人間を発見したのが良くない。何かの心当たりがある坂本が立ち止まってしまった。
     パニックとお人好しが綯交ぜになった彼は、うまく喋れない様子だったが、目が助けれられないのかと訴えている。

     明智とモルガナは敵への対抗手段を持ち合わせてはいるが、余計な荷物を増やしている場合ではない。
     後先考えない行動に苛立ちながら、誰でも救おうとする坂本が眩しくて、明智はそっと唇を噛んだ。
     そうこうしているうちに奥から敵がやってきたので、躊躇いなくロキで吹き飛ばせば、何故か眩暈がしてきた。

    「⋯⋯あ、れ?」

    「そうか、ペルソナの力が強すぎるのか」

    「強すぎる⋯⋯?」

    「抑圧が強かったのかペルソナと本体の実力が釣り合ってない。要するにオマエの精神力に対して、使える技の消耗が激しいってこった。経験を積んでいけば解消されるだろうが、今は頼り過ぎると倒れるぞ」

    「なる、ほどね⋯⋯」

     モルガナの注意が冗談などでは無いのは、身体の異常からも理解できる。
     ふらつきながらも明智が先に進もうとするが、坂本に呼び止められた。

    「待てって! こいつら、このまんまじゃ⋯⋯」

     そんな余裕はないと明智が冷たく突っぱねる前に、モルガナが口を出す。

    「オマエ、本当に何も分かってないんだな? いや、説明してる暇はないか」

    「モルガナくん?」

     明智達と牢に閉じ込められている人間とは、何かが違うのだろうか。言葉通り説明せずに案内猫は、バッサリと見捨てる事を宣言して走っていく。
     黒い生物の背を見つめた後、坂本が納得できるように明智は悲しげに表情を取り繕って脱出を促す。

    「坂本くん、残念だけど僕らには余裕がないんだ。行こう」

    「⋯⋯っち。分かったよチクショウ! あ、いや先輩にじゃないっすよ? 顔色悪いし、悔しいけど言い分も納得できるんで」

    「そう? 自分じゃ、よく分からないんけど、そんなに顔色に出てる?」

    「すんごい体調悪そうっす」

     走りながら会話している時に聞くものでは無い。自覚してから身体が重く感じるようになってきて、明智は顔を顰めた。
     荒い呼吸を漏らしながらモルガナに追いつけば、荷物置きのような部屋に案内され坂本が出口を問う。

    「窓も無えのに、どっから出んだよ!」

    「これだから素人は⋯⋯、こんなの基本中の基本だぞ?」

     二人の側で会話を聞く明智は、目が回る感覚に襲われており、トドメを刺すかのように坂本とモルガナの怒鳴り声が頭に響いて不快感に苛まれていた。

    「ああ、もう。君らは仲良く心中したい訳?」

    「そう⋯⋯もうお先も毛並みも真っクロ⋯⋯」

     ギャグを聞きたかった訳ではない明智は、モルガナのノリにブチギレそうになるが、先に当人がセルフでツッコミを入れる。だから、そんな暇はないだろうがと、明智が笑顔の下でキレた。

    「って、誰がオマエらと心中なんてするかっ!」

    「馬鹿言ってないで、玄人気取りするなら早く答えてくれる?」

    「お、おう⋯⋯」

     表情はともかく、声音には怒りが滲み出ていたのか、しゅんとモルガナは耳を垂らし、坂本も少しだけ明智から距離を取る。
     すぐに気を取り直したモルガナが、通気口を指し示す。パッと顔を輝かせた坂本が二つの荷物を床に降ろした。
     身軽になった彼は勢いよく棚をよじ登り網を外すが、網ごと地面に落下して大きな音を立てる。

     不良っぽい事を抜きにしても運動能力が高いのは分かるが、舞い上がる埃の量が多いせいで、よく見えないが痛そうだ。
     ぽっかりと人一人分通れるであろう穴に、ようやく外に出られるのだと言う安堵を得る坂本。
     それを脱出してからにしろと嗜めるモルガナの言葉には一理ある。

    「さてワガハイは、まだやる事があるからな。ここでお別れだ」

    「そっか、ありがとうモルガナくん。助かったよ」

    「ふっ、律儀なヤツだな。気をつけて行けよ」

     坂本の手を借りながら明智は、なんとか本棚の上に上がって、通気口を抜けた。
     とにかく、外に出たあと全力で駆け抜ければ、周りは普通の景色に戻っている。

    「俺ら、どうなった?」

    現実世界ホームに帰還しました。お疲れ様でした』

     明智が携帯を取り出せば、そのような文言が飛び出し、少年達は首を傾げた。
     妙な古城からは逃げ切れたのだろう。正直、倦怠感が酷いのだが、学校に行かなければならないのが不安だ。

    「あ、そうだ。コレ先輩の分のカバン!」

    「⋯⋯すっかり忘れてた。ありがとう。君が拾ってくれてなかったら途方に暮れる所だったよ」

     制服どころか、学校指定のカバンさえ無くしかけていた事実に肝が冷えた。朝出会った時はマイナスな印象だったが、坂本には感謝する点が多くある。

     まあ、その後サルのようにキーキー煩い坂本の声に反応して警察官が寄ってきた訳だが。
     明智の顔色は目に見える程に悪いらしく、カバンの受け渡しも改まって坂本に絡まれているのではないかと、有らぬ誤解を受けたが逃げるように少年達は秀尽学園へと向かった。
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