赤と緑、合わせて茶色。苦く甘い恋の色。緑色が好き。
新葉の柔らかい緑色も好きだし、緑が深まった夏の山の緑も好き。
キャベツやレタスの爽やかな緑色も好きだし、スイカやライムの目の覚める緑色も好き。
私は緑色が好き。

学校の黒板、綺麗に掃除された深い深い緑色の時も好きだし、チョークで汚れて白く濁った緑色も好き。
でも一番好きなのは、歴史の時間。黄色の髪の毛先、あの真っ赤な赤が黒板にかかるとき…より一層緑色が映えるのだ。
その瞬間を目で追うのが好き。
真っ赤なネクタイを好む先生。あのネクタイが黒板に重なる時、緑色が締まって見えて好き。
先生の織り成す赤が、緑色を美しくさせる瞬間が好き。

だから私は緑色が好き。


そんなある日、先生の指に鈍く光る銀色の指輪があった。
皆こぞって茶化しに行く。
先生は珍しく頬を赤く染めて照れ臭そうにしていた。


「結婚したんだ。」

耳まで赤い。
その赤が、後ろにある黒板の緑色を更に美しく見せた。

見たくない…

思わず下を向くが、浮ついたクラスメイトのせいで聞きたくもない情報が耳に入ってくる。
奥さんとの馴れ初め
奥さんの雰囲気
奥さんの名前

奥さん、奥さん…

奥さんか…

もやっとした感情が心をしめる。
チャイムの音を皮切りに、先生の元に集まっていたクラスメイトは散り散りになり、自分の席に戻ってゆく。
そして変わらぬ歴史の時間。
黒板を見る。
今日は何故か緑色が濁って見えた。




辛い歴史の授業を終えて、次は美術の時間。
今日は水彩画の仕上げの時間。
パレットに絵の具をだしてゆく。
ふと、真っ赤な絵の具が目に入った。その隣に大好きな緑色を並べてみる。
綺麗だ。凄く綺麗。
本当は私が良かった。この絵の具みたいに隣に並べたら…



無理だ。
だって私はただの生徒だもの。
またモヤモヤした気持ちが心をしめる。
持っていた筆で赤と緑を混ぜた。


汚い。
汚い茶色だ。
そうか…私達は混ざっても綺麗にならないのか…
こんなにも綺麗な赤を
こんなにも大好きな緑を
どちらも引き立てる事も出来ずに汚く混ざるのか…

なら仕方がない。
私じゃ、先生を綺麗に見せれない…

混ぜた絵の具のが、ポトリと涙のように筆から滴り落ちた。




放課後。
日直の仕事をこなす。
最後に黒板を綺麗にしたら終わりだ。
深い深い緑色。
私の大好きな緑色。


「当番か終わらせたら気をつけて帰るんだぞ」

ふいにかけられた言葉に、ドキリと心臓がはねる。
振り返れば、先生がニコリと笑っていた。
あぁ、綺麗な赤だ。


「先生…」
「んどうした」


「結婚おめでとうございます。」

先生はニコリと照れ臭そうに笑った。



私は緑色が好き。


そして、赤は好きだった。