6、太陽と炎が合わさる所それから一週間と経ち、一ヶ月と経ち…
まだ息子は帰って来なかった。
いくら帰ってくると言っていても、これは遅すぎる。
何より、何も連絡が無い
息子はまだ読み書きが上手くないから仕方がないとして、杏寿郎様は何を考えているんだ少しは母親の気持ちを考えろ
私は頭にきていた。
自分勝手な奴等に
なんの相談もせずに勝手に飛び出して行った息子に
人の気持ちも考えず、息子の様子すら伝えに来ず、今頃になってやらかしてくれている杏寿郎様に
お義父様も千寿郎様も、同じだ
ふざけるな
私がただ待つだけだと思ったのか
行ってやる。行って胸の内にあるものを全てぶち撒けてやる。
怒りは時に原動力になる。
今の私は、まさにそれだ。
眉間にシワを寄せ、口をへの字に曲げ、足を踏み鳴らしながら煉獄家へと向かった。
あの日
寝間着姿のまま息子を抱えて飛び出した煉獄家
その時と何も変わりが無い
大きな門構え
奥にそびえ立つ松の木や楓の木
広い庭
大きな屋敷
でも、それを包む空気は冷たく静かだった。
煉獄家とは、そういう場所だった。
暖かな空気に包まれた長屋での生活に慣れた私には、ここはいささか寒すぎる。
早々に息子を連れて帰りたかった。
「ごめんください。」
玄関から声をかければ、やって来たのはまさかのお義父様だった。
お義父様は、私の姿を目にした途端、目を丸くし少し慌てだした。
「お久しぶりです、お義父様。息子が来ていますね」
「いや、…その…」
歯切れの悪い言葉は、私を更に苛つかせる。
あんなにも怖かったお義父様が、今やただの爺に見えた。
「連れて帰りますので、失礼します。」
昔の我が家。杏寿郎様の部屋は奥にある。何度も通った廊下を通る。
すると、微かに息子の声がした。ブンブンと何かを振り下ろす音がする。
一体何をしているのか
杏寿郎様の部屋の戸を開けば、驚いた顔の杏寿郎様が私を見ていた。
「まさかと思っていたが、来たのか…その、怒っているのか」
「息子は陽は」
質問に対しての返答はしない。目すら合わさない。
ただ居るはずの息子を探す。
そんな私に杏寿郎様は苦笑するとゆっくりと庭の方を指差した。
見れば、息子が必死に刀を握ぎり何度も何度も振り下ろしている。
「今、集中しているんだ。少しで良いから待ってやってくれないか」
「……」
額から汗を流し、必死に刀を振る姿はやはり杏寿郎様に瓜二つ。
私はあの姿を見るのが好きだった。必死に、ひたむきに、実直に刀を振る杏寿郎様が好きだった。
目線を杏寿郎様に移す。
あんなにも勇ましく、たくましかった身体は痩せ、顔色を悪くして布団から身体を起こしていた。
私と目が合うと少し気まずそうに目線を下げたが、すぐに顔を上げへにゃりと笑った。
昔、よく向けてくれた笑顔だった。
杏寿郎様の隣に正座する。
すると、少し驚いた顔を見せた。
「色々聞きました。」
「色々………そうか…」
杏寿郎様は息子の方に目線を移す。その横顔は優しかった。
「まずは、鬼を倒したと…数々の責務、誠にお疲れ様でございました。長年の夢、本当におめでとうございます。」
「ありがとう…その為に多くの犠牲を払ってしまったが、本当に良かった。鬼殺は解散したんだ。」
少しだけ照れ臭そうに、でも心底嬉しそうに語る杏寿郎様。
長き戦いが終わった事は、本当に喜ばしい事だ。
でも、犠牲が多すぎる…
「死ぬんですってね…」
私の言葉に杏寿郎様の肩がピクリと動く。そしてゆっくりとこちらを向いた。
「それも聞いたのか…」
「25まで生きられないとか後、数ヶ月で25歳になりますものね…」
「すまなかった…」
深々と頭を下げる。
痩せ細った首が見えた。本当に後幾ばくと無い命なのだと見て取れた。
「君を疑って悪かった…信じてやれず…
もう最後、思い残す事は無いと思っても、いつも君が頭から離れなかった…
そんな中、息子の話を聞いて居ても立っても居られず…
恨まれているのは分かっている。でも、会いたかった…
一言、すまないと謝りたかった…」
細い首が揺れ、ポタポタと布団に涙の染みを作っていた。
ずるい…ずるい、ずるい、ずるい
「そんな事を今更言われても困ります。私は、あの時に信じて欲しかった。ずっと…信じて欲しかったの…貴方に」
きっと黒髪は君に似たのだと…
観篝が上手くいかなかったのだなと…
それでも、この子は俺の息子だと言って欲しかったのだ。
今更言われた所で、何も意味がない。
「私は貴方を恨んでいます。昔も今も…」
「すまない…悪かった…」
言いたかった言葉は沢山ある。
恨みつらみを片時でも忘れた事は無い。
でも言えなかった。
あんなにも何度も何度も頭の中で吐き捨てた罵声は、全く出てこなかった。
「私は貴方を許しません。」
「分かった…」
それだけ言えて、なんだか妙にスッキリしてしまった。
決して心の靄が晴れた訳では無い。それでも、今の私には十分だった。
涙を流す杏寿郎様の目元を拭えば、その手に杏寿郎様が頬擦りをした。
あんなにも艷やかで暖かかった肌が、今は酷く冷たくガサついていた。