sharpと大人同士、お疲れ様会を開催。缶ビールを開け、つまみであるポテトチップスを用意し、ノリノリで乾杯までしてみた。
シルバーアッシュの故郷である、イェラグでのイベントを終え、ロドス本艦にこれから帰還する。
その前に近くの中継基地に顔を出しているのだが、なかなか来れない場所なので、ほとんどのオペレーターが近隣を見物に出かけていた。
色々と慌ただしくイェラグで行動をしていたドクターとsharpには、そんな元気まったくない。
自然と待機部屋でふたり、酒でも飲もうか…ということになった。
要するにお互いオッサンなので、気力と体力がないだけなのを酒で誤魔化してるだけの話。
フードを外し、素顔のドクターの前で一息にsharpがビールをあおった。「っか~!」という非常にオッサン臭い声で、隊長と呼ばれる身の人間が唸っている。
「sharpおじさん、ペース早いよ」
ドクターのからかう声にsharpは、目元を不満げに歪めた。作戦中は、お互いこういかない。
「何処かの指揮官殿がブラックなもんで、もう疲労困憊でな」
「それはそれは、お気の毒に。優秀なオペレーター様のおかげで、良い状態で任務完了できたみたいですけど」
「…しかし、あそこまでしなくても良かったんじゃないか」
sharpは缶ビールを片手でゆっくり回しながらドクターを見据えた。
「イベント期間中は、本艦にシルバーアッシュ家のご当主様を入れさせないよう、システム変更したらしいじゃないか。おまけに、あの高火力での戦闘…見ていてヒヤヒヤした」
「さすが優秀なオペレーター様は情報が早いね。まぁ火力で物言わしてるのは、いつもの事だけど…ちょっと今回は頑張っちゃったかな」
目の前に置かれたポテチの袋を力任せに開ける。
数枚くちに放り込んでから、sharpの前に袋を差し出すと深い溜め息が聞こえた。
「ほんっと、何を考えてそこまでしたのか…分からないな」
「単純だよ。イェラグに行く前、説明したけどシルバーアッシュに負けたくなかったってだけ」
「…痴話喧嘩に、俺を巻き込まないでくれ」
缶ビールのふちを唇でくわえたまま「はぁ~?」と声を出してしまった。
「終始、向こうは顔が怖かったぞ。ドクターと一緒に居ようものなら、目が嫉妬で燃えてつり上がっていた。途中、本当に殺されるかと思ったくらいだ」
「まさかぁ」と笑ったけど、sharpは真剣な表情なままポテチを唇で食んでいた。
優秀なオペレーターである彼の意見には一理ある。
イベントの数日前からシルバーアッシュとの接触を断ち、ガチの真剣勝負にドクターは望むつもりだった。
その為にオペレーターとしてロドスで活動している、イェラにも助力を願っていた訳である。
(…確かに鬼電きてたけどね)
当の本人であるシルバーアッシュは、まさか本艦にも入れないとは思ってなかったようで、不満のメールと鬼電が来ていたが当然の無視。
それに「もう一度戦ってみたい」と常々口にしていたのは、シルバーアッシュなのだし、敵になったからには仲良く話す必要なんてない。
いざイベントが始まってみたら、他人と居るのが許せないので威嚇するなんて…図体は大きいが心は激狭らしい。
それにドクターはシルバーアッシュひとりの相手をする為にいるんじゃない。
この期に及んで「自分を一番に優先しろ」とか超絶重たい事を言われても困る。
まぁ常々シルバーアッシュは人の話を一ミリも聞いてないので、本艦の出入りを強制的に止めさせてもらった…という訳だ。
もしかしたらのケースで、真銀斬で艦を吹き飛ばされては困る。
なので先手を打って最悪の場合はイェラに、シルバーアッシュを氷漬けにしてもらう予定でいた。
さすがに、そこまでの大騒ぎにはならなかったから良かったが。
「だってまた、私と戦いたいって言ってるからさ。期待に応えたまで…なんですけどね」
「本艦くらいには、入れてやれば良かったんじゃないか?今から帰還した展開が、既に恐ろしい」
ドクターはビールを啜りながら、首を振った。それから咳払いをして、渾身のイケボを意識して声を出す。
「全力でかかってこい、私を楽しませろ…って言ってるでしょ?」
シルバーアッシュの真似をし、手をかざしたポーズまで決めてみる。目の前のsharpは飲んでいたビールを吐き出しそうな勢いで笑い出した。
「けっこう似てるぞ。ドクターに、こんな特技があったとは」
「そう?他も出来るよ…何か考えがあるのか?」
早くも酔いが回り、赤くなっている目元を歪めてsharpが大爆笑している。軽い気持ちで真似したのに、ここまでウケて調子にのってしまいそうだ。
もう空になったのか缶を凹ませて笑うsharpに、追加のビールを持って来ようとドクターは立ち上がり、冷蔵庫を開ける。
「ね、sharp。黒い缶のと赤いのがあるけど、どれが良いかな?」
笑い声が静まり、答えがない。振り返ると今までビールを景気よく飲んでいたsharpが、忽然と消えていた。
「え?何処行ったの、sharp」
トイレにでも行ったのかと思い、冷蔵庫のなかを改めて物色する。
封のあいた大袋のチョコレート、期限が怪しいチーズ、何故か入っているミックスナッツ。めぼしい物がなく冷蔵庫の扉を閉めてから気がついた。
後ろに大柄な人間が立っている、と。年代物でくすんだ白地の冷蔵庫の扉に猫耳がついた長身の影が映っている。
「盟友」
返事をする時間もなく、急に背後から抱きしめられた。素肌をさらした、右側の頬に髪飾りが当たる。
覆い被さるように全身でシルバーアッシュに後ろから抱きしめられて、ドクターは身動きが取れなくなった。
(…sharpめ、シルバーアッシュが来たって気がついたな)
突然姿を消したのにも納得が出来る。ただでさえ面倒くさい男なのに、これ以上こじらせてはいけない。
しかも現在頼みの綱であるイェラは留守だ。
「ちょ、ちょっとっ…誰か来るかもしれない―」
そう皆まで言わぬうち、がっしりと拘束されていた手が離れた。
くるりと正面を向かされて、頬をしっかりと両手で固定される。
上向きにされ、久しぶりに至近距離でみた整った顔を堪能する間もない。遠慮無しにシルバーアッシュから噛み付くようにキスされた。
唇を触れさせたのは数秒で、あとは舌先を咥内に押し込まれる。
「んっ…んんぅ」
すっと両側の頬を固定していた手が顎へと落ちてゆく。じゅっと音をさせて、舌を吸われる。
止めさせようとシルバーアッシュの胸に伸ばしたドクターの手は、力が入らなくなり添えるだけになっていた。
「んんっ、ん…うぅ」
反応できず固まるドクターの舌を絡め取り、吸い上げられるのと同時に、片手が耳たぶに触れてくる。
きっと「耳先まで赤いぞ」と言いたいのだろう。しかし今日のシルバーアッシュはいつになく強引だった。
冷蔵庫に阻まれ、逃げ場がないのを良いことに自由を謳歌している舌と手。空気を吸う余裕なく迫られて、酸欠状態になり苦しい。
とろりと口角から涎が垂れているのも分かるがドクターは拭えずにいた。
「う、うぅっ…」
いい加減にしろと、添えているだけの手を握りシルバーアッシュの胸を強く叩いた。
やっと諦めたのか、唇が解放されてドクターは肩で息をする。涙目になってシルバーアッシュを見上げれば、柔らかく額に口づけが落ちてきた。
そうして当然のように、口の端から垂れた涎も舐め取られドクターは声を必死に殺す。
古い冷蔵庫にもたれかかり、必死に声を張り上げた。
「だっ、誰か来たらどうするつもりなんだっ!いきなりチューしないでって何回言えば分かるんだよ!」
シルバーアッシュは無言の間々、まじまじと此方を見下ろしてきた。表情は普段通り固く、猫耳も尾もいつになく静か。
「聞いてるの?それに、来るときは連絡してって、いつも言ってるよね?」
シルバーアッシュはすっきりした目元を伏せる。やや俯き加減の顔は、長い睫毛がより際だっていた。
「シルバーアッシュ。君はいつも私の話をまったく聞かないんだから―」と口にした刹那。
静かだったシルバーアッシュは不遜な態度で「はっ」と鼻で笑った。それ以上なにも言わず無表情でドクターを軽々と抱き上げる。
「ちょっと、どこ行く気?」
お姫様抱っこされ待機部屋を抜け、中継基地の玄関に易々とたどり着いたとき、ドクターはようやっと自分の身に迫った緊急事態を把握した。
(…これはフツーに拉致られてる)
外に戸惑い無く出ようとしているので、慌ててフードを目深に被る。
そして高そうなシルバーアッシュのシャツを引き「ちょっと!」と叫ぶも完全無視。
基地前に停まっていた車のなかに押し込まれたら、運転席に陣取るクーリエが笑顔で迎えてくれた。
「お久しぶりです!ドクター」
「あっ、クーリエ。話すのは久しぶりだ。よかった、元気そうだね」
「はい、この通り。旦那様、お出ししてよろしいですか?」
シルバーアッシュはドクターの肩を引き寄せてから「あぁ」と抑揚なく答えた。
遠ざかってゆく基地を見送り、さてどうしたものかと考える。
(…ここで暴れてもクーリエに悪いし、ちょっと様子みておこうかな)
クーリエが運転する車内で、隙をみて脱出しようかと思案した。ふとドクターの肩に力がこもる。
そうしてシルバーアッシュの胸元に強く引き寄せられた。
上半身を腕、腰には尻尾で拘束されて、もう逃げ場なし。
現状、詰みである。
フードの隙間から黒い手袋に包まれた指先が侵入してきたら、顎の輪郭を確かめるようになぞられた。
抑揚無く「盟友」と呼びかけられ、ドクターはシルバーアッシュを恨みがましく見上げる。
「…ロドスに何て、言い訳するの。私を拉致っといて」
「拉致ではない。友と近況を語り合うだけだ」
「話すことなんてないんですけど、私は」
再び不遜に鼻で笑い「それは残念だ」と口にしたら、腰に纏わり付いているシルバーアッシュの尻尾の先がピコピコ動いていた。
どうやら怒っているらしい。
「盟友。だが付き合ってもらう」
コートのフードが遠慮なしに落とされる。
ぐいと顎が上向きにされ、鼻先の触れる距離で見つめられた。
「私は、話したいことが山ほどある。お前に会えない間のことを聞いてもらいたい」
「うわっ、重たっ。あんまり重たいこと言うと嫌われるよ、君」
至近距離のシルバーアッシュは相変わらず涼しい顔をしていたが、腰と太ももの間で尻尾は大暴れしていた。
先端どころか、尾全体でバシバシとドクターの足を叩いてくる。尻尾の所有者と同じで、全体が大きいため柔らかい見た目をしていても、それなりに痛い。
「怒ってるの?これくらいで」
コートのフードを被り直したら、涼しげな目元が僅かに細められる。
珍しくシルバーアッシュは眉間に皺を寄せ「…いいや」と小さく答えるだけだった。
それでも尻尾は相変わらず、ドクターの腰と太ももを叩いて暴れ回っていたが。
つづきますー