雨と白シャツとぼく見知らぬ軒下で雨宿りしながら見た巽は、要の知らない人のようだった。
　突然バケツをひっくり返したみたいに降り出した雨のせいでびしょ濡れの毛先から、青白く見える輪郭を水滴が伝ってキラキラしている。
　何とか無事だったハンカチで要の事は拭いてくれたくせに、相変わらずの自己犠牲精神で巽は頭からつま先までびちょびちょのまま。濡れて張り付いたシャツから透ける腕が思ったよりも細くなくて、目のやり場に困る。と思いながら、ガン見している。
　まぁ、兄に選んでもらった白シャツが肌に張り付いているのは要も同じで、ぴったりとくっついて身体の線が出てしまっているのだけれども。
　このままではニキのご飯に柔らかくされてしまったお腹がバレそうなのはいただけないが、幸いにも巽は先程からあまり要の方を見てくれなかった。
「雨、凄いですね」
「しばらく止みそうにありませんが……寒くはないですか？」
「大丈夫なのです」
　そう答えたものの、張り付いた服がペタペタして気持ち悪い。
　ザァザァ、バシャバシャ。真黒に染められたアスファルトを叩く雨のせいで、巽の声が少し遠くに聞こえる。きっと要の声も雨音に遮られて巽の耳にはそこに含まれた色なんて届かないのだろう。
　要は巽がこちらを見ていないのをいい事に、大きくため息をついた。
「きっと君の神さまは、ぼくが嫌いなのですね……」
　俯いた先の地面のひび割れた場所を伝って小さな川が出来、既に靴下までびしょびしょの足元に流れ込んでくる。
　それを避けるために巽の方へとわざと近寄れば、ひくりと彼の肩が跳ねた。
　​─────嫌、だったのだろうか。
　先程からこちらを見ないのも、要の何かが不快だからなのかもしれない。巽は優しいから、それが言えないだけで。
　こんな事ならば、変な欲など出さなければ良かったと思う。
　実のところ、巽と要がびしょ濡れになり、軒下で雨宿りする必要など存在しなかった。
　何故なら要は兄が心配して持たせてくれた傘を持っていたし、要がおかしな欲を出さずに傘を出していれば良かっただけ。
　しかも傘を出さなかった理由が、要がないと言えば巽の傘に入れてもらえると思ったからだなんて、びしょ濡れの彼には言えそうもない。
　そもそも1つの傘に入りたかったのだって、合法的に巽にくっつきたかっただけなのだ。仕方ないというていで違和感なく巽にくっつけると、自分の天才ぶりに鼻を高くした。
　けれど、そんな私欲で出来た策略は、俺も持っていないので雨宿りできる場所を探しましょうと言った巽に、見事打ち砕かれた。
　結果的には、要の手を取った巽の手は少し冷たくて、けれど触れた場所からふわふわしたものが生まれるみたいに心地よかったので、これはこれで良かったとも言えるのだけど。
　浮かれた自身がバカみたいで、要は足元に出来た水溜まりを蹴飛ばした。
　バシャン、と明らかにただの雨とは異なる音に巽がこちらを振り向く。
「そんな事をしてはもっと濡れてしまいますよ」
「どうせもうびしょ濡れ……巽先輩？」
「はい」
「何をしているのですか？」
　ジト、と睨みつけた巽はこちらを向いたくせに態とらしく視線を逸らしている。というか、自らの手で目元を隠している。
　そんなに見たくないのか、と悲しみが1周回ってイライラして来て、要は持っていたバッグをまさぐると、折りたたみ傘を取り出して、少々苦戦しながら巽に向かってバサリと開いた。
「帰ります」
「ぇ、あ……え？」
　傘の上にドバドバと雨が降り注ぎ、跳ねた水が巽を襲撃していく。
　それに驚いたのか、傘を持っていた要に驚いたのか、巽はしぱしぱと瞬いて、やっとその紫水晶に要を写した。
　けれど彼の視線はすぐに泳いで、要はキッと巽を睨んだ後、アスファルトを蹴って踵を返したのだが、
「要さん……っ」
「わぁ！？」
　手を引かれたたらを踏んだ先、びちょりと濡れた生温かさに背中を包まれる。
　落としてしまった傘は見る間に雨の受け皿となり、あれでは傘の中すら雨模様になるに違いない。
　要は何故か自身を抱きしめている巽の腕をペチペチと叩いた。
「なんなのですか、急に」
「すみません、ただ……」
「ただ？」
「その格好では行ってほしくなくて、ですな」
「ん？」
　はは、と苦笑した巽に、要は改めて自身を見た。
　びしょ濡れの布が体に張り付いて身体のラインが見えている。それから、シャツが白かったせいか肌の色が透けていて、胸元なんてピンクが​─────。
「……わぁ」
「分かってもらえましたか？」
「すけすけなのです」
「えぇ、目のやり場に困りますな」
「そうですか？」
　どうにも納得出来なくて、要は首を傾げてみせる。
　巽の腕の中で体の向きを変えると、彼はどうにも申し訳なさそうにまた目を逸らしてしまった。