ボクは、自分は結構経験豊富な人間だと思う。
まだまだ大人とは言えない歳だけど、色んな冒険をして、たくさんの人に会ってきた。生まれた場所とは違う世界でも、ボクらしくめげずに生きてる。
僕の知り合いは曲者揃いだ。だからそんじょそこらの変人なら、動じずに臆せずに接することができる。それが良いことなのかと言われると、首を傾げるしかないけれど。
つまり何が言いたいかって、不審者に絡まれても女の子らしい可愛い反応が出来ないのって、ちょっぴり悲しいよねってハナシ。
「ハァ……二人とも本当に綺麗だねぇ、おじさんとお茶しよう?」
『……』
ルルーと二人で街を歩いていたところ、知らない人に話しかけられた。ルルーは美人だし、こういうのに困っているってそういえば以前から言っていた。大変だなぁと他人事のように思っていたけれど、どうやらこのおじさんはボクにも興味があるらしい。十六歳のボクもそういう目で見るなんて、このおじさんは本物の不審者だ。
「なぁ……どうして黙るんだよ。まさか嫌なんて言わないよなぁ!?」
イライラして怒鳴りだしたけれど、このおじさんは魔導師でも無いしちっとも怖くない。逆におじさんの心配をしてしまう。いや、ボクだって友達との時間を邪魔されて怒り心頭だけど、隣のルルーの方がマズい。このままではおじさんが粉微塵になってしまう。
だってルルー、ちょうどサタンとのデートの妄想話をしていたところだったんだ。どんな服がいいかしらとか、サタン様に相応しい場所が見つからないだとかすっごく楽しそうだった。
なのに今はどうだろう。隣からぶつぶつと小声で恨み言を言っているのが聞こえてくる。握りしめた拳がプルプルと震えている。
「あ”?無視たぁいい度胸だなアンタら!!」
隣の格闘女王様はとうとう拳を構えた。あぁ、おじさん御愁傷様、と思ったところで、はてと思い至る。どうしてボクはこの人を気の毒に思わなきゃいけないんだろう。
あんたって本当丸くなったわよね、と今日ルルーに言われたことを思い出す。褒め言葉という訳では無かったと思う。ボクを追いかけ回す某ヘンタイ魔導師の話をしてたところだったから多分、されてることの割に対応が甘過ぎるってイミだ。
──よし、じゃあボクが先に手を出そう。ほどほどにやっつけて、懲らしめてやろう。ルルーの格闘技を受けるよりおじさんのダメージは少なく済む。それにルルーの怒りが収まらないままなら、ストレス発散にボクと勝負してくれるかもしれない。
これでWin-Winだね、名前も知らないおじさん!
完全に戦闘モードに入って、呪文を唱えようとしたその時──聞き慣れた声が耳に届いた。
「おい、何してる」
「!」
それはちょうど、さっき思い浮かべていた人物のものだった。声のする方にパッと目線を向け、シェ……と名前を呼ぼうとして、固まった。
──あの……さぁ、ねぇ、キミこそ何してるの!?
叫びは喉に引っ掛かり声にはならなかった。
「まぁいいだろう……アルル・ナジャ!今日こそお前を……ん、誰だこの男は」
「お前こそなんだ!いいところで邪魔しやがってっ。いや、待て、お嬢ちゃんも別嬪さんじゃねーか!?」
「は?」
そう、ボク達の前に現れたのは銀髪蒼眼にいつもの紺の衣装──ではなくピンクのドレスを身に纏った、シェリーちゃんだった。
「ブフフッ……あの不審者野郎が一気にパチモンに見えてきたわ」
「さ、流石本物のヘンタイだぁ……格が違うよね」
驚きすぎて、なんだか一周回って落ち着いてきた。怒りを押さえるのに必死だったルルーも、ツボに入ってしまったらしく今は笑いを堪えるのに必死だ。
不審者おじさんを不審者としか呼べなかったのは、やっぱりこれのせいだと思う。ボクにとってヘンタイっていう言葉は、このレベルのヘンタイに使うものだから。
「……おい、誰だか知らんがこの姿には海より深い事情があってだな、つまり俺は女では」
「まぁまぁ落ち着けって、な?おじさんはコッチの別嬪さん達の相手してるトコなんだ」
「別嬪?……片方はどう見てもちんちくりんだろ」
こちらを横目で見つつ言うところが本当にヒドい。確かにルルーと比べたらボクはお子ちゃまかもしれないけど、その物言いはなんとかならないんだろうか。あの不思議な言い間違いを抜きにしたって、魔導師のお兄さんは最初からヘンタイだった。間違いない。
というか、どうしてシェリーちゃんスタイルなの。キミ顔は悪くないんだからさ、もっとこう、それに合った動きをしてくれないかな。あぁ、今更ムリか。
「……いやだから、まず俺の話を」
「そう拗ねるなって!後でお前もいただいてやるから、な?」
──アルル・ナジャ!今日こそお前をいただく!
さっきボクがヘンタイに言われかけた言葉が、日常的に言われている言葉が、簡単に脳内再生される。
いや、まって、これはムリ。ねぇシェリーちゃん、少しはボクの気持ち分かってくれたかな?
「……フッ、フフフ……『神を汚す華やかなる者』の名を持つこの闇の魔導師をいただくと?笑わせるな」
なんとかいつもの感じを保とうとしてるけど、物凄く苦々しい顔してるのがバレバレだ。不審者おじさんへの嫌悪もあると思うけれど、羞恥と怒りは爆笑寸前のボクらのせいだと思う。
除け者にしてごめんね、名前も知らないおじさん。
「笑かしてきてんのどっちよ、闇の魔導師シェリーちゃん」
「よかったねシェリーちゃん!おじさん大柄な女のコ嫌いじゃないって」
「お・ま・え・らぁ……!!」
シェリーちゃんはプルプル震えながら、とうとう闇の剣を取り出した。その人魔導師じゃないのに、なんてことしようとするんだ。もー、怖いなぁ。
シェリーちゃんの怒りが爆発するまであと一秒。
ボクとルルーの腹筋が崩壊して地に崩れ落ちるまであと三秒。
──あーあ、でも本当なんでシェリーちゃんなの。たまたまでも、困ってるトコに駆けつけてくれてボク嬉しかったのに。もしかしたら格好良く助けてくれるんじゃないかって期待したボクがバカだった。
最初シェゾの声がした時、不覚にもちょっとときめいちゃったのはナイショだよ?