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    kisa1605

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    kisa1605

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    ぶぜまつ
    現代遠征デートのお話。

    滑らかな手触りのタートルニットに品の良いチェスターコートを羽織れば、現代遠征任務の準備完了だ。自室の全身鏡を前にぐるりと確認はしたが、遠征先の暦にも合っているしおかしなところはないだろう。
    細身のパンツに合わせて靴はショートブーツに決めた。メンズではヒールがないデザインが多いようだが、踵が高く上がっているほうがしっくりくる気がして、希望に添う一足をわざわざ探した。足元は一見して目立たぬ場所であるけれど、その人の性質が現れると言う。少々値は張ったが、気に入るものを見つけられたことは僥倖だ。倹約も大事ではあるが、やはり身に着ける物にはこだわりたい。
    そういえば豊前の持ち物も差し色として赤が入っているものが多くお洒落だな、と想いを馳せたところで、思い描いていた当人の声が部屋の外から響いた。

    「まつ、準備できたか?」

    今日の遠征任務は簡単なおつかい程度のものなので、豊前と二振のみ。『任務が終わったあとは自由に現世を見て回ってきていいよ』ともはや恒例となった執務の手伝い後に主からこそりと耳打ちされた。豊前と僕はお付き合いをしていて、つまりはこれは主なりの計らいなのだろう。特に隠しているわけではないけれど、主に豊前との関係を報告した覚えはない。言われずとも自身の刀剣男士の動向は把握しているといったところだろうか。すぐに書類を溜め込んだり、色々とどんぶり勘定だったりと雑なところの多い人だけれど、そういう部分はきちんとしているらしい。なんにせよ、近頃出陣に、月末の経費精算にと働き詰めだった僕への主なりの気遣いなのだろう。
    豊前はもう用意ができたようだし、形としてはこれは遠征任務だ。あまり身支度に時間をかけすぎて出発を待たせるわけにはいかない。
    すぅ、とひとつ深呼吸をして、平常心を装い表情を作る。よし、これでいつもの松井江の出来上がりだ。暦の問題もあったとはいえ、現世に合わせた服を自費で一式新調するほど浮かれているのは事実だが、それを前面に出すほどの勇気はなかった。
    最後にもう一度、と念入りに鏡を確認して髪を手櫛で整えたのち、部屋の外へと一歩を踏み出した。

    「待たせたね。それでは行こうか」




    幸いなことに任務はすぐに完了し、僕たちは早々に自由時間を満喫することとなった。
    シンプルなMA-1に赤いプルオーバーで差し色と遊び心を足した豊前のファッションは現代に馴染む上によく似合っていて、新鮮な恋人の姿につい視線が彷徨ってしまう。一向に直視できない僕とは反対に道行く人たちの視線は豊前へと集まっており、思わず内心で得意げに頷く。不可抗力というやつだろう。まるでどこかのモデルか俳優のような今日の彼だが、こちらへ惜しげもなく眩い笑顔を向けてくるのだからたまらない。それにしても、今日はいつもよりスキンシップが多い気がする。元々僕たち江はそれぞれ距離の近いところがあるとはよく言われるけれど、それにしたってなんだか近くないだろうか。

    「ほら、ぼーっとすんなって」
    「すまない、気をつけるよ」

    ほら、いまも。さりげなく肩を抱かれ、対向者から遠ざけられる。そのまま離れるかと思った手はするりと僕の身体のラインを辿り、腰へと回る。一瞬ぎゅっと引き寄せられてから今度こそ離れた手の感触にじわじわと頬に熱が集まっていくのがわかる。その理由を寒さのせいにするにはまだ少し気温が高くて、冷えた両手を温めるふりをしながらそっと赤くなった頬を隠した。


    並んで街を歩くうちにいつのまにか陽も傾き始め、少し肌寒さを感じるようになってきた。この季節の服装は難しい。ストールかなにかを持ってきても良かったかもしれないと思いつつ、休憩にと現世では有名らしい駅前のカフェに立ち寄った。

    「まつは何にするんだ?」
    「そうだな……」

    ちら、と視界に季節限定という文字が映る。ホリデーシーズンにちなんだ商品のようで、チョコレートとストロベリー風味のカフェモカらしい。普段ならコーヒーを頼むところだが、限定という文字にぐらりと心が揺れる。結局その誘惑には抗えなくて、モカを注文することにした。

    「僕はこの限定のカフェモカで」
    「俺はドリップコーヒーで」
    「あれ、豊前がコーヒーなんて珍しいね?」
    「そういうまつこそ」
    「フフ、僕たちお揃いだ」

    何気ないことにも思わず笑みが溢れてしまう。ああ、やはり今日の僕は浮かれている。ドリンクを受け取り、悴んだ手を温めるように両手で持つ。席へ移動しようと豊前の方を見るとばちりと目が合い、思わずぱちぱちと瞬きをしてしまう。そのままにこりと微笑めば、彼は眦を下げたままキュッと唇を引き結び、くるりとこちらに背を向けてしまった。

    「豊前?」
    「なんでもねぇっちゃ。ほら、席なくなっちまうぞ」

    足早に階段を上がっていく豊前の後を追う。その耳が赤く染まっていた気がするのは果たして僕の願望だろうか。


    温かいドリンクが全身に染み渡り、ほっと一息をつく。チョコレートの甘さが疲れた体に心地良い。今日の街歩きの感想や次回行ってみたいところなど、とりとめのない話を楽しんでいたところ、コーヒーを飲み終えた豊前が急に立ち上がった。

    「悪い、ちっと待っててくんね?」
    「うん?別に大丈夫だけれど……」
    「すぐ戻ってくっから!」

    特に止める理由もないので、バッグを片手にこちらに背を向ける豊前を見送る。僕はこの場を離れるつもりはないし、貴重品といえども荷物は置いていってくれてよかったのにと思いながら、眼下に広がる交差点をぼんやりと見下ろす。観光名所となっているらしいそこは沢山の人が行き交っていて、その活気に改めて驚いた。次々と流れていく人々の様子は興味深く、つい夢中になってしまう。思わず時間を忘れて見つめ続けていた自分に気づきふと視線を上げると同時、後ろから声をかけられた。


    「こんばんは!お兄さん、格好良いですね」
    「えっと……?」

    そこに立っていたのは若い女性で、突然の褒め言葉に思わず動揺してしまう。主以外の人間と話したことがないわけではないけれど、このように声をかけられたのは初めてだった。

    「あの、お兄さんが良かったらなんですけど、私たちのテーブルにきませんか?あっちに友達もいて、少しお話してみたいなーって」

    豊前を待っているし、そもそも現世の人間とあまり関わりを持つわけには……と断ろうと口を開きかけた瞬間、グイッと後ろから伸ばされた腕に抱き寄せられた。

    「悪ぃな、先約があるんでね」
    「豊前?!」

    先程からの急展開に頭が追いつかない。首だけで振り返ると至近距離の豊前からウィンクをされ、思わず反射で鼻を抑える。声をかけてきた女性はいつのまにか友人らしき女性のもとに戻っており、こちらを見ながら黄色い悲鳴を上げていた。

    「待たせてごめん。これ、受け取ってくれ」

    ふわりと赤いマフラーを首元に巻かれる。上質な手触りが心地良い。

    「これは……?」
    「いま買い行ってきた。まつが寒そうだったのが気になっててさ」

    走ってきたのか豊前の息は上がっており、肩が僅かに上下している。

    「あとは、その、ちょっとした独占欲というか……」
    「独占欲……?」

    珍しく言い淀む姿と思いがけぬ言葉に首を傾げてしまう。

    「今日のまつがあんまりにも格好良いしキレーでさ。みんなまつの方見てるもんだから。……実は今日一日、気が気じゃなかった。さっきだって少し目を離した隙にナンパされてるし。ほんと焦った」
    「そんな!豊前こそ格好良いし、なんだか距離が近くて僕も一日ドキドキしてた」
    「まつは俺のだってアピールしたくて必死だったんだよ……」


    視線をうろつかせながら僕への賛辞を向けてくる豊前の顔はだんだんと赤くなっていき、こちらまでつられて赤くなってしまう。落ち着いたら次第に恥ずかしさがやってきて、誤魔化すように彼の贈ってくれたマフラーに顔を埋めた。



    陽が落ちてすっかりと宵闇に包まれた街を歩く。イルミネーションに彩られた街はきらきらと輝いていて、その灯が射し込んだ彼の瞳もまたきらきらと輝いている。

    「あー、こんなキレーなまつを独り占めできるのもこれで終わりかぁ!まだ帰りたくねーなぁ!」

    繋がれた手にぎゅっと力が込められる。本当に悔しそうに言うものだから少し笑ってしまったけれど、僕だってそれは同じ気持ちだった。ピタリと足を止めた僕に気づいた彼がこちらを振り返る。

    「あの、実は、外泊許可も貰っているんだけれども……」


    バクバクと煩い自分の心臓の音に紛れて、ごくり、豊前の喉が鳴る音が聞こえた気がした。
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