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    kisa1605

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    kisa1605

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    いつかぶぜまつになるかもしれない二人の話

    注意:くわなが既婚者でこてぎりも結婚をする
    なんでも許せる人向け

    篭手切が結婚した。相手は、彼が大学で出会った女性だった。司会の進行の中、二人の生い立ちがムービー形式で紹介されていくのをぼんやりと眺める。スクリーンの中には僕や、いま同じテーブルを囲んでいる豊前と桑名、五月雨や村雲の姿もあった。年齢や進路こそそれぞれ違うものの、僕たちは幼馴染としてずっと一緒に育ってきた。過去の僕たちは何がそんなにおかしいのか、一点の曇りもない笑顔でこちらへ笑いかけている。

    「懐かしいねぇ」

    遠く過ぎ去った日々を懐古するように、目を細めた桑名が思い出を語りだす。その左手には数年を経て、すっかりと様になった指輪が輝いていた。今はもう見慣れてしまったけれど、畑仕事を愛する彼が邪魔になりそうなものを身につけたことを当時意外に思ったものだ。
    やがて映像は二人の馴れ初めのシーンへと移り、僕の知らない篭手切の姿がスクリーンに映し出されていく。僕たちが出会ってから26年。篭手切と彼女が出会ってから、たったの6年。彼の歩みを振り返る映像は、当然ながらその大半が彼女との写真で占められていた。
    タキシードを着て、僕の知らない女性の横で笑う篭手切はとても幸せそうで、僕は終始、それをどこか一枚隔てた膜の向こうから見ている。
    おめでとう、と素直に思う。幸せになってほしいとも願っている。紛れもなくそれは僕の本心だ。ただ、胸の中心がぽっかりと空いてしまったかのような、この空虚さはなんなのだろうか。



    無事に二次会も終わり、積もる話をしようと僕たちは三次会へ流れることになった。年の瀬の居酒屋は活気づいていて、なんだか学生時代の延長のような気分になる。

    「しかしこうしてみんな揃うのも久しぶりだねぇ」
    「昔は毎日のように顔合わせてたのにな」
    「いまは住んでる場所もバラバラだもんね。みんな上京しちゃうんだもん」
    「くわくんにも久々に会えたし、雨さんの顔も見れてよかったぁ」
    「あれ、五月雨と村雲はルームシェアをしているんじゃなかったのか?」
    村雲の言葉にどこか引っかかりを感じて問いかける。僕たち幼馴染の中でも特に距離が近かった二人は上京してからルームシェアを続けていたはずだった。

    「数か月前に解消したんです。特に仲違いをしたというわけではないのでご心配なく」
    「いままでずっと雨さんに頼り切りだったけど、このままじゃいけないかなぁと思って俺から申し出たんだ。まだどうなるかはわからないけど……いまのところ、なんとかやってる」
    「へぇ、くもがなぁ!なんか困ったことがあったらいつでも言ってくれよ」
    「ありがとう、豊前。助かるよ。そういえば、松くんは最近どうなの?」
    「え……、あ、あぁ、僕の方は特に何も変わってないよ。相変わらず仕事に追われる日々さ」
    急に話を振られ、慌てて返事をする。突如投げ込まれた村雲の自立という情報をうまく消化できぬままに、どんどんと会話は進んでいく。激務とまではいかないかもしれないが比較的忙しい部類の職場であることは皆に知られているので、仕事を言い訳にできるのが有り難かった。

    「ほんと、松井は何年経っても変わらんよねぇ」

    変わらない、という言葉に胸がざわつく。確かに変化を望んだことはないかもしれないが、自分が変わらぬのではなく、変わってしまったのは皆の方ではないか。昔のようなうまい返しが思いつかなくて、愛想笑いを浮かべながら酒に手を伸ばした。逃げや保身ばかりがうまくなった自分に気がついて、嫌悪感が全身に広がっていく。時間をかけて層のように積み重なったそれはじわじわと重さを増していき、仲間の笑い声の影に隠れるように小さく息をついた。

    「豊前、貴方の近況もよければお聞きしたいのですが」
    五月雨が豊前へと会話を振る。グラスを握る手に無意識に力が入り、からんと氷が音を立てる。
    「俺?俺もなんも変わんねぇっちゃ」
    「豊前、いかにもモテそうなのに。二次会でも新婦側の友人に囲まれてたし」
    「残念ながら特に浮いた話はねーよ」
    「そっかぁ」

    豊前の言葉に無意識に詰めていた息を吐き出す。皆がそれぞれの道へと歩んでいく恐怖の中、豊前だけが変わらずに居てくれる安心感。仄暗いよろこびが胸を占めていくのがわかる。無論、豊前にだっていつかは転機が訪れるのだろう。風のような彼のことだ、ある日突然どこかへふらりと行ってしまうかもしれない。それでも、疾さを求める彼がまだ同じ場所にいてくれることが嬉しかった。


    「さて、僕はそろそろ行こうかなぁ。明日始発の飛行機で戻らなきゃだし」
    「そっかぁ、くわくん忙しいもんね」
    「畑は待ってくれないからね。みんなはごゆっくりどうぞ。帰省のときにでも顔見せに来てね」

    桑名がお先に、と店を後にする。彼は僕たちの中で唯一地元に残って、実家の農業を継いでいた。大学で学んだ知識などを活かして、いまでは結構有名な農園になっているらしい。ある日突然結婚すると聞いた時には驚いたものだが、同時に桑名なら幸せな家庭を築けるだろうとも思った。理屈っぽいところのある彼とは反発することも多くて、お互いに憎まれ口ばかりを叩きあってきた気がするけれど、根はとてもいいやつだから。そういえば、今日は桑名と言い合いにならなかった気がする。最後に派手にやりあったのはいつだろうと記憶を辿ってもなかなか思い出すことができなくて、ジリ、と謎の焦燥感が再び募っていく。胸のあたりに溜まっていくもやを流し込むかのようにグラスの中身を一気に煽った。溶けかけた氷が混ざるぼんやりとした味のそれは到底美味しいとは思えなくて、いつの日か皆で飲んだレモンサワーをふと、恋しく思った。



    「松くん、ほら、起きて」
    誰かが肩を揺さぶっている。返事をしようにも瞼も体も泥のように重くて、うまく声を出すことができなかった。
    「松さんは完全に潰れてしまったようですね……」
    「松くんがここまでになるのって珍しいよね。俺、初めて見たかも」
    「式から立て続けに吞んでたもんなぁ。よし、俺、こっからわりと家近いし連れて帰ることにするわ」
    「ありがとうございます。きっと松さんも豊前のところなら安心でしょう」
    「そうだね。じゃあ俺、帰るね。明日仕事でさ……。任せちゃってごめんね、豊前」
    「いいってことよ!雨も帰って大丈夫だぜ」
    「ありがとうございます。申し訳ありません、お言葉に甘えて私もこれで失礼します。それでは、良いお年を」

    五月雨と村雲の足音が段々と遠ざかっていくのがわかる。これから彼らは別々の家に帰っていくのだろう。ああ、久々に会えたのだからせめて別れの言葉くらい言いたかった。いい歳をして酔い潰れるなんて、本当に自分は何をやっているのだろうか。不甲斐なさを感じつつも体は一向に動くことがなく、底のない沼に吞み込まれるように意識もまた暗闇へと沈み込んでいった。



    ……夢を見ていた。僕は高校生で、まだ地元の九州で暮らしている。何も考えずに夜更かしができて、翌日の朝を考えて憂鬱になることもない。いつのまにか両肩に圧し掛かっていた責任や枷となるばかりの肩書もなくて、一日一日が純粋に楽しかった。皆で篭手切のレッスンにつきあって、振りが覚えられないと落ち込む村雲を五月雨と二人で励まして、毎日のように桑名と些細なことで喧嘩をして。そして、その中心にはいつだって豊前がいた。豊前はいつだって僕の一番の理解者でいてくれて、そんな豊前を、僕は、

    映像がぶつりと途切れ、甘やかな日々が遠ざかっていく。
    「ここ、は……」
    ガンガンと痛む頭を押さえながら起き上がればそこはベッドの上で、部屋の奥に設置された間接照明がぼんやりと室内を照らしていた。

    「お、まつ、目ェ覚めたか?」
    「豊前……」
    「ここ、俺の家な。勝手に連れてきて悪い。ほら、これ水」

    そうだ、意識が完全に落ちるすこし前、そのような会話が聞こえていた気がする。差し出されたペットボトルを受け取り喉奥に流し込むと、多少頭痛がマシになった気がした。

    「いや、僕の方こそ迷惑をかけた。すまない」
    「迷惑なんて思ってねーぜ。むしろちょっと嬉しかった」
    「嬉しい……?」
    「最近みんなあんま頼ってくれねーからさ。久しぶりに"りいだあ"らしいことできたかなって」
    「豊前……」

    彼からの意外な言葉に、俯いていた顔を持ち上げる。記憶のものと寸分も違わぬ赤い瞳はまっすぐに僕を捉えていて、ばちりと合った視線にどきりと心臓が跳ねた。こちらに向けて広げられた両手に吸い寄せられるかのようにぽすりと身体を預ければ、暖かな体温ととくとくと脈打つ鼓動が僕を出迎えてくれる。懐かしい豊前の匂いに包まれて、張り詰めていた気がゆるりとほどけ解かれていくのがわかった。

    「皆、僕を置いて先に進んでいってしまうんだ」
    心地よい静寂に満ちた部屋にぽつりと自分の声が木霊する。それは思った以上に弱々しい響きで、情けない顔を見られたくなくてぎゅうと彼の胸に顔を埋めた。
    「うん」
    相槌を打ちながら、続きを促すかのように骨ばった手が頭を撫でてくる。その手は記憶の中のものよりも大きくて、それでもそこに含まれた優しさは何一つ変わらなかった。こんな距離で人と触れ合うなんて一体いつぶりだろうか。触れ合う体温がどうにも心地よくて、胸の内につかえていた想いが堰を切ったように溢れ出す。重力に従うかのように零れるそれはもう自分の意思では止められなくて。まとまりなくぽろぽろと唇から落ちる言葉を、豊前は優しく受け止め続けてくれた。

    「変わらない、と言われるけど。それをどう受け取っていいのか、僕にはわからない。皆どんどん前に進んでいってしまうから。僕だけがあの頃のまま立ち止まり続けているようで、居心地が良かったはずの場所が、最近、すこし苦しい」
    「そっか」
    「本当は、わかっている。変わらないものなんてどこにもなくて、僕たちも例外ではないことを」

    いつのまにか窓の外には細かい雨が降っていて、先程まで頭を撫でていた彼の手は宥めるように背中をさすってくれていた。そのリズムに合わせて呼吸をしていくうちに、一度は遠のいたはずの眠気が再び波のように押し寄せてくる。もっと彼と話をしていたいのに、頭にはぼんやりと靄がかかり、うつらうつらと夢の中に手招きされている。逆らうようにごしごしと重い瞼を擦れば、それに気づいた豊前がそっと僕の体を横たえさせた。頭の下には当然のように彼の脚があって、その懐かしさに自然と笑みが漏れる。
    「ふふ、豊前の膝を独り占めするなんて、いつぶりだろうね……この寝心地は、ずっと変わらないな」
    「ほら、眠いんだったら喋ってないではやく寝ちまえ」
    僕をたしなめる声色は柔らかく、夢見心地の僕の耳にも心地よく響いた。多幸感に緩んだ心の隙間から、胸の最も奥深くに秘めていた言葉がするりと流れ出てしまう。

    「ーー豊前は、ずっと変わらないでいてくれる?」
    「……まつは俺にこのままでいてほしいのか?」
    「もう少しだけ……せめていまだけは、このままで……」

    いつかそれぞれの道を歩むとしても、せめてもう少しだけ、この幸せの中で立ち止まっていたい。そんな祈りをこめた言葉だった。



    「……それは、俺の方もだよ」

    しとしととした雨音に混じって、ぽつりと彼のつぶやきが聞こえた気がした。その声は普段の彼からは想像できないくらいにとても小さくか弱くて、僕の願望が創り出した幻だったのかもしれない。
    ああ、それでも、本当に彼もそう思ってくれているのならば、それはどんなに良いことだろう。
    微睡みに揺蕩う意識の中、耳に残るは果たして、夢か、現か。
    秘めやかな想いは闇に溶けゆき、その輪郭はもう当人にすら掴めなかった。
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