起こしてしまわないようにと細心の注意を払いつつ、隣で眠る彼の横顔を見つめる。
いまは伏せられた瞼を縁取る睫毛は長く、黒く艶めいている。しっかりと通った鼻筋は美しく、唇もまた揃って整った形をしていた。その唇が自分に向けて愛を囁いてくる様子を思い出し、胸に甘い疼きが走る。意識を逸らすように視線をずらせば、枕へと押し付けられたやや癖のある黒髪が目に入った。その下に隠された短く刈り上げられた部分の感触が恋しくなって手をのばしかけたが、彼の眠りを妨げてはいけないと自分に言い聞かせることで我慢する。
気の済むまで彼――豊前を眺めることのできるこの時間は僕の密かな楽しみだった。起きている時に見つめても彼は気にしないと思うのだけれども、あの赤い瞳と目が合うとどうしてもこちらが気恥ずかしくなってしまう。
彼はよく僕の容姿を褒めてくれるけれど、当初は彼に会う度におかしなところはないだろうかと随分と緊張したものだ。鏡なんてもう長いこと存在も忘れていたのに、自分の姿をどうにか確認しようと毎度水鏡と格闘していたのが懐かしい。未だ容姿を褒められることはくすぐったいような気恥ずかしさがあるけれど、彼の目に好ましく映っているなら喜ばしく思う。
そして僕にそんな言葉をかけてくれる彼は容姿だけではなくその心根まですべてが美しい。いまこうしていられることが本当に夢みたいだ。
そう思ったらたまらなくなってきて、気づいた時には頬を撫でるように手を寄せてしまっていた。
「ん……どうした、まつ?」
身じろぎをしながら彼が薄く目を開く。どことなく眠たそうな表情も可愛らしく思ってしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。気をつけてはいても、こうしてつい彼を起こしてしまうことがたまにあるのだけれども、眠れないのか、とは彼は決して聞いてこない。僕の本来の生活時間が夜であることをわかっていてくれるのだろう。何気ない言動や行動の節々から感じる僕への理解と愛がたまらなく嬉しく、愛おしい。
とはいえ睡眠の邪魔をしてしまったことは事実なので、素直に謝罪を申し入れておいた。
「起こしてしまったかな、すまないね」
「気にしてねぇよ」
そして、その度にこうしてニカッと太陽のような笑みをくれるのも毎度のことだった。その笑顔に見惚れていると、モゾ、と体勢を変えて上体を起こした彼に勢いよく抱き込まる。
「わっ……!?」
急な事態に思わず声が出てしまう。気づいた時にはそのままベッドの中へと引きずり込まれていた。
「……まつばっか俺のこと見てんのずるいだろ。俺だってまつを感じながら寝たい」
拗ねたような声はやはりどこか眠気を帯びていて、あどけなささえ感じさせる。珍しい恋人の様子にふふ、と笑みが漏れた。ああ、彼が、この時間がなによりも愛おしい。
この胸に満ちて溢れそうなほどの想いを乗せて寝かしつけるように頭を撫でていけば彼はあっという間に夢の中に引き戻されていったようで、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
とくとくと響く心音と、この身を包み込むいつもよりすこし高い体温が心地良い。穏やかな雰囲気に身を任せているうちになんだか自分も眠くなってきて、そっと微睡みに身を委ねる。いまならば、いい夢が見られそうな気がした。
ちゅんちゅんと囀る鳥の声で緩やかに意識が覚醒していく。
薄く瞼を開くと、どうやら夜が明けたところのようだった。カーテンの隙間から細く光が漏れ出ていて、どことなく早朝の露の匂いがする。
随分と早く寝てしまったから、なんだか人間のような時間に目覚めてしまった。
ふわぁとひとつ欠伸をすれば、既に起きていたらしい豊前が柔らかな笑顔でこちらに微笑みかけくる。彼もまだ起きたばかりのようで、前髪は下りたままだし後頭部には寝癖がついたままだった。
自分には最も遠いと思っていた、誰かと共に朝を迎えるという行為。憧れとして胸に仕舞いこんでいた光景が目の前で繰り広げられている。
それは実感するたびにじわじわと胸に広がっていて、潤んだ視界の中できらきらとまたたいた。
「おはよ、まつ」
「おはよう、豊前。今日も一日よろしくね」