押入れの下段から小さな箱を取り出し、文机の上にそっと載せる。
箱の中にはきらきらとした小石や貝殻、押し花などがきっちりと並んでいた。整理こそされているもののどこか雑然とした中身のそれは、品良くシンプルにまとめあげられたこの部屋の主には少々似つかわしくなく見える。しかしその箱を扱う部屋の主――松井の指先はなによりも優しく、それらが大切にされていることは明瞭であった。
爪紅が施されたたおやかな指先が、まるで宝石に触れるかのように恭しく一粒を箱からつまみ上げる。赤い小石は松井の視線に応えるかのように、陽の光を受けてきらりと瞬いた。箱の中に収められた小石の中でも松井はそれを一等気に入っていた。純度の高い赤は彼の瞳を思い出す。
それともう一つ。小石を箱に戻して、貝殻を手に取る。見事に渦を巻いたその内側に耳を寄せそっと目を閉じる。そうすると、どこからか潮騒が聴こえてきた。ザァ、と寄せては返す波の音。波音に耳を傾ければいつしか松井は海辺に立っていて、眼前に広がる大海原を眺めている。波音だけが響く空間は心地よく、一人眠れぬ夜にはこうして想いを馳せていた。
「ふふ、」
昼下がりのゆるりとした空気が流れる部屋に、吐息のような笑い声が零れ落ちる。松井の慈愛に満ちた視線と陽射しを沢山吸収した箱の中身たちは皆満足げな表情を浮かべてそれぞれの場所へと納まった。
衣擦れの音と共にゆっくりと立ち上がった松井が部屋の中でも一等陽当たりの良い縁側へと向かう。そこには麻紐が張られており、褪色してなお美しさを損なわぬ白い小花が下げられてあった。
「うん、いい出来だ」
誰に言うでもなく満足げに頷くと、慎重すぎるほどの手つきで紐を解き机の上に広げていく。松井の手が触れるのに合わせてカサリカサリと花が喜ぶように音を立てるのがなんだか楽しくて、上機嫌に作業を進めていった。
作業も終わりに近づき名残惜しさを感じたころ、軽快ですこしだけ忙しない足音が部屋の外から響いてくる。松井の自室は江部屋の並び、屋敷の端にあるから、この部屋の前を通る者の用事は自ずと限られる。畑当番へ呼びに来る同輩のしっかりと地を踏みしめる音でも、松井を執務に呼び立てる規則正しく神経質な音でもない、この軽やかな足音は――。
「まつ!帰ったぜ!」
スパンと障子が開かれるとともに、足音の主が姿を見せた。戦闘装束の袖印がはたはたと風に揺らめき、赤くたなびいている。
「おかえり、豊前」
居住まいを正し、そっと彼を迎える言葉をかけると、ニカッと大輪の花束のような笑みが返ってくる。そのままゴソゴソとポケットの中を探った彼は何かを掴むとグイッと松井に向かって腕を突き出した。
「これ、まつに土産!綺麗だし、なんかいい匂いしたから!」
「いつもありがとう。嬉しいよ。大切に飾らせてもらおう」
差し出された紫色の花をそっと受け取り、顔を寄せる。この花はラベンダーというのだそうだ。いつか篭手切が教えてくれた。彼は僕たちの中でも顕現時期が早いから、沢山のことを知っている。勿論、勉強熱心な彼自身の性質もあるのだろうが。
深く息を吸い込めば、爽やかな香りが胸に広がる。いまは少々瑞々しさをなくしてしまっているようだが、花瓶へ活けてやればそのうちにもとの元気な姿を見せてくれるだろう。そうなったら、土埃も払ってやらねば。せっかくここまで無事に運ばれてきてくれたのだ。丁重なもてなしは松井の得意分野だった。
「うん、たしかにこれは良い香りだ。ちょうど以前きみがくれた花たちのドライフラワーができたところでね。これもしばらくしたら乾燥させて、ポプリにしても良いかもしれないな」
「ポプリ?」
「乾燥させた花や植物を混ぜて作るんだ。香りも楽しめるし、見た目も鮮やかでいい。完成したら豊前にも渡すよ。小さく砕けば袋に詰めて持ち歩くこともできるよ」
「よくわっかんねーけど、まつが言うならきっと間違いねぇな!」
「ふふ、元々はきみが見立ててくれたものだ。良い物ができるに決まっている」
顔を見合わせ、どちらともなく笑い合う。
先程まで穏やかな静寂に包まれていた部屋は、すっかりとふたりの笑い声に満ちていた。
このポプリが完成したら、真っ先に豊前の元へ持っていこう。
そのとき、きみはどんな表情をするのだろう。
なぁ、豊前。きみがくれる手土産はどれも素敵なものだけれども、いつもより少し早足になるその足音と、きらきらと輝く宝石のような瞳の輝きがなによりも好きだ、と。
きみに伝えられる日は、来るのだろうか。