奴の前ではいつもどこか格好がつかず、悔しい思いをしていた。だが今年の夏は特別だ。昨年は同人誌やら周回やらで慌ただしかったが、今年はそこまで大きな出番はなく、仕事は減った方だ。そして奴がついに……あの水着となった。水着と言うがどう見ても所為バニーガールというものだったが……美しいことには変わりなかった。
さて、あとはいつどのタイミングで誘いをかけるかと、絶賛オフ中の賢王様は考えていた。
「一つ、貴様の意見も聞いとくか。新しき秘書よ」
急に話を振られた秘書——蘭陵王は困惑しつつ愛想笑いを浮かべた。この手の話題は得意でなかったため当たり障りなく、
「き、気分転換に外に出るのはいかがでしょうか。体を動かした方がいい案が思いつきやすいと言いますし」と、答えた。
「ふむ。それもそうか」
椅子から立ち上がったキャスターはポケットにキンキラのカードを忍ばせ、早々に部屋を後にした。
「あの! 付き添いとお車は!?」
「よい。ただその辺を歩くだけだ。その間好きに過ごせ」
背後から声をかける蘭陵王を見向きもせずそのままホテルから出ると、その足は迷いなく青い海(正式には海ではないのだが)へと向かっていた。このラスベガスでは皆、日夜カジノに夢中になり、室内に篭りきりになる。そのせいか、浜辺は人気がなくただ波の音と鳥の鳴く声がするだけで、静かで穏やかだった。そんなところがひっそりとキャスターのお気に入りになっていた。また、もう一つ最大の理由があり、それはキャスターの目先に見えるカジノ・キャメロットに、絶賛想い焦がれ中のランサーのアルトリアがいるからだ。今は水着霊基の関係でルーラーとなっているが、ランサーには変わりない。
何も考えずにカジノへ入っていけばいいものの、キャスターとなった彼は妙に慎重派になっている。若年の頃のようにアタックしていたのがとうの昔のようだ。キャスターは腕を組みながらどうアプローチを仕掛けるか等考えながら、海辺の道路をうろうろしていた。そのとき、ふわっと心地よい香りが後ろから風に乗って、キャスターの鼻腔をくすぐった。匂いの正体は横を通り過ぎ、目に映るのは真っ白な衣を身にまとった女が前を歩いていくではないか。
「お、おい!」
気がつけばキャスターはその女の背中に声をかけていた。なぜかそうしなければならない気持ちに心臓が早鐘を打っている。くるっと振り返った女はやはり、美しかった。
「……何か?」
「ああいや、貴様も休暇中なのか。……ランサー」
「ええ。皆が気を使ってくれたのです」
そう言ってランサーは僅かに微笑んだ。まさか偶然会えると思っておらず、心とプランの準備不足で柄にもなくキャスターは内心、焦った。初めて見た姿の艶やかさに感情が高鳴り、手汗が止まらない。拳を固く握り直し、ランサーの視線を捉える。
「そうか。ふむ。よし、これも何かの縁だ。共に過ごそうではないか」
「ええ、いいですよ。どこに行きましょう?」
緩みそうになる口元を制し、心の中でガッツポーズをするキャスター。いつまでもやられっぱなしの自分ではないのだと再度誓いを立て、2人はラスベガスの中心部へと向かった。
◇
大通りには派手に光る看板を掲げ、様々な店が並んでる。先程の海より断然人気が多く賑わっており落ち着かないが、楽しめる場所であるはずだ。
「どこか入りたい店はあるか? どこへでも付き合うぞ」
「えぇと、すみません。すぐには思いつかなくて」
「む、そうか……」
来て早々につまずいてしまった。あぁ、どうしてもっと早く店の下見をしなかったのだとキャスターは自身に怒りを感じた。せめて余裕のない男と思われぬようランサーの腰に手を回し、しばし歩くことを促した。
沈黙しただ歩いてる最中でもキャスターは彼女の全てに全神経を集中させた。どんな些細なことでも気づけるようにと。そのせいで残念ながら会話をする余裕がない、のではなく正直、話題が思いつかないのである。どんなことを今まで話していたのだったか……ランサーの白き水着姿を目にするともう「美しい、愛い」の言葉しか出てこない。
そうして観察し、どこまでもまっすぐ見据えていたランサーの翠眼が一瞬だけ揺れたのをキャスターは見逃さなかった。左手にアイスクリームスタンドが行列を作っていた。もしかしてあれに興味があるのか?、とドヤ顔で店先に指を指す。
「ええと……はい。ですが、混んでるようですしいいですよ」
「何遠慮するでない。どこでも付き合うと言ったであろう」
奥ゆかしく頬を染める彼女に機嫌がよくなったキャスターはその手を引き、行列へと並んだ。
◇
並んでいる最中もやはり会話がなく、ランサーといられる僥倖があるとはいえ、ルルハワ以上に暑い日差しと気温にじわじわと気力が蝕まれていく。少し2人が本気を出せば先に買うことなど訳ないはずだが、今の彼女の霊基がルーラーである点を考えれば、イカサマ行為にあたる行為は御法度だろう。
(ええいこの際なんでも聞けばいいだろう。好きなもの、嫌いなもの、あとは)
——つん。
ふと、袖が引っ張られる感触があった。
「よければこれ、被ってください」
彼女の手に身につけていた白いガルボハットが握られていた。
「なっ別に気にするでない。それでは貴様が……」
「大丈夫です。私にはこれがあるので」
容赦なく頭に被せられた隙に、ランサーはどこからともなく白い傘をさしていた。手元で傘をくるくると回す仕草が愛らしい。
「まさかとは思うがそれは」
「形を変えたロンゴミニアドです。威力は落ちてしまいますが、私には別の宝具があるので」
「ほう。存外自由が利くのだな。そういや、馬がいただろう。あれはどうした」
「ドゥン・スタリオンは水陸両用とはいかなかったので、この姿のときは休んでいただいています」
(水陸両用とは……まあよいか)
ようやく話のきっかけができ、会話に花が咲けば時間はあっという間で、求めていたアイスを無事に買うことができた。
「さあ、食べるが良い」
「え、ええ。いただきます……」
ニ段重ねの何でもないような桃と苺のアイスであるが、ランサーはまじまじと輝く瞳で見ていた。舐めて味わうのではなくスプーンで丁寧に一口分とり、口に運んだ。
「ふぁ……冷たくて、美味しいです」
「そうかそうか。よかったな」
「こんなに美味しいのに、貴方は頼まなくてよかったのですか?」
「よいよい」
ランサーの美味しそうに食べる姿でキャスターの心と腹は大満足だった。
「本当に美味しいので、よければ一口どうぞ」
迷いもなく彼女はキャスターの口元までスプーンを差し出し、あーんを仕掛けた。これにはたじろぎそうになるキャスターだったが今日こそはかっこつけると決めた以上、大人しく口を開ける選択しかない。迎え入れたそれは舌上ですぐに溶けて甘い甘い桃の味が広がった。
「……まあ、うまいんじゃないか?」
「ふふ、そうでしょう」
「二口目もいかがですか? あーん」と、言われこれまで繕ってきた表情筋が一気に崩れてしまう。顔が勝手に熱くなるのを感じ、まともに彼女を見れなくなる。その様子にランサーはくすくすと笑う。
(おのれおのれ愛い〜〜!!!!)
いっそこの往来で抱きしめてやろうかと思ったキャスターだったが、嫌がれる可能性より次の逢瀬で倍返しすることに決めた。我からのあーんをくらうといい。
「そんなに気に入ったのならまた来るか? 休みができたときには我も休暇をもぎとろうではないか」
「ありがとうございます。そうですね、機会があればぜひ」
こうして2回目デートの約束を得たキャスターだったが、その後ランサーに休む暇などなく結局デートはそれきりとなってしまったのであった。残念!