真夜中の戯れ真夜中。そこは暗闇一色でおおよそ起きて動いてる人は人っ子一人いない。---尤もその理屈が通るのは《普通の人間》に限られる訳だが。
『(……また、抜け出して来ちゃった)』
さく、さく、と暗闇一色の野を踏みしめ歩を進めていく。
《どこ》に行こうとしているのかは具体的に決めていない。ただ、アスガルド帝国との戦いが終わった後からキョウカはほぼ毎晩のように自室を抜け出すようになっていた。
寝たくない。始まりはそんな些細な《思い》からだった。異変は、次の日直ぐに起こった。
眠たくなくなってしまったのだ。
だが、夜は寝ないといけない、と何度かは布団に潜り眠ろうとはしてみた。――結果は、明らかだった。
夜の帳が広がるこの時間。暇をもて余すようになってしまったキョウカはこうして毎晩自身に割り当てられた部屋を抜け出すようになっていた。
―――――
『(…あ。今、星…流れた)』
見晴らしのいい場所に出てそこに腰を下ろす。見上げた空は雲一つない星空が広がっていた。きらり、と一つ光が流れていく様を目に映った。
……この世界に《残った》事自体は私も望んでいたこと。後悔なんて、してない。けど、同時に思うこともある。
《私》は、ここにいてもいいのかな、とか。
一回や二回じゃない。アスガルド帝国との戦いが終わってから何度も考えては答えが出なかった自問。
《私》が何なのか、分からなくなってしまっていた。
「……また来ていたのですか」
『…っえだ』
「振り向かないで」
そのままで。背後から聞こえた男の声は静かに、だがしっかりとキョウカに振り向いてはならないことを伝える。
『(……誰だろ。誰もいないって思ってたのに)』
はじめてだ。この場所のこんな夜の深い時間に自分以外の誰かがいるだなんて。気配も感じなかったような。
「おかしな勘違いをなさらないように」
『(そうそう。こんな感じに人の考えてることの二手三手先を読んでいっつも私の事からかって遊んでる様とかバルドさんみたいで)』
…はてちょっと待てよ。背後から聞こえた声に聞き覚えがありすぎるような
ちょっと落ち着け私。そもそもあの人が幾らわりといつ寝てるんだろって生活してるような人に見えても流石にこの時間は寝てるよねって考えるよね?……普通の人は寝てるよね
…けど、とにかく先に謝ろう。
『……ご、ごめんなさい…勝手に部屋、抜け出したりして』
「…眠れないから、度々ここに来ていたのでは」
『…寝たくない、って考えてたら…寝れなく…なっちゃって』
ああ。絶対に呆れてるだろうなぁ。子どもの我が儘に付き合わせてしまってる。なんだろ、物凄く謝りたくなってくる。
…ポン
ゴツゴツした大きな手が自分の頭に乗せられたのが分かった。そのまま左右に動いて自分の首がゆらゆら動く。……撫でられている。
『……あ、あの』
「…寝なさい」
だからもう、私は眠れないって言ってるのに、この人は何を言い出すんだ。そう考えていると、ふっ…と視界が真っ暗になった。
「君は頑張り過ぎています。だから、寝なさい。――今だけでも君の心が安らぐように、私が傍にいましょう」
『……あ、なた……は……』
「…まだ、子どもの君には知らなくていいことですよ」
願わくば、ずっと君に子どものままでいて欲しいと願っていたかった過去の自分を思い返しながら。今の《私》は、一体君に何を願う
「(ウォーデン様…メルクリア様………キリカさん……)」
かつての主君と友人―――そして何度思い出そうとしても叶わなかった君が、今この腕の中にいる。
先ほどまで眠れない、と不安げな声を溢していた少女は嘘のように男の腕の中ですやすやと寝息を立てていたのだった。
@blanca26luz