出られないお部屋【媚薬を用いて作られた1つの飴玉を2人の口内で溶かしきるまで出られない部屋】
『――なんなんでしょうか、これは』
それが起こったのは突然だった。突如地面に現れた扉の中に吸い込まれ、落ちたその先に無事着地したまでは良かったのだが。
「――分からぬな」
『…ですよね』
後からまた誰かが落とされてきたと思えば、そこは此方と同じように着地は無事だったナーザ…否、今は元の姿に戻られたウォーデンその人だった。
お互いに何故こんな部屋に落とされたのか、と多少の意見は交わし合ったものの全く心当たりがない。もしくはウォーデンを尊んで止まないバルドのからかいの1種か。最近ではメルクリア様と二人で示し合わせての傾向もあったが、まさかここまでのことはしないと決着はした。
他にも考えうる限りこの状況を作り出せる要因を2人で考えては話し合って見るものの答えは出せず、ならばこの部屋を調べようということになったのだ。
そして冒頭のキリカの台詞であった。
「媚薬を用いて作られた1つの飴玉を」
『2人の口内で溶かしきるまで』
「『出られない部屋』」
「『…………』」
二人して絶句である。
―――――
急にどこかに落ちる感覚というものは慣れていたつもりだったし、高所から飛び降りたこととて一度や二度ではなかった。
『(そういえば…久しぶりに会った気がする)』
アスガルド帝国との戦いが終わった後、最早流されるままにビフレスト聖騎士団に引きずり込まれた訳だが、何だかんだで後始末やら引っ越しやらで暫くウォーデンとは顔を合わせる機会もなかったのだ。
『……その、お久しぶりです。ウォーデン様』
「呼び捨てで構わぬ。今さら様を付けるな」
『いや散々ナーザ将軍の時、』
「……少なくとも今は呼び捨てで構わん。俺もこの状況についていけておらぬ」
『そ、そうですか…』
「敬語も外せ」
『えぇ……』
はぁ、と額を手で押さえている様を見る限り、状況についていけていないというのは本心なんだろう。彼がこの部屋に落とされるまで何をしていたかまで定かではないが……
「キリカ」
『な、何ですか?』
「……何故連絡を寄越さん」
『え、えぇ…』
急に話を切り出されたと思えばその事だった。
とりあえず黙ったままも何だか申し訳ないので訳を話すことにした。
『……その、ウォーデンもやらなければならない事が沢山あるだろうから、下手に連絡入れて時間を取らせてしまうのも申し訳ないかな、とか……』
考えちゃって。勢いをなくしたような声が静かな部屋に木霊する。
さっき意見のやり取りしていた時には真っ直ぐ見れていた彼の目が、今は怖くて真っ直ぐに見ることが出きない。
本当は連絡を入れてみようと魔鏡通信を何度も手に取ったことはあった。けど、その度にやっぱり今は止めておこう、と何度も諦めてしまっていた。
『声、聞いてしまったら……会いたく、なって、しまいそうになっ、』
ぐい、と急に体の向きを変えられ、私はそのまま彼の腕の中に閉じ込められていた。
「…このたわけが」
耳元で溢される低い声。この部屋には私とウォーデンの二人しかいないのに、そんな私にしか聞こえないような小さな声で。
「我慢しているのが、お前だけだと思うな」
『…うぉー、でん…』
「やらねばならないことに、お前がいなければ出来ぬ事もある。己を蔑ろにしてくれるな」
だから、一刻も早く俺の元に合流しに来い。いつまで待たせるつもりだ。気を遣っているつもりなら大間違いだこの馬鹿者。
嗚呼、彼に気を遣わせてしまった。私が遠慮し過ぎていたのが良くなかった。ごめんなさい。そう溢すと彼はここを出たらすぐ俺に通信を入れろと言付けた。
…んここを出たらって、【この部屋を出られたら】
『っうぉーでん、もしか』「しなくても早く脱出させて貰うしかあるまい」
はじめて、と言っていい程の勢いで顔に熱が集まってくる。これが、これが羞恥…
「随分待たされたようだからな。―――覚悟の程は、聞かぬ」
『っうぉ』
いつ手に取っていたのか、例の【あの】飴玉を自身の口に含み、此方の唇をゆっくりとなぞると、何の心の準備の時間すら与えて貰えず彼の【それ】がそのまま勢いよく覆い被さってきた。
「…ん」
『あ…っ、ふ』
舌と舌が混じり合う。時々媚薬を用いて作られたとかいう嫌な前振り付きの飴玉の溶けた液体が唾液に混ざって流れ込んでくる。その度に背筋が粟立ち、足腰が震え、熱を帯びて視界が潤み、布越しである筈なのに肌と肌が直接触れ合っているかのような錯覚が全身を襲う。
『…あ、うぉーでん…』
「――ッキリカ…」
欲しい。欲しい。ウォーデンが欲しい。震える体を無理やり動かして両の腕を彼の首に回す。届いているかなんて分からない。頭で冷静になにかを考えることなんてもう出きない。
ただ、目の前のこの人が欲しい。思考がそれ一色に染まって。
もっと、もっと、もっと……
ずっとずっと会いたかったの。声が聞きたかった。触れて欲しかった。抱きしめて、ほしかった―――
ころり、ころり、と二人の舌を行き交う度に小さくなっていく飴玉。その存在が分からなくなってからも、二人は会えなかった時間を埋めるかのように貪り求め合っていたのだった。
―――その後。お互いの拠点にて。
(兄上様顔色が優れませぬがどうされましたか…)
(…いや、何でもない……)(正気に返って相当恥ずかしいことをしていた事実に頭を抱えた)(口が裂けても妹には言えない)
(キリカさ~んどうかしたの)
(キョウカ何でもない、何でもないのよ)(同じく相当恥ずかしいことをしていた事実に顔が真っ赤になってるし何なら自分が相当寂しさを抱えていたことに(ry)