この人にだけは、素直になれないきらいな訳じゃ、ない。けどどうしても好きとは本人にだけは言えない。
「キョウカさん」
そう呼んで私に手を差し伸べてくるこの人はバルドさん。其方に視線をやれば嫌でもその整った容姿が目に入る。
櫛でとかれ頭の上の方で結い上げられたポニーテールも、此方に向けてくる柔らかい表情も、穏やかな物腰ながらもそのがっしりとした肩幅も、そのぼわぼわした服の袖から伸びるすらりとした腕も。……正直に目の毒だ。この人は。
「どうかされましたか?キョウカさん」
『…何でもない』
「そうでしたか」
ふふっ、と愉快げに溢される笑みを浮かべたこの人の胸中など私に知る由もない。何を考えてこの人が私を気にかけているのかもよく分からない。
「メルクリア様が貴女と昼食を共に、と」
『…まさかその為だけに部屋まで呼びに来たの?』
「ええ。キョウカさんを部屋から連れ出すのは私が適任だと」
キリカさん達の元を離れてビフレスト聖騎士団でお世話になるようになってから、専ら世話を焼いてくるのはバルドその人だ。多分ナーザさんに面倒見るように言われてるんだと考えて一度本人に聞いて見ると。
「そのような指示は出しておらぬが」
『えっ…じゃあなんで』
「本人に聞け。俺は忙しい」
『…ありがとうございます』
何とも言えない気まずさを覚えたのは記憶に新しい。
とナーザさんから言われたものの、バルドさんにその話題を振れたことがない。今は『この人の性分なんだろう』と自己完結させかかっているくらいにバルドさんと話すことを躊躇う自分がいる。
そして、それは今でも。
『…お昼、食べに行く。メルクリアを待たせちゃいけないし』
「お供しますよ」
『一人で行けるから!』
まただ。またこんな態度取っちゃってる。
いつか。
--いつか、愛想尽かされちゃうな。いっそその方がいいんじゃないか。寧ろその方が、
「キョウカさん。」
『ヒッな、なに』
「そんなに怯えられなくても…」
くすくすと今も笑い続けるこの人はホントに私の何に対して面白い要素があって笑っているのか……
「…貴女の一挙一動が堪らなく愛らしく感じまして」
『ナ ニ ソ レ』
「お気付きかどうか分かりませんが、キョウカさんは考えていることがよく表情に現れているのですよ。」
なので先ほど貴女が何を考えてらしていたのか分かりまして、堪らなく愛おしくなったのです。バルドさんはそう続けると先ほどの面白いものを見て笑っている表情ではなく、目を細めて愛おしそうなものを見て綻んでいるような、そんな表情をしていた。
なんで、そんな慈愛に満ちた表情を私に向けるんだ。相手が違うだろ。それはメルクリアやナーザさんに向けられるものでしょ。私じゃない。私じゃない。そう自分の中で三々と悪態をつきながらそれらを必死に飲み込む。
きらいになんて、なれる筈がない。私がずっと欲しかったものを何の見返りもなく与え続けてくるこの人を好きになってしまうのも、そんなの只の吊り橋効果による錯覚だと自分に言い聞かせても、やはり私はバルドというこの人をきらいになることなんて出来やしない。
だから、意地でも本人に対してだけは好きとは言えない。口にしちゃいけない。最初から特別な人がいたバルドさんだからこそ、私はこの人の時間を割く存在に、なっちゃいけないのに。
「さ、行きましょう。メルクリア様がお待ちですよ」
さっ、と私の手を勝手に取って勝手に連れて行かれているこの様は、一体なんなの……