交わらない二つの世界「貴方には特別な力があるのよ、ルイス」
僕はこの母親の吐くこの台詞が嫌いだ。顔も声色も匂いも全て嫌い。気持ちが悪い。きっと目の前で吐いてやれば喜ぶだろう。それは不服だからやらないし、臭いから嫌だ。
「ルイス、君は本当に面白いですね」
詐欺師みたいな笑顔を貼り付けてるこの兄も嫌いだ。長男だからと教育されてきたフェリックスは常に誰とでも打ち解ける表情や喋りをするし、動作もそれなりに良いところの坊ちゃんみたいで気持ちが悪い。後、いつも僕をからかってくる。うざい。
一番、僕が嫌いなのはいつもこのクソ兄と比較されるところだ。長男として教育されたフェリックス、特別な力があるからと教育された僕。
家族だけではなく、それはボーバトンでも同じだった。常に成績優秀で、主席で卒業。僕も成績優秀であれと勉強させられたけど、生憎このクソ兄みたいな才能はなかった。
努力なんてクソ喰らえだと思ったのはいつからだったか。そんなのはもう覚えてないけど、何の為に頑張っていたのか少しだけ思い出しそうになっては、くだらないと消し去る。
そう、僕の人生は全てくだらない。
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「何、ここ」
ポツリと呟いた声は小さすぎて響くことすらなかった。
辺り一面、花が咲き乱れてて少し懐かしい気分になった。何故かなんて知らないし、知りたくもない。目の前を優雅に通り過ぎたモルフォ蝶なんて、見たくもなかったのに目で追いかけてしまう。ああ、ほんとくだらな。
意味の分からない場所を意味もなく歩く僕もくだらない。
少し溜め息をこぼせば、遠くから走ってくる子供にピタリと足を止めた。見覚えのある、いや、ありすぎる子供に無意識に眉を寄せていたかもしれない。睨み付けていたかもしれない。目を開いていたかもしれない。
「ブランピュール先生……!」
まだ幼い声。まだ美しい金髪。小さな体。全てが純粋だとでも言いたいその姿に、僕は吐き気がした。見たくもない子供。だってそれは僕だから。
「あら、ルイス。いらっしゃい。……沢山、お菓子はあるから慌てないで」
背後から聞こえる懐かしい声に僕は、ゆっくり、ゆっくり振り向いた。
「さあ、お茶会を始めましょう」
優しく微笑む彼女に僕は、じっと見つめてしまった。相変わらず綺麗な人だなとか、僕は結局この人を忘れれないのかとか、くだらない事ばかり考えて馬鹿らしくなってしまう。
いつもいつもいつも、ふとした瞬間に思い出すのはこの女だ。愛なんてくだらない、思い出なんてくだらない、綺麗なんて思うことすらくだらない。なのに、こびり付いて離れなくてうざったい。フレイア先生が何だ。僕に何をしてくれた?
「ルイス、授業はどうかしら?」
「……少し難しいけど僕、ちゃんと勉強してます」
「そう。それは良かった。……でも、無理だけはしちゃダメよ」
「はい!……僕、先生みたいに大きな動物を召喚出来ますか?」
「それは貴方次第よ。ちゃんと理解して、間違えなければ貴方の強い味方になってくれるわ。……ふふ、そんなに不安な顔をしないで。大丈夫、ルイスなら出来るわ」
ああ、この声だ。ゆっくりとしてて、でも優しく包み込んでくれるような。クソ、くだらない。くだらない……!
目を逸らせば、入学したての僕と先生は霧のように消えていった。少し安心しながらも、足元に咲く鬱陶しい花を見つめて思い出してしまう。
ボーバトンに入学した時、不安そうな僕を案内したのは先生だった。というよりも、先生のモルフォ蝶の方が正しいけど。
綺麗なモルフォ蝶についてった先は、ワクワクとドキドキな気持ちになったし、寮もどこに行くのか不安と期待に満ち溢れていた気がする。クソ兄と一緒の寮じゃなければいいな、なんて思ってた気もする。無事にオンブルリューンに組み分けされたけど。
周りの声もうざかった。顔が良い、可愛いとか好き勝手に褒めているかと思えば、ベックフォードだと知ってはまた、好き勝手に人を貶す。どの人間も変わらないし、ムカつく。僕がお前らに何をしたのかって。
でも、どんな魔法使いでもベックフォードだと聞けば良い事は言わない。実際、貶されて当然な家だから。人の命をなんとも思わないだけではなく、自分の命すらどうでもいいと思うようなとち狂った人間ばかり。人を痛めつけて殺すことに快感を見出し、能力至高主義が故に自分達よりも優れた闇の帝王に惹かれる。くだらないと思いながらも自分も結局、変わらなかった。
いつからそうなったのだろう。
いつからそうなってしまったのだろう。
「……どうしたの、子猫ちゃん」
ああ──
「先生……僕……僕……」