待ち焦がれる祝福の日 ここは漆黒の要塞、煉獄と呼ばれる亜空間。そこに存在する屋敷は主を除き、如何なる者の侵入も許さない。
それだけでもここの守りは十分すぎるほどではあるのだが、ある一室には更に侵入を躊躇うほどの強靭な結界が張ってある。
まるで魔術師の宝物庫さながらのように……いや、本人にとっては正しく宝物庫なのだ。中のもの全てに劣化を防ぐ魔術を施すほどの。
そんな宝物庫に入り、そこから一枚のゴシップ記事を丁寧な手つきで取り出す。
それは世界で初めて封書を取り入れた記事で、もう随分昔のものだ。
『その男は私のだぞ! 知らないやつらが私の知らないところで勝手に取り合うな!』
その昔の記事、あいつの誕生日に暴露された封書は目が覚めるような大きな声で叫ぶ。
それは己の記憶と寸分違わない。俺を呼ぶ声あいつの声は今でも鮮明に思い出せる。
――大丈夫だ、忘れない。
人の五感で最初に忘れるのは聴覚だそうだ。
ならこの声を忘れていなければ、お前の全てを忘れないという事だ。
あの眩しい緋色も、柔らかなあの手も、泥のような紅茶も、ふとした時に感じたいいにおいも。
例え何かしらの変化を伴ったとしてもシャスティルの全てを覚えていれば絶対に見つけられる。
お前に繋がるものは僅かな形跡だって見逃さない。たとえこの世の何処にいようとも、どんな姿でも見つけてやる。
だから――
「そろそろ誕生日迎えてもいいんじゃねえか」
誕生日くらいは祝福される権利があると言ったのはお前だろ? ならさっさと生まれ変わってこい。
溜まりに溜まった数十年分、しっかり祝福してやるからよ。
煉獄は何処にでも口を開く。それを意のままに操り、影から世界を見渡して待ち続ける。
シャスティルの誕生日を。