いつか来る悲しみにピリオドを 誕生日を祝って祝われる。
まあ、すっぱ抜かれたりとか色々あったけど、それでも何十年と続けてきたそれは悪くねえと思ってたんだ。
けど……最近少しずつ怖くなる。
誕生日、それは1年の経過をあらわす。本来の人族の平均寿命は60代、長生きすりゃ70代ってところだ。
そして今年もその日はやってくる。
「誕生日おめでとうバルバロス。それで、今回のプレゼントなんだが、そのあなたの好みにあうか……」
「ひひっ、去年はポンコツなプレゼントだったからな。今更何が出てきたって驚かねえよ」
ついつい悪態をついてしまうのは毎回の事。
お前から貰えるならどんなものだって喜ぶに決まってる。たとえ言葉ひとつだけだとしても。
いや、本当はプレゼントなんかなくったって構わないんだ。ただひとつ、おまえさえいればそれだけで。
――それが永遠に続かないことは分かりきってはいるけれど。
「うぅ、その話はもういいだろう? 1年も前のことじゃないか」
「たった1年前だろ? プレゼント渡す瞬間に何もないところで転び、宙を舞ったそれはポンコツを次々と引き起こす引き金に……」
「な、中身は無事だったんだからいいじゃないか」
「無事だったというより、俺が保護したからだろうが。つうかお前のポンコツ具合、やっぱ年々お袋さんに似てきてねえか?」
「母に似てると言われれば悪い気は……いや、やっぱりそれに関してだけは似てると言われても複雑だ」
〝1年も前〟と〝たった1年〟
同じ人族でも普通の人間と魔術師は別ものだ。様々な能力や価値観の違い――なかでも時間に関しては天と地ほど違う。
魔術師という人種は実力次第では限りなく不老不死に近づける。吸血鬼化や他人への乗っ取り……形状を拘らないなら既に理論上の不老不死は存在している。
おそらくまだ解明されてない方法だってあるだろう。つまり努力すれば永遠を手に入れるのは不可能ではないのだ。
そう、永遠〝だけ〟なら……
欲しいのは〝永遠の愛〟だなんて、きっと昔の俺に知られたら頭の心配をしてくるに決まっている。
けど、シャスティルと引き換えなら自身の命を差し出したって構わない。
事実、あいつを守って死にかけた事もあるけど、守ったことに対して後悔はしてないし、必要なら何度だって同じことをする。
まあ死んだらそれ以降は守れなくなってしまうから、そうならないよう全力で知識を集めて力をつけてきたけど。
「それに私だって学習くらいする。今年のは持ったまま転ぶと少し危険だから部屋に置いてきたのだ」
「ひひっ、ポンコツのことだから置く前に転びそうになってたりしてんじゃねえの?」
「み、見てたのか?」
「え? マジで?」
思わぬ返し、気まずい沈黙。
ちょっと揶揄ってやるだけのつもりが、まさか本当にその通りになってたとは。
やっぱりこのポンコツは年齢と共に加速する。いつ何が起こっても対処出来るように結界の組み直しを考えた方が良さそうだ。
「……今とってくる」
「いや、俺も行く。危険だと聞いた後にポンコツに任せられるか」
「隣の部屋から持ってくるだけなら私だって出来るぞ。そもそも店からちゃんと無事のまま持って帰ってきたんだから」
「その油断でやらかすのがポンコツだってんだ。気を抜いた瞬間に何が起こってもおかしくねえ」
互いに軽口を叩きつつ扉を開けば、テーブルに置かれていたのは白いリボンに巻かれた鉢植え。
なるほど、確かにあれを持ったまま転ぶのは危険だ。普通の切り花ならともかく、鉢ごと中を舞うのは危ない。
そういや、こいつから花のプレゼントっつうのも珍しいな。渡す方なら何度かあるけどよ。
「ヒペリカムというんだ。その、植物にはいくつか花言葉というのがあって、ひとつは〝きらめき〟というそうだ」
「野武士一直線のポンコツが花に詳しいとは意外だったな」
「野武士いうな。昔読んでた書物に書いてあったのだ。兄が生きていた頃は生花に使う花とかも少々勉強していてな」
「へえ、まあ魔術に使う花以外はあんまよく知らねえけど、明るい色の花だし人を惹きつけるのかもな」
「確かに太陽の輝きに例えられるほどだし、それもありそうだな。もっとも花の方はすぐに散ってしまうのだが」
太陽みたいなきらめき、まるでポンコツみたいだなと思う。すぐに散ってしまうところまで本当にそっくりだ。
「でも、実の方は花より長く楽しめるんだ。生花とかに使われるのも主に実のほうだそうだ」
「実……この丸っこいやつか?」
「うん。この植物は花が散ってもすぐに鮮やかな実をつけることから〝悲しみは続かない〟という言葉もあるんだ」
花の散った後と思われる残った丸い部分。言われた内容を意識して見てみると薄っすらと色づいていて……
「その……あなたと私では寿命が違うだろう。あなたを悲しませるとわかっていても私はあなたを置いていってしまうから」
「……そんなの、分かりきってんだよ」
初めから分かっていたことだ。いつかは必ず訪れる結末、それを覚悟した上で俺はこいつと共にいる。
聖騎士と魔術師。本来なら交わることのないはずの組み合わせだったもの。だから共にいられるだけでも奇跡なのだ。
たとえ魔術師にとって瞬く間だとしても――
「けど、思ったんだ。あなたほど力のある魔術師ならきっと生まれ変わった相手でもわかるんじゃないかなって」
「まあ、そのポンコツは生まれ変わっても治らなさそうだしな」
「ポンコツは余計だが……もしあなたが生まれ変わった私を見つけてくれたら、その時はあなたの悲しみを続けさせなんかしない」
「そん時、お前は今とは別人だ。俺のことなんざ覚えてねえだろ」
「確かに今と姿かたちは違うだろうし、何も覚えてないかもしれない」
「だろ? つうか何も知らねえ奴が魔術師に目えつけられたと知ったら普通は一目散に逃げ出すぜ?」
「それでもあなたがあなたである限り、私は絶対あなたに惹かれるから。だから、その、この花はその約束というか……」
前言撤回。このポンコツには驚かされっぱなしだ。まさか俺の欲しいものをピンポイントで持ってくるなんて。
生まれ変わっても俺なんかに惹かれるなんて……むしろ惹かれているのは、いつだって俺の方だというのに。
「ほんとお前ポンコツだよな。今生どころか来世までタチの悪い魔術師に捕まろうとしてんだからよ」
鉢を手に取り、ほんの少しだけ魔力を流して、鉢に巻かれているリボンを黒く――自身の色に染める。
必ず捕まえてやる。たとえどんな姿で、何処にいようとも。
「返却は不可だ。絶対見つける」
花は瞬く間。まるでこいつの人生のように。
でも実は花よりも長く楽しめるんだろ? なら何度生まれ変わろうとも、その度に見つけて何度でも捕まえてやる。
お前の根付く場所は俺のところだ。
鉢植えをもらって数日。
話に聞いていた通り、プレゼントされた時に咲いていた花はすっかり散ってしまった。
けど、その時ほんのり色づいていた実は綺麗に染まり、花に代わって鉢植えを鮮やかに彩る。
花の生まれ変わった姿とも言えるそれは、大切な者を連想させるような緋色をしていたという。