出会いは喜び 失うは地獄 人気のない森の小屋、そこでオリアスは長い人生の中でも重要な瞬間を迎えている。
出産――それは医学や魔術の発展はあれど絶対安全なんてない。本来なら周りの人間の力を借りておこなうものだ。
けれど、助けてくれる仲間いない。愛する人もいなくなってしまった今、自分はひとりっきりだ。
それでも……どんなに大変だろうとも今お腹にいる子は絶対に産むと決めている。
段々陣痛の感覚は短くなる。魔術を使えば痛みは軽減出来るだろうし、それもひとつの手段だとは思う。
けどあの人のたったひとつの忘れ形見が産まれようとしているのだ。ならその痛みも誤魔化さずに受け入れたい。
ひとりで何刻も耐え抜き、そして――
「ふえ、ふええ……」
自身と同じ髪と瞳……この子の安らげる未来はあるのかどうかわからない。でも――
「産まれてきてくれてありがとう」
伝わるかはわからないけど、精一杯の愛を込めて貴方と出会えた事に感謝を。
ビフロンスの目の前でダークエルフの少女はゆっくりと目を開く。
「やあ。目覚めの気分はどうだい? 僕の可愛いお人形さん?」
「……いきなり人形呼ばわりされていい気分の人はいないと思うわ」
「へえ、自我があるんだね」
「……人なら普通あるものでは?」
自我のある個体は1/1000の突然変異と言われている。何度も作った自分ですらそんなものだ。
そしてこの返答、どうやら彼女は自分を〝人〟として認識しているらしい。
連れて帰ったあの子を使った今回そうなったのは偶然なのか、それとも……
「ふふ、これは面白い事になるかもしれないね」
偶然か必然か……でも今までの人造人間とは違い何か奇跡を見せてくれそうな……そんなときめく予感がした。
……これでよかったんだ。
愛するネフェリアを置き去りにして隠れ里から離れる。
きっと迫害されるだろう。でもどんなろくでもない場所だとしても〝外〟よりはマシなのだ。
せめてあなたを愛する人もいるのだと伝えたくてペンダントをもたせたけれど……
魔術師から持たされた魔法銀に触れるのを恐れて手を出さないか、躊躇なく取り上げられるか……
せめて形見の品を取り上げるような非道はしないと思いたいけど……昔、里の連中から受けた仕打ちを考えれば望み薄かもしれない。
夫も娘もいなくなり、再びひとりになった住処。まるで心に穴が空いたようで……
その過ちを取り戻せるのはまだ遠く――
――今から約16年後の話。
――独りという地獄をゆっくり味わえ――
そう言ってザガンはネフテロスに関する制約の魔術を残していった。
独りとはどういう意味だろう。独りと言いながらネフテロス以外との関わりに制限はないのだ。
あのエルフの細胞はなくなったけど、別に他の人造人間を作れないわけじゃない。
そうだ、代わりの人形なんていくらでも――
そう思うのに……何故かその気になれない。
ネフテロスじゃないから? それはどういう意味なのだろう。
僕にとって彼女は……他の失敗作とは違い優秀で、こちらの予想外の言動をして……
そう、基本的に絶対服従のはずなのに反抗的な態度を見せたり、片付けろと言いながら手紙を使い主人に殴りかかる。
そんな一挙一動を愛おしく思っていて……?
「まあ、わかんない事を考えたってしょうがないか。別に解除する手段がないわけじゃないし」
何故わざわざ解除したいと思うのか、そしてその先には何があるのか――
今はまだ理解しきれない感情。そんな忌むべき魔王のひとりが愛すべき者のために命をかけるのは数ヶ月後の話。