偶々とは必然的にも起こりうるもので 誕生日。それは魔術的な意味のある日。
そう教わったから自身の誕生日も覚えている。誕生日を厳選した生贄を数揃えれば、大掛かりな魔術も可能になるとか。
エルフなど良質な素材は滅多にお目にかかれないから、代用的なやり方のひとつとして、その日を認識していた。
そう、誕生日なんてそんなもんだ。
俺たちにとって魔術以外の意味なんざねえ。
それはさておき、先日手に入れたばかりの良質な酒瓶を片手に影を潜り抜ける。行き先となるのは、もはや腐れ縁みたいになった相手。
「ひひっ、相変わらずしかめっつらしながら魔道者読んでんのな。そんなんだから悪人ヅラになってんじゃねえの」
「うるさいバルバロス。年中明らかに不健康そうな顔色をしている貴様に言われる筋合いはない」
開口一番、繰り出されるのは悪態の応酬。もはや挨拶の一種みたいなものだ。
親しき中にも礼儀? はん、こいつと親しくなんてねえし、そもそもそんなものは魔術師に期待するもんじゃねえ。
「おーおー、冷たいこというなよ。せっかく上質な酒が手に入ったからお前にも飲ませてやろうかと持ってきてやったのによ」
「なら酒だけ置いていけ」
「なんか最近俺の扱いが雑になってきてねえ? つうかお前今13かそこらのガキのくせして酒置いてけはねえだろ」
「未成年という括りなら貴様も変わらん。そもそも最初に酒を持ち出し始めたのは貴様の方だろうが」
お酒は大人になってから? そんな魔術師どころか一般人すら守っているか怪しいもんを律儀に守る理由はない。
むしろ魔術でアルコール分解できる魔術師なら、ガキの飲酒でも合法だろ?
悪態の応酬、世辞もモラルもない、まさに自由気ままな魔術師らしいやり取り。
そんなんだから、ザガンとの会話は気楽だ。まあ、いつか師匠の代わりに殺すつもりだからかもだけど。死ぬ奴に肩肘張ってもしょうもねえしな。
だから、多分、それ以外の意味はねえ。
「そういや、この間ここらでデカい顔し始めた通り名持ちの魔術師いただろ。あいつのせいで触媒が手に入りにくいんだわ」
「ああ、あの男か。確か生贄に使える浮浪児も探していたな」
「ひひっ、ガキ相手に警戒なんてしてねえだろうな。なんせ知識を積み込んだ時間が少ねえと侮ってるはずだからよ」
「なら手始めに――」
ひとりではまだ敵わない、いや全てをかければいけるかもだけどリターンに見合うリスクじゃない。
けどふたりなら、こいつと一緒ならやれない相手でもない。協力? んなお綺麗なもんじゃねえし、俺たちはそんな人種じゃない。
利害の一致ってやつ。利用出来るもん利用するだけ、適任がこいつだってだけだ。なんだかんだ他のやつよりかは合わせやすいしな。
酒を片手にする悪巧みの打ち合わせはトントンと進んでいく。内容も特に問題はないし、こいつなら上手くやる。
「――なら囮はお前だな」
「まあ、これだけ空間魔術を操れるのはそうそういねえし? 俺なら安全に抜け出せるしな」
「別に抜け出さずとも、そのまま相手と共にくたばってくれて構わんが?」
「そんなに死んで欲しいの!?」
アンドラスとの会話はこんな応酬ではなかった。少なくとも表向きは大切にされているような言葉。
……今にしてみれば言葉だけで〝俺〟という相手を見ていないような、そんな雰囲気だった気もする。奴の目的を思えば当然だが。
対してザガンは、雑な扱いなのに〝ひとりの相手〟としてきちんと意識していると……何となくだが、そんな気がする。
まあ、俺は優秀だからな。いつか殺しにくる相手を意識するのは当然だろう。
だから、これは偶々なのだ。
偶々、良い酒が手に入ったから。
偶々、今日ザガンと悪巧みをしたくなったから。
偶々その日が……今日が誕生日だった。
それだけでそれ以上の意味なんてないはずで。
けど、その日の酒は半量になったにもかかわらず、ひとりで飲むより満足感を感じたような……そんな気がした。