くもりときどき「あー。空からラーメン降ってこねえかな」
しとしとと雨の降る昼前の事務所内で、雨空を見つめながら霊幻は言った。
藪から棒な発言を聞いて、モブは霊幻の座る席のほうへ目を向ける。
今日は土曜日なので、中学校は休みである。受付席でもくもくと宿題をこなしていたモブが口をひらく。
「お腹すいてるんですか」
「あぁ。今すごくラーメンの口だ」
「ラーメンか……」
シャープペンシルを持っていた手を止め、モブも霊幻と同じようにブラインドの向こう側を眺める。
「……僕はハンバーガーが降ってきてほしいな」
「あー。いいな」
雨の降る空を二人で眺めながら、ふたりは無表情でその様子を想像する。
「……くもりときどきミートボールって知ってるか」
霊幻が口をひらく。はい、とモブは神妙な面持ちでうなずいた。
「小学校の図書室にありました。何度か読んだことあります」
数年前に図書室で読んだ絵本の内容を思い出す。確か外国の作家が書いた内容で、絵柄が妙にリアルだったためよく記憶に残っている。
「あれみたいに飲み物や食べ物が降ってきたら、こういうときもすぐ腹ごしらえできるんだがな」
「でも困りますよ。街の中が食べ物でべちゃべちゃになります」
確かになー、と霊幻は背もたれに身をあずけ、頭の後ろに手をまわした。
暇なんだろうな、とモブは静かに思う。今日は予約もなく、客足も今朝方にやってきた一名のみで、あとは閑古鳥が元気に鳴いている。
「……ラーメン降ってきたら容器割れんのかな。ちっさいパラシュートつけて降ってきたら無事に済むか」
ぎぃ、ぎぃ、と貧乏ゆすりをしながら霊幻がつぶやく。どこか呑気で、しかし発想が豊かな霊幻に、なるほど……とモブは妙に感心した姿を見せる。
「割り箸もついてるんですかね? ついてなかったらお箸持ち歩かなくちゃいけないですね」
「確かに。今、流行りのマイ・バッグに続くマイ・箸ってことか」
こくりとうなずく霊幻も納得したご様子だ。
「もしも降ってくるのがハンバーガーだったら、それだけじゃ物足りないし、ポテトもいっしょに降ってきてほしいな……。一度にふたつの食品って許されますかね?」
不安そうに訊ねたモブに、霊幻はノールックでびしりと弟子のほうに指をさした。
「俺が許そう。ハンバーガーにポテトは付き物だ」
よし、とモブはつぶやきながら、受付席の下で小さくガッツポーズをした。
現在、時刻は午前十一時半をまわっている。
二人とも、話しているうちにさらにお腹がすいてきたようだ。
「でも飲み物は? ジャンクなものを食べたら喉が渇きますよね」
「そうだな。みんなが食べおえた頃に、都合よく雨みたいにコーラや水が降ってくるのはどうだ?」
「いいですね。でも水って……それってただの雨なんじゃ?」
そんなモブの疑問に、いーや、と霊幻は真っ向から否定する。
「ただの雨水になにが入ってるかわからんだろ。ちゃんと人間が飲めるよう濾過された水が降ってくるんだよ」
なるほど、それは確かに、とモブは納得した。雨水を飲んだことがないモブにはない着眼点だった。――普通に暮らしていれば、雨水を飲む場面なんてそうそう訪れないはずだが――。雨水の危険性まで考慮するとは、さすが師匠だとモブは密かに感心する。
「……」
「……」
しとしとと降っていた雨が、だんだんと小降りになってきた。今なら外出しても、傘をさせば大幅に濡れることはなさそうだ。
しばらくの無言ののち、決心したように霊幻がガタリと立ちあがる。
「ちょっと早いが、ここはおとなしく飯食いに行くか」
「そうですね」
モブもお腹をさすりながら静かに立ちあがった。
今ならなんでも食べられそうな気がする。
その後、二人は近くのハンバーガー屋で腹ごしらえをし、昼前にしたこの会話など頭からすっぽりと抜けてしまったのだった。