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    多々野

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    多々野

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    ケビスウ(黄金の庭園時空)がしゃべってるだけ
    勢いで間に合わせたので後から書き足すかもです!!

    ##小説
    ##ケビスウ

    水を飲みに部屋から出ると、暗いダイニングの中で、キッチンの照明だけが煌々と明るい。時刻は23時を回っていた。誰かいるのかとキッチンを覗くと、いつものパーカー姿の友人がいた。電子ケトルでお湯を沸かしている。
    スウは入り口の壁に凭れて、彼がじっと見下ろしているプラスチックのカップに視線を向けた。
    「それ、今週四個目じゃないかい」
    声をかけると、こちらを向く。
    「どうして知ってるんだ」
    「僕が今週ごみ捨ての当番だからだよ」
    アパートの共用ごみ箱のごみ捨ては当番制。プラスチック容器のごみは今朝出したばかりだ。あまり量が出ないこともあり、お馴染みのカップラーメンの容器はよく目につく。全部がケビンのものとは限らないが――メビウスの可能性も高い――今回は当たっていたらしい。
    「さすがに感心しないね。時間が遅くなると食事が疎かになるのは分かるけれど、せめてサラダをつけるとか」
    「分かってはいる。でも面倒で」
    ケビンはため息をつく。
    「君に面倒くさがりの気持ちは分からないさ」
    「また、そう突き放すようなことを……」
    スウは苦笑した。自分が生活習慣にマメなほうである自覚はあるから、他人にも自分と同じようにしてほしいとまでは思わない。でも、
    「心配はさせてくれ。メイにも気にかけてほしいと言われているし……。もっとも、そんな彼女の方も一人でちゃんと食べているか気がかりだけれどね」
    冷蔵庫を開く。作り置きの惣菜を出してあげようとタッパの一つを手に取ると、案の定、軽い。量が半分くらい減っている。またエリシアかパルドフェリスあたりが食べたのだろうか。彼女たちはたまに人の食べ物を勝手につまんでいく。後から何らかの形でお返しはしてくれるが……。
    料理ができる住人は少なくないが、それぞれ生活リズムも異なるし、人のぶんまで作ることはそうない。一緒に食卓を囲む機会は、誰かが珍しい食材かパーティ料理を買ってきたときか、料理人の千劫がまれに気が向いて皆に振る舞ってくれるときくらいである。それ以外の日に皆が何を食べているのかは知らないが、部屋に籠もっていることが多い数人の食習慣が適切でないことだけは容易に想像がつく。
    「君たち、また僕の知らないうちに連絡を取ってたのか」
    ケビンが言った。嫉妬というより、どこか拗ねたような声。スウとメイが自分の知らないところで話していると、仲間外れにされたようで寂しいのだ、というのは酔ったときの彼の言である。
    メイとはケビンの話の他にも、趣味や学術的な話もする。この辺りを伝えても余計寂しくさせるだけだろうから、スウはふふと笑って誤魔化した。
    カチン、とケトルのボタンが戻る音がした。蓋を開けてしまったカップラーメンは食べてもらうほかない。加えて、多少の副菜を出すことにする。大豆のトマト煮を鍋に少量出して温めている間に、玉ねぎのマリネを器によそう。
    横で見ていたケビンが無言でスウの袖口に手を伸ばした。
    「ん?」
    体温の低い指先が手の内側に触れて、スウが手首にかけていた髪ゴムをするりと抜いていく。そして、肩の前に流していた髪を持ち上げ束ねた。
    鍋を使っているから気にかけてくれたのかと思い、ありがとうと言いかける間に、思いのほか高い位置で丁寧に結われていく。
    「待ってくれ。もう寝るところだから、そんなにしっかり結ばなくても」
    髪を触りたいだけじゃないか、という疑いが湧く。スウは後頭部できっちり重なったゴムの結び目を触りながら振り返る。
    「髪に跡がつくだろう……」
    スウのぼやきを無視して、ケビンはダイニングの明かりを薄く灯した。
    「まだ寝ないだろ」
    彼はテーブルの前の椅子を二脚引く。
    スウは肩をすくめた。食事中の話し相手をご所望らしい。

    日中賑やかなアパートは、夜は早めに静かになる。壁は薄くはないとはいえ、グレーシュやコズマといった子どもも住んでいるのだから、大人だって夜中に大騒ぎしたりしない(基本的には、という注釈付きで)。
    高台にある家だ。テレビもつけないでいると音がない。カップ麺をすする音だけがマイペースにひびく。ケビンはカップの横に置いたスマートフォンで何かを見ながら、向かいに座るスウに言う。
    「メイと出かける場所を考えてくれ」
    「どうして僕が」
    「僕の趣味だと、偏る」
    ケビンは眉を寄せている。見ていたのは観光案内のサイトらしかった。
    「ああ、君の趣味だとレジャーばかりになるから」
    海とか山とか、ボルダリングとか。
    「そう。博物館とか美術館とか、そういう頭のよさそうな場所は君のほうが分かるだろう」
    頭のよさそうな場所とはいったい。それはともかく、求められていることは何となく把握した。
    調べておくよ、と頷く。
    春だから選択肢は多そうだ。比較的どこもイベントに力を入れているし、暖かくなってきたことで移動もしやすい。町中を歩いていても、人々の服装が軽く、色が明るくなっているのを感じる。何かがあるわけでなくても、何かいいことが起きそうな、そわそわした空気があった。今はそういう季節だ。いいことといえば、アパートにもいい知らせがいくつかある。
    「そういえば、来週の日曜日にエデンが帰ってくるらしい」
    「休日に来るのか? 珍しい」
    歌手として世界を飛び回る彼女はめったに帰ってこない。会えること自体が稀だ。貴重な機会に、我らの家主を囲んで皆で夕食でもとれるといい。
    それから流れで、お互いの知る情報を交換した。グレーシュの両親は連休に帰ってくる予定で、それから親子三人で旅行に行くそうだ。サクラの妹も近々遊びに来るという。アパート内ではヴィルヴィがエリシアとこそこそ話している姿が目撃されている。どうやらまた何か企画しているようだ
    黄金の庭園はいつも目まぐるしく騒がしい。住んでいるだけで住人たちはいつの間にかコメディドラマのような事件に巻き込まれていく。初めは戸惑ったが、今では不思議と馴染んでしまった。

    「君は?」とふいにケビンが言う。
    食べ終わった器に箸を置いて、
    「自分の話をしないから。最近は忙しいのか」
    「まあ……実習はまだ続くことだし」
    「でも、卒業して配属が決まったら出て行くんだろう」
    急にそんなことを言うから、顔を見ると真っ直ぐに視線が合った。スウは苦笑する。
    「そうなるかもしれないね。僕だけじゃなく、華やコズマや……みんなそうだろう?」
    どこかのタイミングでここを離れることになる。いつまでも一緒にいられるわけではない。こういうケビンだって、メイと都合がつけば二人で暮らしたいはずだ。モラトリアムというわけではないが、やはり今の生活は皆にとって一時の夢のようなものではないだろうか。
    「寂しいのかい」と訊いてみる。
    べつに、と返ってくるかと思ったが、ケビンは目を伏せて、
    「いい形での別れなら、いい」
    穏やかな声色で、そう呟いた。
    スウはふと、いつか全員で見た日の出を思い出す。なかなか揃わない十三人が揃って一つの景色を見た。ああいう日はあと何回もないかもしれない。でも、
    「……大丈夫さ。皆、前に進むだけだから」
    スウは微笑む。それぞれに全く違う道が続いていても、一度交わった交点が消えたりはしないから。
    きっとそれは黄金の名に相応しい、美しい思い出として皆の心に残り続けるだろう。
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