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    多々野

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    多々野

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    パルドフェリスの友だち(モブ融合戦士)視点
    モブは死にます

    ##小説

    あの子は「よう、今日もやってんねえ」
    食堂で昼食を摂るあたしたちに向けて、物流担当のおじさんが通りがけに声をかけてくれる。お疲れさまでーす、とあたしは挨拶した。いつも食堂に集まってぐだぐだと長話をしているあたしたち三人――あたしと、あたしのルームメイトと、パルドフェリスちゃんは、年配職員の一部から女子大生組だなんて呼ばれている。つるんでるときの雰囲気が女子大生っぽいんだって。実際は、三人の誰も大学に行ったことはない。あたしは故郷が崩壊に呑まれて、ぎりぎり高校を卒業できなかった。向かいに座るルームメイトはフリーター。パルドフェリスは盗みで暮らしてきたらしい。全くバラバラな場所で生きてきた三人が、たまたまこうしてつるんでいる。あたしにとってこの二人は、組織内で気が合う数少ない友達だ。
    というのには、あたしたちが三人が融合戦士であるということも要因としてある。融合手術を受けて以降、なんとなく一般兵と距離ができてしまい、何人かと疎遠になった。別にあたしが偉ぶってるんじゃない。あっちが腫れ物扱いしてくるだけ。一般兵から仲間はずれにされて、だからといってそこらの融合戦士と仲良くするのもまた難しい。大体、融合戦士なんてのは崩壊への復讐に燃えて目が血走ってる人か、副作用で精神がおかしくなった人が大半だ。精神感知型なんて最も関わってはいけない。話の通じる優しい人もいるけど、エリシアさんやエデンさんは、あたしみたいなのとは格が違いすぎて、また別の意味で怖い。だから、高校の頃みたいに話せる二人の友達がいてくれてあたしは助かっている。そして三人で、食堂で普通に話して、普通に笑う。あたしにとって、それが腫れ物扱いしてくる奴らへのちょっとした抵抗だった。フェリスちゃんはそんなつもりないだろうけど。
    「フェリスちゃん、それかわいいね」
    あたしはフェリスちゃんが手首に着けていたバングルを指差す。素敵なピンクゴールドがよく似合っていた。
    「あ、いいでしょ? これはねえ」
    パルドフェリスはにんまりと目を細めたあと、周囲をきょろきょろと確認し、声を潜め、物の出処とそれを入手するまでの物語を教えてくれた。
    「えー、盗品?」あたしはくすくす笑った。
    「パルドの持ち物に自分で買ったものとかないじゃん」
    向かいに座るルームメイトがけらけらと笑う。
    「フェリスちゃん、アクセサリーが好きならあたしのあげようか」と、あたしは提案した。あたしの部屋のアクセサリーボックスには、わざわざ実家から持ってきたものの、めっきり着ける機会がなくなってしまった宝物がたくさん眠っている。
    「えー!? ううん、そういうのはいいよお」
    パルドフェリスは綺麗なオッドアイを見開いて、ぶんぶんと首を横に振った。
    「パルドにわざわざくれてやることないって。欲しかったらとっくに盗ってるから」
    「そうそう……って違うよ!? 私にだって遠慮とかあるよ!?」
    あはは、とあたしたちは笑った。確かにフェリスちゃんには既にいろいろ盗まれたことがあるし、欲しい物があったら盗ってるか、と思った。彼女はずっとそうだ。彼女も火を追う蛾の戦闘員としてお給料を貰っていて、盗まなくたって必要なものは買えるはず。それでもこの子は働いて得たお金で買うことや、施されることを好まず、盗む。
    生き方ってのはそう簡単に変えられないんじゃん? と、ルームメイトが言った。そうかもね。あたしも未だに朝は前髪巻いちゃうんだよね。帽子被るから本当に意味ないのに。あたしの頭には髪でぎりぎり隠せないくらいの角がある。融合手術の後遺症ってやつ。だからどれだけ暑くても、いつもニット帽を被っているのだ。もちろん戦闘中も。
    「制服なんてなくていいのにねー」
    「ホントだよ。いっつも決められた服なんて窮屈!」
    と、三人で愚痴を言いあった。ニット帽と制服は全然合わない。制服のほうが変わってほしい。ていうか、なくしてほしい。
    ちらりと横を見れば、フェリスちゃんの猫みたいな耳と尻尾が目に入る。今日もかわいい。すぐかわいいって言っちゃう。会うたびに五回くらい言ってるかも。内心嫌がってたらどうしよう。でれでれしてるから大丈夫かな。あたしも猫耳がよかったーとは思わないけど、あたしの融合因子の元は白っぽい崩壊獣だったから、ちょっとだけ肌が白くなるとかがよかった。トーンアップ下地を塗る一工程が省けてラッキー、なんて言えたらひと笑い取れたのにね。
    「ね、フェリスちゃん、尻尾触っていい?」
    ゆらゆら揺れる尻尾に魅了され、つい手を伸ばす。フェリスちゃんはピッと素早い動きであたしの手を避け、「ダメダメ! 有料!」と主張した。あたしたちはまたけらけら笑った。
    食堂の壁に貼られたカレンダーが視界に入る。もうじき年末だった。本当にあたしたちが女子大生なら、どこのイルミネーションが綺麗だとか、どこのブランドのクリスマスコフレが狙い目だとか、そんな話をしていたのかもしれない。そういうキラキラしたイベントは、大崩壊以降見られなくなってしまった。代わりにというには小規模だけれど、誰がやったのか、この食堂にはごちゃごちゃとチープな飾り付けがされていた。しかも気づいた人が後から付け足していくので、多種多様な宗教にまつわるものが混ざり合って混沌としている。神様たちも困惑だろう。とくに信仰心を持ち合わせていないあたしたちは、祈り放題、祝い放題だと盛り上がる。
    「なんとかし放題っていい響きだよねえ」
    フェリスちゃんが満腹のご機嫌な顔でむにゃむにゃと言う。
    「なあに、食べ放題とか? いいね、クリスマスっぽい」
    「お宝取り放題?」
    「最高〜〜」
    パルドフェリスは頰をテーブルにつけてふにゃふにゃの姿勢だ。眠いのかな。
    「ねー、パーティやりたくない?」
    あたしは適当な思いつきで持ちかける。
    「なんの?」とテーブルに肘をついたルームメイトに聞かれて、考える。
    「えー、祝勝会?」
    「何に勝ったやつなの、それ」
    「そりゃもう、崩壊よ」
    「大きく出たなあー」
    ほら、パルドもこの子になんか言ってやってよ。ルームメイトがゆさゆさ肩を揺するけど、反応は鈍い。
    「フェリスちゃん、寝ないで〜。午後から演習でしょ〜」
    あたしは伏せた猫耳に向かって言う。返事はなかった。
    「こりゃサボる気だな」
    パルドフェリスは本当の猫みたいに自由気ままだ。あたしたちは顔を見合わせ、慣れた苦笑でフェリスちゃんの背中を撫で回した。

    *

    あたしたちはいつも小さな幸せを見つけては大きな声で笑った。笑っていられるように努めた。なのに壊れるのって本当に簡単で、あたしの物語は一瞬でびりびりに引き裂かれて散った。

    *

    なんてことはない任務のはずだった。なのに、約束の律者が現れて、全てが絶望に塗り尽くされた。すぐそこまで迫っている? わけが分からない。その律者が持つ崩壊エネルギーを無効化する結界は、崩壊獣因子を持った融合戦士にこそ効果てきめんなんだって、本部からの連絡を受けた隊長が血相を変えて叫んだ。だから、何? どうすればいいの? そんな解説だけされても困るよ。どうやったら死なずに済むのか教えてよ。少し遠くにいたルームメイトと目があった。流石に笑ってなかったし、あたしも笑えなかった。
    隊列も指揮もないまま、隊員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。どこに逃げればいい? あたし、融合戦士になって力は強くなったけど、フェリスちゃんみたいに足は速くない。後ろから悲鳴が聞こえる。あっという間に死があたしのところまで追いついた。
    膝から力が抜けて、地面に倒れ伏す。たぶん結界内に入った。だからこんなに、息ができなくて苦しい。
    どうしてこんなことになっちゃうんだろうね。あたしたち、ただ死にたくなかっただけなのに。戦場に出たのが間違いだった? ちょっと勇気を出して手術を受けたのが間違いだった? 何にも考えてなかったのがいけなかった? それにしたってこんな結果はあんまりだ。体中の細胞が潰れていくような感覚が怖くてたまらなくなって、あたしは目だけを動かして周りを見ようとした。
    そういえば、今日はパルドフェリスがいない。何日か前に怪我してから休んでいて、だから、ああ。よかった。あの子は生き延びられる。
    実はこっそりプレゼントを用意してたの。あの子、贈り物をされるのはあんまり好きじゃないみたいだけど、どうしてもあげたいものがあって。本当は直接渡したかったけど、フェリスちゃんならきっと、あたしの部屋から見つけてくれる。あたしの荷物漁っていいから見つけてよね。
    ねえフェリスちゃん、知ってるよ。あなたは私の持ち物からたくさん盗ったけど、本当に大切にしているものには手を出さなかった。例えば家族の形見。お母さんの指輪とか、妹のフルートとか。一番お金になりそうなのに。優しいんだもんね。
    げぼ、と血を吐く。目が眩んで、涙が出て、何も見えない。どうか、どうかフェリスちゃんは生きていて。あたしは力の入らない両手を祈りの形に合わせることもできず、ただ胸の前でがたがたと震わせながら、食堂に並べられた神様たちを頭に浮かべる。誰でもいい。誰かあの子を守って。あたしの大好きな、大切な友達。あたしたちの中で一番自由で、一番怖がりなあの子が、怖い思いをしないで生き延びられるように。あたしは迫り来る死に怯えながら、そればかりを必死になって願った。
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