【朝支度】 昨晩の濃厚な間具合いにもかかわらず、2人の朝支度は早かった。花城は自分よりも早く目覚めていたのか、既に支度は終わっている。いつか彼の支度姿をみることが出来るだろうかと思ったが、謝怜自身、思ったより寝汚いところもあり、いつになることやらと独りごちる。隣に居る彼はせっせと手伝える事は何も言わずとも手を差し伸べて介助し、謝怜が自分で支度をやりたそうだなという所はまるで心を読まれているかのように決して手を出さない。今も、髪を結い、今では綺麗に元の白磁の姿に戻った首元を包帯で巻く謝怜の姿を頬杖を突きながらにこやかに見守っている。
「折角綺麗なのに巻いてしまうんだ?」
キラキラと、眼の奥に星でも飼っているのかというくらいに煌めきを放つ黒眼を、まるで宝物でも見つけた時のように細めて笑う。四六時中、視ないときなどもうほぼほぼ無いに等しいのだが何時視てもこの黒眼を美しいと思う。
「うーん、急に巻くのを止めてしまったら事を知らない神官達が疑問に思って聞いてくるかもしれないし...私もイチから説明するのは面倒だ」
「ハハ、それもそうだ」
「そ、れ、に、」
隣に座る花城に向き合うように座り直した謝怜に、如何したのかと片眉を上げる前に最愛の両人差し指がこれまた白磁の両頬をグリグリと押す。
「君がこんなに痕を付けるからだよ」
意図せずあひるの口になった鬼王なぞ私しか見られないだろう。
「ほめんなひゃい、かか」
「ふふ、かわい...君は本当に困った子だ」
肩を震わせながら笑うと、指が頬から離れたが、離れないでとでも言うように自分のよりもひとまわり大きな掌が謝怜の手を包む。手の甲に口吻を落とすと、困った子だとあどけなく微笑んでいた顔にサッと朱みが差す。
「さ、んらん、支度が...」
先ほどの遣り取りの何処にスイッチがあったのだろうか。
「...まだ時間は一炷香(ちゅうか)ほどあります。支度はあとで三郎が。昨晩は痕を付けてしまって申し訳ありません殿下。でも三郎は殿下の何処に痕を堕とせば良いのか、判らないので」
紅線と中指の間を食まれ、昨晩の名残か、ゾクリと背中を痺れが駆ける。
う、と声が漏れる。
「この愚図に教えて。貴方への花を、何処に付ければ良いか...」
ぢう、とわざと音を立てて肩口の襦袢でギリギリ隠れるところに痕をつけられてしまった。
「ン...三郎...」
一炷香では済まないだろうなぁと、薄れゆく理性の中で今日の言い訳を思案する謝怜だった。