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    sgrk_dangan

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    sgrk_dangan

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    モブエナ
    (モブタコ×エナドリ)
    押せ押せで同居にもち込む🥤の話です

    同じチームのあいつらがオレから離れていく夢を見たあの晩から、精神的に不安定になることが増えた。
    いつも通りカンストに失敗した帰りのヘリの中で、何だか意識がもうろうとして全身が重たくなり、無意識に隣に座るモブタコにもたれかかっていた。

    「ちょ、君、大丈夫?」

    背もたれが何か言っている。反対側からはクソザコがはわわなどと言っているのが聞こえた。普段だったらこの出来の悪い後輩にダメ出しの嵐を浴びせているタイミングなのに、今日は無理だった。表情筋すらも動かせない。
    クマサン商会に着いてからも体調は変わらないままで、床に座り込みロッカーにもたれかかってぼーっとしていた。
    後輩が泣きながらオレの口にエナドリを流し込んだ。ガソリンが給油されたような感覚がして、オレは動きを再開した。のろのろと緩慢な速度で着替えを行う。
    ひと足先に着替え終わったニコチンタコがオレのことなど気にも留めず「んじゃお疲れ。お前らもさっさと帰れよ」とボディバッグを背負った。

    「えっ、置いてくのか」
    「そいつ? 自力で着替えられたなら大丈夫だろバイト中は元気に動いて怒鳴ってたし」

    ニコチンタコは心底どうでもよさそうな顔でそう言って踵を返した。一刻も早く外でタバコを吸いたいのだろう。クソザコも「お疲れさまです!」と元気に挨拶して出口へ向かった。
    モブタコはその後ろ姿とオレを何度か見比べていたが、

    「少し休憩してから帰るといいよ。じゃあ、お大事に」

    労わるようにそう言ってから背を向けた。
    夢の中の光景がフラッシュバックする。
    立ち尽くすオレ。あのいけ好かない同期のイカの横で楽しそうに笑いながら歩くヤニタコとクソザコ。
    ちらちらとこちらを気にしながら後ろに続くモブ。やがて諦めたように前を向き、それからはもう二度と振り返らず……

    「待って」

    夢と現実が交錯して目の前の後ろ姿と重なって、とっさに呼びとめていた。
    モブタコが驚いた顔で振り返る。

    「行くなよ……」

    自分が思っているよりも弱々しい声が出た。
    すぐに足音が近くまで戻ってくる。

    「大丈夫か? どこか痛い? 君が他人に頼るなんて珍しいな」

    優しく心配されてオレはつい泣いた。ボロ泣きだった。

    「何かさぁ……もう疲れちゃって全然動けなくてェ……。家まで送ってェ……」
    「えぇ…………」


      *  *  *


    「起きて。家、このアパートであってる?」
    「ん……」
    「部屋番号は?」

    イカ形態のまま眠っていたらしい。ぼんやりとした意識のなかで部屋番号を伝えると、モブタコはオレを抱え直して階段をのぼった。

    「鍵、出して」

    部屋の前に着いたらしい。大人しく鍵を差し出してもう一度目をつむるとモブタコはしばらくガチャガチャさせていて、うるせーなぁと思ってたら頭上から「あれ!? 鍵がかかってない……ぶ、不用心な」と聞こえた。
    そういやかけ忘れたかも。
    部屋に入る気配がしてからようやくオレは目を開けた。

    「うわ、汚いな……」

    ぼそりと呟かれた言葉は聞かなかったことにしてやった。
    さっきと比べて頭も身体も軽い。
    オレはモブタコの腕からするりと飛び降りて人型をとった。

    「あー、仮眠したらまじでスッキリした。疲れが溜まってたのかもしんねぇ」
    「それは良かったけど……」
    「悪いな、迷惑かけて。おかげで助かった」

    謝って礼を言ったのなんていつぶりだろう。
    このオレのレアな謝罪を聞いたというのにモブタコの表情は晴れなかった。

    「君、このままじゃ壊れるぞ」
    「は?」
    「根を詰めすぎだ。最近エナドリの量も増えてるんじゃないか」
    「まぁ増やしてるけど……それの何が問題なんだよ。エナドリは完全栄養飲料だぞ」

    強気な姿勢でそう返すとモブタコはそれ以上何も言ってこなかった。
    オレは敷きっぱなしの布団の上にぼふんと座った。

    「まぁそのへんに座れよ。茶でも出すわさすがに」
    「いや、別にいいよ」

    立ったままのモブタコを見上げる。
    同じチームでも、こいつのことだけは正直よく分からなかった。
    オレが何のためにあのバイトをしているかというとカンストのためだ。それにより得られる金バッジのため、名声のため、いや違う、1番はたぶん自己満足のためだ。
    ニコチンタコは借金返済のため。クソザコはあれだけポンコツでも唯一クビにならないバイトだから。
    あの過酷なバイトを連日続けるのにはみんなそれぞれ理由があるはずで、でもこいつだけは全然それが読めなかった。
    能力はふつうに高いほうだと思う。足手まといに感じたこともそんなにない。もっとオオモノを倒せとは思うが。
    オレは素直に聞いてみた。

    「お前って、何でバイトしてんの?」
    「理由はないよ」

    感情の乗らぬ声で即答された。
    普段のオレだったらそこで話を切り上げただろう。こいつが何のために働いて、何を目標にしているかなんて全くもってどうでもいい。オレが興味があるのはバイトのことだけだから。
    でも、気がついた。そのバイトを継続するために、もっとこいつについて知るべきなんじゃないかと。

    「好きなモノとかある?」
    「酒だよ」
    「へえ。よく飲みに行くの?」
    「いや、高くつくから外には行かないな。安酒をたくさん買ってきて家で飲む」
    「へー意外……。酒のほかに趣味は?」
    「ないよ」

    またしても即答だった。
    こいつ本当に何も考えてないんだ、と思ったがどうも違和感を覚える。
    理性的で真面目な性格。高い戦闘能力。やけに豊富な知識と経験。クールな容貌。
    こいつは色々なものを平均以上に持っている。
    そんな奴が今までのタコ生を通して酒だけしか興味の対象にならなかったなんて、そんなことあるか?

    「今までは何かあったんじゃね?」
    「……ないよ」
    「あっただろ。なにか欲しいものとかさ」
    「そろそろ帰るよ。今日はゆっくり休んで……」
    「だってお前、持ってんじゃん。何でも」

    モブタコの動きが止まった。

    こちらを見下ろすその表情を見て、どうやら地雷らしきものを踏んだのだと理解した。
    でも、丁度よかった。こいつの感情の牙城を崩して中に隠されたものを引きずり出すには、わずかな綻びを見つけて叩くしかないだろうという直感があった。

    モブタコが突然オレを布団の上にうつ伏せに引き倒した。片足で背を踏まれ、両腕を背後から捻り上げられて思わず「痛い!」と叫ぶ。すぐに力が少しゆるめられたが、解放される気配はない。冷たい声が降りてきた。

    「君のこの寝ぐらはどうやって手に入れたんだ?」
    「……どうやって、って」
    「自分で稼いだ金で借りたのか?」

    胸を圧迫されてあえぐように息をしながら、オレは言葉をしぼりだした。

    「親の、仕送り」

    そう言うとモブタコが小さく何かを呟いた。よく聞き取れなかったが、たぶん「ほらね」と言ったと思う。
    ふっと背中が軽くなって、上からモブタコがどいた。
    オレはすぐさまTシャツの中をのぞいてみた。
    後に残る痛みはなく、跡もついていないようだ。オレが喧嘩にも痛みにも弱いのを慮ってくれたのだろう。
    そのまま背を向けようとするモブタコの足にすがりつく。どうしても、このまま帰すわけにはいかなかった。
    モブタコはオレの手に自分の手を重ねると、やさしく外した。もう怒ってないようだった。ただ、脅したにも関わらずオレがあんまりしつこいもんでかなり困惑している。

    「お前はどこに住んでんの?」
    「クマサン商会の隣の寄宿舎だよ」
    「ふぅん……」

    見えてきた。
    オレは質問を変えた。

    「どういう経緯でこのバイト始めたんだよ?」
    「別に、普通だよ。金が欲しくて」
    「もっと詳しく教えろよ。なんで寮住まいなんだ?」
    「安い、から……」
    「最初から順番に教えて」
    「言いたくないんだ」
    「お前のこと知りたいんだけど」

    オレがここまで無遠慮に距離を詰めてもまだキレない。家に送れなんていう面倒くさい男のわがままもこいつは聞いてくれたし、普段だってクソザコが死ぬほど戦犯しても怒らない。たぶん、泣きつかれたり頼られたりするのに弱いんじゃないかと思う。根がお人よしなのだろう。

    「……頼む。教えてくれよ」

    しおらしくうつむき、意識してか細い声を出してみた。少し媚びた感じになってしまったかもしれない。
    モブタコはだいぶ困った顔をして目線をさまよわせ、やがて大きなため息をついた。
    そして、ぽつりぽつりと話し出した。

    憧れて地上に出てきたこと。
    騙されて商会の寮暮らしになったこと。
    ……必死に貯めた金を、親友だと思っていた奴に持ち逃げされたこと。

    モブタコは「ここまで話すつもりはなかった。君に同情しているからかな」と力無く笑った。
    同情って何だ。でも、オレもこいつの悲惨な過去にはイカ並に同情した。
    そして次に、それを自分のカンストのためにどう利用すべきか考えた。
    こいつをずっとオレに繋ぎ止めるために提供できるものは何だ。こいつが心の底から欲しがるものは?

    ピンと閃いた。

    「お前、オレんちに住めば?」
    「……え?」
    「ちょうどいいじゃん。どうせお互いバイトでほとんど留守にしてるし、布団も詰めれば2枚敷けないこともねえ。家賃はそうだな……3分の1払ってくれればいいよ。それなら金も貯められるだろ」

    そこで一旦言葉を切り、相手の反応をうかがう。
    能面のような無表情。これは、警戒してるな。

    「君にメリットがないよね」
    「ある。オレのカンストまで絶対に付き合え」

    放たれた疑問に間髪入れず即答してやる。
    モブタコの眉がぴくりと動いた。

    「お前らがいないとバイト自体できねぇんだよ。なんか知らないけどオレ色んなやつにブロックされてるらしいから。オレは悪くないのに」
    「はあ。そうなのかい」
    「オレがカンストして、お前も金が貯まったら好きな家に引っ越せよ。住所があったら仕事だって他にも選べるだろ。お前の想い描いてた地上の自由な生活が手に入るぞ!」

    演説するように両腕を大きく広げてみせた。
    モブタコはゆるゆると首を振った。

    「それはもういいんだ。今さら手に入れたところで、何をすればいいか分からないよ。ロビーも出禁になってるし」
    「は!? 何したんだよ……」
    「改造ブキを持ち込んじゃって」
    「バカ??」

    うつむいたモブタコを見て思った。
    こいつはもう自分の境遇を諦めてるんだ。本気でどうでもいいと思っている。期待すれば叩き潰されるだけから。
    だったら、とにかく押すのが吉だ。そのほうが流されるままにこっちの要求を聞く可能性が高い。

    「することないならオレとバイト行けばいいだろ」
    「……君、カンストしても続けるつもり……?」
    「さあ、それはまだ分かんねえけど。バカマよりこっちのが楽しいし多分やるんじゃね」

    そう言うとモブタコは呆れた顔で少し笑った。さっきよりもだいぶ表情が豊かになってきた。あと一押し。

    「変化が怖いのか? オレがしてるのは希望の話じゃねぇぞ。だからお前がこれ以上失うものなんてない。お前のすることは変わんねーよ。毎日バイトに行く、ただそれだけ」
    「……」
    「んじゃ、よろしく」

    モブタコは見下ろしているのにどこかまぶしいような表情でオレを見た。差し出された手をおずおずととろうとして、途中でやっぱり引っ込める。目の前のオレをかつての親友と重ねているのだろうとなんとなく分かった。
    握手の代わりに、静かにこくりと頷いた。
    契約成立。


      *  *  *


    同居を始めた翌日の夜、2匹で机を挟んで宅飲みした。
    僕は彼の前ででろでろに酔っていた。
    前回の給料をすべて酒につぎこんでしまった僕に、彼は引き気味に言った。

    「……酒、やめれば?」

    利己的な性格の中に、ごくたまに気まぐれのような他者への思いやりが見え隠れする。
    それは本当に通り雨のようなもので、彼自身もとくに維持する気はないようだった。
    でも、それを彼の本質だと勘違いして縋ってしまう者もいるのかもしれないと思った。今、現に、僕がそうしかけているように。
    彼はバイトにしか興味がない。だから僕の金を盗んで逃げることはない。ただ、明らかに僕をカンストのためだけに利用しようと考えているだけ。そんなことは最初から分かっていたのに、何だかむしょうに腹が立って言い返した。

    「酒以上の快楽なんてこの世にあるかぁ〜〜?? いいや無いな知らないなぁ」

    彼はしばし考えた。そして、

    「酒、タバコの他だったら、これじゃねぇの?」

    そう言ってとつぜんTシャツを脱いだ。白い肌があらわになる。
    呆然とする僕に抱きつくようにして乗り上げ、部屋にまだ一枚しかない布団に押し倒す。
    れ、と赤い舌が眼前に垂らされた。
    そこでようやく気がついた。彼も相当に酔っている。
    でも、もう遅い。地上に出てからの生活はいつだってそうだった、気がついた時にはもう全てが後の祭りなのだ。
    ちゅぷ、と音を立ててやわらかい唇が吸いついてくる。合間から甘えたように漏れる吐息。煽るようにすり寄せられる身体。初めて直接触れるイカ肌はなめらかで、たわやかで、ほんのりと温かかった。
    理性が焼き切れる音を聞いた。自分よりも非力な両腕をつかんで反転するように押し倒し返す。
    熱のともった瞳を見つめながら思った。
    ……こんなの、お互いの依存先が変わるだけじゃないのか。

    「ここまでしてやるんだからさ、ちゃんとオレの全ステカンストまで協力しろよ?」

    笑い混じりの囁きに、いや、と思い直した。自分と違って、彼はきっとブレない。
    カンストに取り憑かれた哀れな彼の術中にはまった僕は、僕だけは、自由という概念を理解できず、もちろん手に入れることもかなわず、このままゆるやかに朽ちるのだろう。


    (おわり)
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