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    ヤニを拷問するモブ

    以前書いたモブエナ小説のEND②の後に起きた出来事
    ただヤニが暴行されて苦しむ様が見たいだけのフェチ小説です

    『10秒でわかるあらすじ』
    うっかりエナドリくんを殺してしまったヤニカスくん。モブくんは行方不明になったエナドリくんを探しつづけ、とうとうヤニカスくんの家を突き止めたのでした。ヤニカスくん、一体どうなっちゃうの〜!?



    玄関のドアを閉めて鍵をかけた。念のためチェーンもかけておく。

    土足のままズカズカと上がり込み、まっすぐに風呂場へと向かう。本当は部屋の中も詳しく調べたいところだが、それは彼が動けなくなってからでも良いだろう。隙をついて逃げられでもしたら困る。
    彼は風呂場の中に籠城している。半透明の樹脂パネルのちゃちな扉をガン!と強く蹴った。鍵がかかっているようで開かなかったが、衝撃を与えたときの軋み具合を見るにまあ簡単に壊せるだろう。ガン!ガン!と何度も蹴り続ける間、中から悲鳴とも懇願ともつかないような泣き声が漏れ聞こえてきた。無視をする。もう一度強く蹴るとバキャッという音とともに扉が開け放たれた。
    瞬間、眼前に手のひらが迫った。まっすぐに僕の目を狙ってくる。脳をアドレナリンが駆け巡り、時が止まった。軽く上体をそらしながら左手を伸ばして彼の手首を掴み、眼球まであと数センチのところで阻止する。そして扉を蹴っていたのと同じ勢いで、同じ強さで相手の腹を蹴りつけた。先ほどと違ったのは靴裏に感じたやわらかさだ。内臓を押しつぶす嫌なやわらかさだった。
    元チームメイトだったヤニカスのタコは最初「ゔぷっ」などと呻いて床に膝をついた。この後遅れてくるであろう確実な痛苦をどうすることもできず数秒のあいだ青い顔で呆然としていたが、少しして案の定、

    「ぐぼ、ごえっ」

    と嘔吐しはじめた。
    風呂場はユニットバスだった。右に年季の入った便器、左にカーテンで区切られたバスタブ。彼はその間の狭い床で縮こまるようにして吐いていた。
    彼の右手をとりあげてみると手のひらに白い液体が塗りたくられている。ちらりとバスタブを見た。これは多分シャンプーだな。
    彼が僕にやろうとしていたことを試してみることにした。苦しみながらも身をよじり逃れようとする彼の手を力づくでねじりあげ、生理的な涙を流す黒い瞳が危険を感じて閉じられるよりも早く押し当てた。

    「あっ! ぎゃああああ!!」

    ヤニカスのタコは後方の壁に頭をぶつけてもんどり打った。なるほど、シャンプーを目に入れるとこうなるんだな。

    「手に溜めておいて投げつけるべきだったね」

    バイトで落ち度を指摘するときのように冷静にそうたしなめた。たぶん僕ならそうしただろうと思った。でも、扉が開いた瞬間に確実に当てられる自信が彼にはなかったのかもしれないな。僕よりも弱いから。

    「そちらにも敵意があるならやりやすいよ」

    そうだ、そう。どのみちやることは変わらないんだった。彼を害しに来たのだった。あの子の居所を突き止めるのだった。
    彼の頭でふるりと揺れる赤いゲソをわしづかみ、勢いよく顔面から床に叩きつける。悲鳴はあがらなかった。ゲソをつかんだまま頭を引き上げてみた。ひどい顔だ。みずからの吐瀉物にまみれ、両方の鼻からインクを垂れ流し、アーモンド形の瞳を真っ赤に腫らしている。

    「い……、痛い……痛いよぉ……」

    ヤニカスはか細い声で訴えた。
    僕はひとつ頷くと聞いた。

    「なぜ殺した?」

    生きているのかどうかを悠長に聞き出すつもりはなかった。違うなら必死に否定するだろう。聞きたいことは他にもあって、そして、この子が壊れる前にすべてを聞かねばならないから、質問の数を最小まで絞る必要があった。

    「は、離して……言う、ぜんぶ言うって……」

    その発言を聞くとすぐバスタブの縁に彼の頭を叩きつけた。ヤニカスが一瞬だけ白目をむく。

    「質問以外に答えるな」

    もう一度引き上げた彼の額から二筋のインクが流れている。やや意識がもうろうとしているらしく「あ」「うぅ」だの意味をなさない言葉を口から漏らしている。手加減はしたつもりだったのだが。
    少し待ってやると小さな黒目が徐々にはっきりと焦点を結んでいって、同時にみるみる間に怯えも孕んでいった。かすれるような泣き声。

    「……や、やめ……もう、やめて……」

    埒が開かない。顔も汚い。
    いちどきれいにしてやるかと思い、ゲソをつかんで引きずった。便器の前に連れてくると彼は意図を察したか再び抵抗を始めた。凪いだ水面のすぐそばまで顔を近づけさせる。

    「洗ってやる」
    「違、違う、殺すつもりなんてなかったんだ、あいつが、あいつが勝手に」
    「言い訳は聞いてない」
    「あ、ああぁやめっゴボッ! ガボゴボ」

    水を流す。背中を片足で踏み、暴れる身体を強引に押さえつけた。それでも手足をバタつかせて必死に逃れようとしている。徐々に水量が減っていったのを見計らって頭を引き上げた。

    「ゲホッ、ぶぇぇ、」

    咳き込むのを無視してゲソを引っ張り、反らせた顔をのぞいてみるとインクと吐瀉物はすっかり洗い流されていた。その代わりに涙と鼻水が出ているが。

    「よし、話せ」

    うながすとヤニカスは「ううぅ」と泣きながら喋りはじめた。

    「じ、事故だったんだよ、俺はただ、包丁を持ってみせただけなんだ、そしたらあいつが急にパニックになって、突っ込んできて、それで」

    そろそろタンクに水が貯まったころだ。レバーを引き、もう一度頭を便器に突っ込んだ。

    「ブゴゴガボゲボッ、ゴボッ」

    再度頭を引き上げる。

    「包丁だと……? やっぱり最初から殺そうとしていたんじゃないか」
    「違う!! 少し脅かそうとしただけだったんだ、本当だよ、あいつが、変なこと言うから」
    「何と言った?」
    「えっと……えっと……」

    血走った目を白黒とさせて必死に考えている。おそらく嘘はついていないと思うが、単純に酸欠で脳が回らないのだろう。とりあえずもう一度水に沈めるか。

    「あっあっま待ってやめてええゴボゴボガボボ」

    悲鳴は元気だが、僕の腕をつかむ力がだんだん弱まってきている。引き上げた顔面も血の気を失って真っ青になっていた。

    「……さ……さされぅ……かくご、も……あるってぇ……」

    ろれつが回っていない。
    ずっとつかんでいたゲソをぱっと離すとヤニカスは力なく横に倒れこんだ。その腹にドスッと蹴りを入れる。「ぐぶっ」とうめき声が上がり、飲んでしまったのだろう水を大量にごぽりと吐きだした。
    僕は少し焦っていた。思ったよりも壊れるのが早い。同じタコだというのにこうも脆いものなのか。あの子はこんなやわい存在に殺されたのか。ひとまず頭へダメージを加えるのはこれ以上は避けよう。
    ぺらぺらの便座のフタを閉めて上に腰かける。彼の息が整うまで休憩させてやることにした。
    彼は薄い胸を上下させて、時折えほっ、けふっ、などとえずきながら横たわっていた。
    何となく室内を見回して、ふと、壁にかかる鏡と目が合った。もっと鬼気迫る表情でもしているかと思ったが何てことはない、いつもの腑抜けた顔だ。僕は彼を守れなかった自分の愚鈍がゆるせなかった。荒い呼吸と咳き込む音が止まらない。鏡の端で何かが動いた。
    隅の床に置かれていた僕の改造ブキに彼が手を伸ばして、いや、もう手が届いている。やられたと思った。ずっと続いていた咳は僕の注意を向けないための目くらまし。一瞬で起き上がった彼の腕のなかから鋭い音とともに弾が発射される。とっさに身体をひねって避ける。頬に焼けつくような感覚。なんだ、掠っただけか。この場面で外すなんてやはり彼は本当に持っていない。運も、実力も、何もかも。
    床を強く蹴り、全力で彼にタックルした。狭い室内なので当然壁にぶち当たる。彼は僕の筋肉と固い壁に全身を強く挟まれ「ぐぇ」と呻いてあっけなくブキを取り落とし、そのまま床に崩れ落ちた。
    手足をぜんぶ残しておいたのは良くなかったかもしれない。彼の右腕を取り上げると可動域の反対方向に折り曲げた。

    「あ"あ"ああ痛"い"いいい!!!!」

    絶叫だった。片脚も潰しておくかと思い手を伸ばすと、ヤニカスは無様に泣きわめき床を這って逃げようとした。

    「ひっ、ひぃぃっ、ごめんなさいっ! ごめんなさいぃ!! もうしません許してえぇ!!」

    脚はやめておいたほうがよさそうだ。片腕だけでこれでは煩くてかなわないだろうし気絶でもされたら面倒だ。

    「もう話せそうだな」

    もがく身体を仰向けに寝かせた。見下ろした白い顔はまた怯えきって弱々しく泣いていたが、もう見たままを信用するのはやめた。

    「死体はどうした? どこに捨てた」
    「ふ、風呂で……前の家の風呂で溶かした。排水溝に流れてった」
    「……服は」
    「ゴミの日に捨てた。全部……」

    じゃあ、もう、何も残っていないのか。予想はできていたがそれでも胸に重苦しくのしかかってくるものがある。
    ともあれ、最低限のことはあらかた聞けた。この子の処遇を考えねばならない。ゴール地点はもうすでに決まっているが、それまでの過程を。
    ふと思い立って彼の上着ポケットを漁ってみた。煙草とライター。一度吸ってみたかったんだよな。やけに高いから買ったことはなかった。

    「これ、どっちに火をつければいいんだい」
    「え……」

    警戒した瞳で「こっち」と指されたほうをライターの火であぶる。狭い室内に煙が立ち昇った。
    先端に灯った火をまじまじと見つめて、おもむろに彼の手の甲に押しつけてみた。ぐっ、と全身に力が入り歯を食いしばる気配。叫ばない。さっきまであれだけ騒いでいたのに、なんだ、これはやられたことがあるのかもしれないな。
    いじめるのはやめて、彼がいつもそうするように咥えてみる。吸い込むと煙の味。頭がスーッとする感覚。吐き出すと鼻からも煙が出た。
    良さがよく分からなかった。洗面台になすりつけて火を消す。
    それを見たヤニカスはあからさまにふぅーと安堵したため息をつき、冷や汗でしっとり濡れた顔で虚空を見つめた。

    「俺のことどうすんの……」
    「どうだろう。予想よりだいぶ柔らかいからな」

    どうするつもりなのかには答えず、ただ事実だけを述べると彼は絶望した表情になった。殺すとまでは言われていないのに相変わらず悲観的な性格だ。まあ、どのみち死ぬのだからその反応は合っているのだが。
    ヤニカスはしばらく黙っていたが、やがて怒りとも悲しみともつかない険しい顔で口を開いた。

    「どうせ、あいつが生きてても、どうせ、おまえ壊してたよ」

    耳を疑った。今なんと言った?
    目の前の男は開き直ったように僕をにらんだ。いちど口に出したら強気になったらしい。上体を起こし、額に青筋をたてて吠えるように叫びはじめた。

    「お前が甘やかすからだろ!! おかしいだろあいつどう考えてもおかしいんだよ明らかに!! 最初はあんなんじゃなかったのに、あんな無神経で何にもわかんねえやつじゃなかったのに、お前があいつの言うこと何でも聞いて、周りの誰も直さねーからどんどんバケモンみてえな自己中になってよ、俺は誰にも、親にすら許されないのに、あいつだけあれだけ好き放題やって、俺をこんな目にあわせて、なのに自分は楽しく彼氏なんか作って、」

    もう命が助からないと諦めたのだろう。諦めたから、死ぬ間際に少しでも僕を傷つけようとしている。目の前の相手を攻撃することだけが彼に残せる精いっぱいの爪痕なのだ。殺されようとしているのだから仕方ないだろうが、なんとも悲しいタコ生だ。

    「全部おまえのせいだ!! お前が甘やかすから、どうせあいつがブッ壊れてもお前は何も考えずにあいつの言うこと聞くだけだから、どうせあいつなんか生きてても意味ねぇーよ!! ブァァーーーーカッ!!!!」

    中指を立て唾を吐き散らして怒鳴るヤニカスの顔面を改造ブキの銃口で殴り飛ばした。腹に馬乗りになり上下左右からメッタ打ちにする。

    「うぶ、ぐえ、ごぇっ」

    ボコッ、バキッ、ゴキッ、と一定の間隔で殴打する音が室内に満ちる。殴られた方向に細い首をがくがく揺らすそのたび律儀にあげていた苦悶の声がだんだんと小さく聞こえなくなっていき、やがて完全に沈黙した。
    彼はぐったりと伸びていた。僕からすればまだ少しあどけない顔立ちはボコボコに腫れ上がり、血と涙でどろどろに汚れていた。
    ハァ、ハァ、と荒い息が聞こえて、あれ、と思った。自分の呼吸が乱れている。この程度の運動で? 考えられない。先ほどの往生際の戯言に動揺を? ありえない。まさか、初めてタコを、同族を殺すことに昂揚を、いや違う、これは恋人の仇を討てることに対する歓喜だ。そうだ、きっとそう。
    インクにまみれたブキの銃口を不愉快なゲソごと巻き込んで額に当てた。

    「……なんで、」

    彼がぽつりと呟いた。

    「……なんで俺だけ……なんで……」

    この世のすべてに対する呪詛にしては弱々しく哀れな声色だった。今日再会した中でもっとも静かで落ち着いた声。
    ゆっくりともったいぶるように引き金を引いた。だが、弾が発射されるのは一瞬だ。飛び散るインク。半開きの瞳から一筋流れた涙。
    今度こそ完全な静寂が室内におとずれた。ぼろぼろに傷つけた死体を見下ろす。見た目はひどいが、死に際は哀れで悪くなかった。それに比べてさっき発狂した姿はとんでもなくみっともなかったな。あんな醜態を晒させるくらいならもっと早く息の根を止めてあげるんだった。僕の判断が遅かったせいで可哀想なことをした。
    力を失った身体を抱え上げる。やわらかい。汚れた顔面が僕の肩口にこてんともたれかかった。
    適当にバスタブの中に放った。ゴンと勢いよく頭をぶつける音がしたが、もう悲鳴があがることはない。もう2度と。
    後で水を運びこもう。大量に必要だ。完全に溶かしたらこのまま排水溝に流して、行き着く先は、そうか、あの子の苦手だった場所だ。陽の光を照り返す広大なあの海の下で霧散して混じり合うのか。

    『どうせ、あいつが生きてても』

    すぐ耳元で声が聞こえた。目の前の死体の声だった。

    『どうせ、おまえ壊してたよ』

    そんなはずはない。君に何がわかるんだ。僕は彼を守ろうとしていたんだぞ。腹が立ってバスタブに足を入れ、死体の局部を力まかせに踏みつけた。やはり反応は何もない。首元にぬらりとかかる煙の気配も消えない。

    風呂を出て、いちおう部屋の中を漁ってみた。あの子の痕跡は何も残ってはいなかった。


    (おわり)
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