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    モブエナ②
    前回の続き

    わがまま彼氏ムーブを発揮する🥤にふり回される🐙の話です(付き合ってない)

    ※2人が同居してます。

    「お前ら最近一緒に来ること多くね?」
    「ああ。一緒に住み始めたから」
    「は?」「み?」

    言ってしまうのか、と思って同居イカの彼を見た。別に隠す理由もないのだが。

    「そうなんですかぁ? わぁ〜〜楽しそうですね!」
    「マジで言ってる?? え、ほんとに??」

    こちらを見たこのチームもう一人のタコに「本当だよ」と答えると、とても信じられないというような表情をされた。まぁ気持ちはわかる。タコの彼は再びイカの彼に向き直って聞いた。

    「何で??」
    「色々あんだよ」

    同居のきっかけについては詳細をぼかしてくれた。
    あまり根掘り葉掘り聞いてくるタイプのメンバーたちでもないので、とくに理由を詰め寄られるようなこともなく流された。
    ヤニ好きの彼がぽんと僕の肩を叩く。

    「よく耐えられるな、お前……。辛くなったらすぐ逃げろよ」
    「どういう意味だよ」

    エナドリ好きの彼が即座にそう噛みついたが、タコの彼は無視して話題を変えた。

    「てか、雨けっこう降ってたけどヘリ飛ぶのか?」
    『ああ、キミたち。今日のバイトは中止だよ』

    入口付近の置物から、突然クマサンの声が聞こえてきた。

    「えー!! 何でだよ!」
    「マジ? やった……!」
    『しばらく様子を見ていたが、雨足が強まって来たからね……。これだけ悪天候の中でヘリを飛ばすのはさすがにキケンだからね』
    「クソッ、もう着替えたのによぉ! 編成も悪くねぇし今日こそはカンストできるかもしんねぇのに!」
    『すまないね。今夜には晴れるみたいだから、また明日よろしく頼むよ……』

    約一名はずっと文句を垂れているが、雇用主がそう言うからにはどうしようもない。僕たちは揃いのオレンジのツナギをそれぞれ脱ぎ始めた。

    「今日はお家で映画観ようかなぁ」

    クソザコちゃんが嬉しそうにつぶやいた。
    彼女は別にバイトが嫌というわけではないようだが、たまの休みは一人でのんびりと楽しんでいるらしい。

    「いいね、映画。俺は帰ったら死ぬほど寝るわ」
    「チッ……。オレはこないだ調整入ったブキの試し撃ちと練度低いブキの特訓するかな。いや、もちろん全部使いこなせてるけど、やっぱりハイドラとかリッターに比べるとさすがに完成度にバラつきがあるっていうか」
    「あっそう。頑張れよ」

    舌打ちと共に語り出した友人をヤニ好きのタコくんは適当に流してからこちらを向いた。

    「お前はどうすんの?」
    「そうだな、僕も……」

    家に帰って酒飲んで寝るかな、と続けようとしたところで、

    「は? こいつはオレと特訓行くだろ」
    「……え」

    当然のような顔でそうのたまったイカの彼に「お前プライベートって概念知ってる?」とヤニタコくんが聞いた。
    するとイカの彼は眉を八の字に下げ心底理解できないと言わんばかりの表情で大声をあげた。

    「ハァ〜〜?? オレと住んでるんだからオレのこと優先するのは当たり前だろ??」
    「お前のルームシェア観ヤバい」
    「ふみぃ……」
    「いや、僕も帰ってs……」
    「うるせー!! お前なんてどうせ帰って酒飲んで寝るだけだろ! オレに付き合って練習した方が1億倍有意義だろうが!!」
    「ひでー言い草」

    どっちの過ごし方が有意義かは僕に決める権利があると思うのだが。
    まぁ揉めるのも面倒くさいので「はいはい……」とおざなりに承諾すると彼はフン!と強く鼻を鳴らした。

    「んじゃお先」
    「おつかれさまです!」

    私服に着替え終わったヤニタコくんとザコちゃんが待機室を出て行った。
    残された彼はあごに手を当てて何か考えているようだった。

    「……いつもと違うバルーンの配置で練習したいな。よし、今日はイカッチャの射撃場行くぞ」
    「イカッチャ……?」
    「あー、知らねえのか。まあ来いよ、すぐ隣だから」

    彼は僕の手首をつかむと意気揚々と出発した。

    イカッチャとやらは本当に商会のすぐ隣の建物だった。入ろうと思ったことがなかったから知らなかった。
    階段を降りていくとガラスで囲われた直方体の機械のようなものがあった。中にカラフルなイカ型のクッションが置かれている。

    「こ、これは……?」
    「UFOキャッチャーも知らねえのかよ。金を入れてこのクレーンを動かして中の景品をとるんだよ」

    1回100Gくらいだけどやってみるか?と聞かれたが首を振った。100Gあったらワンカップ1本買える。
    部屋に入ると受付があった。同じ地下だというのに商会とは全く違ってすごく明るい雰囲気だ。
    奥まったところでは若いイカタコ達が2人ずつ同じ卓に向かい合って座り、何やら真剣な顔をしていた。

    「あれは?」
    「ナワバトラーか。イカの間で流行ってる対戦カードゲームだよ。前ちょっとだけやったことあるけど最近全然やってねぇな」
    「カードゲーム……トランプみたいなやつか? あんまりやったことないけど」
    「違ぇよ。なんか親に説明してるみてーだな……」
    「すまない」
    「謝んなくていいよ。ちょっとオレがやってみせるから見てろ。多分デッキ借りられると思うし」

    そう言うと彼は受付へ向かい、青いカードの束を借りて戻ってきた。そのへんにいた適当なイカに声をかけて卓に座る。僕は横に立って対戦を見守った。
    なるほど、カードを使った陣取り合戦ということか。
    相手は結構な玄人のようでいかにもレアそうなキラキラのカードまで持っている。こちらが使っているレンタル用のデッキでは歯が立たず、奮戦はしたのだが3連敗したところで彼は席を立った。

    「ま、こういう感じ。分かったか?」
    「ああ、よく分かったよ。ありがとう」

    僕も後に続いて歩く。
    彼は受付でカードを返却すると、まっすぐにトイレへ向かっていった。入り口で待っていようとしたら、なぜか腕を引っ張られる。頭に疑問符を浮かべながらついていった。
    洗面台のあたりまで来たところで、きょろきょろと周りに誰もいないのを確認すると、彼は僕の肩に突然顔を埋めた。
    そしてなんと泣き出した。

    「全然勝て"な"か"った"ぁぁぁあ"い"つ"む"か"つ"く"ぅぅぅ」
    「えぇ…………」


      *  *  *


    射撃場で汗をかいた後、2人で座って休憩していたときに僕はふと聞いてみた。

    「君がカンストを本気で目指すようになったのは何がきっかけだったんだ?」

    手の中には彼に買い与えられた缶ジュースがある。僕に対する同情からか、最近こういう細々とした飲食物をおごってくれることが多い。金に対する執着をあまり感じさせないのは、育ちの良さゆえなのかもしれない。
    当の本人はというとこんな日でもエナドリを啜っている。バイトに備えて用意していたのだろう。
    彼はしばらくうーんと考えてから、はっとした顔をした。

    「オレの同期のイカ、分かるか? あの白ツナギのいけ好かないやつ」
    「……いるね」
    「でんせつに上がって少ししてから、あいつが先にカンストしたって聞いたんだよ。すげー悔しくてよ。今思えばあれが引き金だったかも」

    僕はこめかみをおさえた。
    彼のことを忘れるわけがない。ここバンカラに来てから見たイカタコの中でも群を抜いて優秀だった。
    よりによってあの子と比べてしまったというのか。

    目の前の彼はたぶん、元から色々なことが平均以上にできる。
    でも、それはあくまでイカ並み以上にという程度の話であって、天才ではないのだと思う。
    例えば彼が目の敵にしているあの才能の塊のようなイカとは天地の差がある。

    「なんかムカついたから今日はもういいや。帰るぞ」
    「ああ」
    「コンビニも寄ろうぜ。買い溜めしよ」

    すたすたと歩き始めた彼の後ろに続く。
    丸い後頭部と歩くたびにぴょこぴょこ揺れるゲソを眺めながら、考えた。

    彼の負けず嫌いな性格は、生まれ持った技量と相性最悪だ。なまじ平均よりも能力値が高いからこそ自分に過度な期待をしてしまう。
    それを一概に悪いことだとは思わない。身の丈に合わぬ夢を抱いて努力を重ねた結果、成功する者もいる。
    そしてもちろん、失敗する者もいる。僕のように。

    僕の見立てではカンストを達成する能力自体は彼にはあるはずだ。
    だが、努力では到達できない世界に焦がれてしまった結果、周囲に焦りと怒りを吐き散らし、そのせいで自ら目的地を遠ざけた。
    彼は憧れによって己の身を焦がしている。


      *  *  *


    その日の夜は結局いつもと変わらない時間に床についた。

    (……何だかんだで今日も疲れたな)

    さすがにバイトよりはましだが精神的に疲れた。充足感のようなものもあったが、あまりに久しぶりの感覚すぎて身体がそれを疲労として認識していた。
    明日もあることだし早く寝ようと思っていたのだが……。

    さっきから隣の布団が断続的にもぞもぞと動いているのは感じていた。
    衣擦れの音がだんだんと近づいてきて、暗闇の中に白い手がぬっと伸びた。

    「どうしたんだ」
    「眠れねぇ……」

    僕の下腹部をするりと撫で、そのまま下衣を脱がそうとする。
    その手をつかんで止めた。

    「もう3日連続だから駄目だ。君の身体の負担が大きい」

    ごねられるかと思ったが彼は何も言わなかった。ゆっくりとした動きで起き上がり、ぎしりと床を踏みしめて歩き、サンダルをつっかけてふらふらと外へ向かおうとする。

    「どこへ行くんだ」
    「散歩」
    「こんな時間に? 明日もバイトに行くんだろう」
    「だって寝れねぇもん……声が……うるさくて」
    「声……?」

    聞き返したが彼は何も答えなかった。

    「ちょっと待って。僕も行くから」
    「は? なんで」
    「いや、深夜だし……治安的に……」
    「男なんだから大丈夫だろ」

    そうだけど、そういうことじゃないのだ。
    なぜ昼間のようにわがままを言わないのか。
    僕は黙って一緒に家を出た。

    空を仰ぐと昼間の大雨が嘘のようによく晴れていて、ちらほらと星も見えた。
    雨上がりの空気はコンクリートの匂いを濃く立ちのぼらせる。夏を迎える直前のなまぬるい風は穏やかに頬を撫でる。あ、と思い出した。そういえばこれも地上に出て初めて知ったんだった。

    あてもなく歩き始めた。土地勘がないからなるべく曲がらずまっすぐ進んで、迷わずに帰って来られるようにする。
    隣の彼がぽつりと呟いた。

    「確かにお前がいると安心かもな。喧嘩強いから」

    分かってくれてよかった。君は喧嘩が弱いから心配だなどと僕の口から言おうものなら間違いなくトラブルの元だ。
    さりげなく、イカ特有の四角い指先が僕の手に絡められる。きゅっと軽く握りかえすと、本格的に掌のなかに入り込んできてぴったり収まった。
    月明かりの下、2人で手を繋いで歩いた。

    「お前さー、どんな子がタイプ?」

    突然彼がそう聞いた。
    僕はつないでいない方の手でがしがしと頭をかいた。
    どうして今そんなことを聞くんだ。何か意図があるのかと勘繰ってしまう。

    「……君は?」
    「お洒落でおっとりした女かな」

    沈黙が訪れる。
    なんとなく自分の格好を見下ろした。もう何年着ているかわからない古着のボロいTシャツ。
    彼の部屋に住み始めて、持っている服の種類の多さに驚かされた。どれも少しよれていて、大事にされている様子も新しいものが増えている気配もないけれど、おそらくバイトにはまる前はお洒落好きな今どきの若者だったのだろうと想像できた。

    「で、お前は?」

    再度聞き返されて、僕は記憶をたぐるようにして答えた。こういうことについて考えるのは久しぶりだった。

    「知的で……自立心のある、大人の女性かな」

    隣を歩くイカを見る。人目がないのを良いことに僕にもたれかかるようにくっつき、そのせいでふらふらとおぼつかない足取りになっている。支えてあげるのをやめたらきっと転んでしまうだろう。

    「ふーん」

    彼はご機嫌だった。
    バイト中はしょっちゅう眉間にシワを寄せているイメージがあるが、今は穏やかな顔つきだ。酒も入っていないのにこんなに楽しそうにできるものなのかと思う。
    いや、もしかすると、これが彼の本来の。

    「甘やかしてくれる大人の女っていいかもな」
    「そうだね。どちらかというと対等な関係が良いんだけど」
    「年下は嫌い?」
    「いや、そういうわけでも。結局は性格によるかな」
    「それな」

    酔いが回りはじめたときのように僕も自然と饒舌になっていた。
    そうして歩いているうちに分かれ道にさしかかった。深く考えず片方へ進もうとすると、つないだ手を突然引っ張られた。

    「そっちの道は嫌だ」
    「どうして」
    「海に近づくと声が大きくなるから」

    幻聴が聞こえているのだなと思った。

    「静かな所に行きてぇ。声が聞こえないくらい……」
    「わかった」

    歩いて行ける距離に海なんてない。正直海に近づいているかどうかすら分からない。
    だけど、彼がそう思っているなら聞いてやりたいと思った。
    反対側の道へ進む。
    閑静な住宅街を歩いていくと、暗がりに名前も知らない小さな公園があった。
    申し訳程度の砂場と鉄棒、そしてベンチしか設置されていない。ここを利用するのはすぐ近所に住む子どもたちくらいだろう。

    「ここまで来たらどう?」
    「まだちょっと……」

    彼を少し休ませたいと思い、2人でベンチに座った。
    街の喧騒も海のさざなみもここにはない。それでも「声」が聞こえるというのなら一体どうすれば彼の心をすくいとれるのか。
    考えても分からなくて黙っていると、シャツの裾を引っ張られた。

    「抱きしめて」

    頼りない電灯の光にぼんやりと照らされたオリーブ色の瞳が、じっと僕を見つめている。
    言われるがままに目の前の身体を抱き寄せた。合わさった胸から心臓の鼓動が伝わってくる。
    彼の両手も僕の背にまわった。
    すがるように、なだめるようにしがみついてくる彼のことを、たぶん僕は守ろうとしていた。

    「もう聞こえない?」
    「……うん」

    彼は目を閉じて頷いた。
    バイトのことも、金のことも全部忘れて、夜の帷の中に2人きりだった。
    自分よりも幾分か薄い身体をきつく抱きしめる。こんな時間に誰も訪れないし、誰かに見られても構わないと思った。
    ようやく得た安息を彼に堪能させたかった。ずっと苦しみ続けている彼に。


      *  *  *


    来たときよりも少し長い時間をかけて家に帰りついた。
    部屋に入ると同時、つないでいた手を彼から離した。

    「眠れそうかい?」
    「おう」

    くぁ、と小さなあくびをしている。
    それなりの距離を歩いたから疲れているのではないかと思った。

    「明日、休んだ方がいいんじゃないのか」

    とっくに日付は変わっているのだから明日というか今日か。
    しかし彼はそこだけ力強く首を振った。

    「明日はエクスプロッシャー編成だぞ。冗談言うな」
    「睡眠時間が足りなくなるぞ」
    「大丈夫だって、元気だから」

    子供のように目をこする彼の後ろについて歩く。洗面所の鏡越しに目が合うと眠そうに怒られた。

    「ついてくんなよ」
    「いや、僕も手洗うから……」

    彼の次に洗面台を使う。すると、隣からじっと視線を感じた。ついてくるなと言っていたわりに全然部屋に戻ろうとしない。

    「?? 先に寝てなよ」
    「お前、いちいち姉ちゃんみたいに上から目線で世話焼くんじゃねーよ。もう自立してんだよオレは」

    何か知らないが機嫌が悪い。自立の意味を理解しているのかも不明だし。
    やっぱり眠いのだろうと判断して「寝ようか」と肩を抱いた。部屋まで歩き、出たときと同じ状態のまま並んで敷かれた布団に入るよう促すと、彼はやにわに僕の頬にちゅっとキスして、それから勢いよくごろんと寝転がった。僕もその箇所を呆然とさすってから横になる。
    ややあって、隣の布団からくすくすと小さな笑い声が聞こえた。

    「さっきお前の言ってたタイプさぁ、ヤニタコにも教えていいか?」
    「え。やめてくれ。恥ずかしいし彼も別に興味ないだろう……」
    「……なんか忘れてたな。昔はあいつとも、こういう話して笑ってたんだよ」
    「……そうか」
    「教えていい?」
    「だめだ」
    「しょうがねぇな。じゃあ内緒な」

    声のトーンがだんだんと小さく、ゆっくりになっていく。
    それでも彼はまだ話し足りないようだった。

    「オレもさぁ、お前に内緒にしてる事あるよ」
    「そうなのか。教えてくれるのか?」
    「んー……どうしよ……。言ったらきっとオレのこと嫌いになると思うし」
    「え……、悪事でも隠してるのか?」
    「どうすっかなぁ……やっぱ言わねぇほうがいいなぁ……。でもお前は言いたくねぇこと教えてくれたじゃん……」

    もう寝ぼけてふにゃふにゃの声色だ。そうこうしているうちにも彼の睡眠時間は削られていく。

    「そんなに悩むなら今じゃなくてもいいよ。いつか教えてくれ」

    そう囁いたが返事はなく、顔をのぞいてみるとすでに彼は寝息を立てていた。
    ため息をついた。

    彼の秘密は何なのだろう。僕が彼のことを嫌いになるとまで言っていた。
    他者にあれだけ遠慮のない彼が言い淀むなんてよっぽどだ。僕を裏切るようなことなのだろうか。まさか犯罪級の何かか。

    ……それとも。

    半ば強引に家に住まわせて。さんざん振りまわしてあちこち連れまわして。眠れないなどと言って身体を求めて、2人きりの公園で抱きしめられたがって。……おやすみのキスをして。
    彼の秘密がそういった行動に関連するものである可能性を考えたとき、どこか胸の奥が熱くなる感覚がした。

    秘密。
    本当は、彼に言っていないことはまだある。
    隠しているというより聞かれてないから言っていないという方が正しい。
    でも、今の不安定な彼がそれを知ったら一体どうなるのだろう。

    押し入れの一角に小物入れを置かせてもらっている。ちゃちな安物だが一応は鍵が付いていて、自分の金はそこにしまってある。その一番奥の奥、中身をすべて出さないとわからないところに、金色のアラマキ砦を模したバッジがひっそりと眠っている。
    身につけてはいない。そもそも自分はカンストに興味がないし、まさかそれを切望する彼に見せびらかしながら働くわけにもいくまい。
    ……もし、彼にそれを見られたら。

    隣の布団からうめき声が聞こえた。

    「オレのせいじゃねぇ、オレは悪く……」

    悪夢でも見ているのかさっそくうなされている。本当に忙しい子だ。
    きゅっと閉じられた目元をそっと指でなぞる。やさしく、何度も、何度も。夢に干渉できるかどうかは分からない。でも、彼が少しでも穏やかな気分でいられればと思う。
    他者に対してこんな気持ちを抱いたのはいつぶりだろう。
    彼と、いや、彼らと一緒にいると、自分の中にまだこんな感情の揺らぎが残されていたのかと驚かされることが幾度もあった。久しく忘れていた思い出の品が一つひとつ掘り起こされていくように、なにか大切なものがほんのわずかに、少しずつ、枯れ果てた心に戻ってくる気がした。

    さて、と自分もまぶたを閉じる。

    もし明日彼が起きられなかったら、1日家でゆっくり休ませよう。


      *  *  *


    翌日、バイトに行く時間までだいぶ余裕をもって彼は飛び起きた。

    「今日はエクスプロッシャー編成だ!!」

    まだ隣の布団でまどろんでいる僕を叩き起こし、顔を洗って着替えを済ませ、お互いくっきりと隈の残るしょぼしょぼの顔で家を出て、その数時間後には……

    「死ぬなっつってんだろこの役立たずーーーー!!」
    「ん"み"ぃいいぃいーーー!!」

    コンテナ周りになだれこむ大量のシャケ。
    助けを求める浮き輪。
    使い切ったスペシャルパウチと足らないインク。
    地獄の様相と化した満潮のシェケナダムで、彼はいつも通り怒鳴り散らしていた。

    僕はその光景を眺めながら遠い目をした。
    本当に元気だな。


    (おわり)
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