影日ワンライ 20240817【ラスト】【身震い】「待ってるからな、」
耳に押しあてたスマートフォン越し、しずかな、けれどもわずかにはずんだような日向の声がした。
遠く聞こえるざわめきは試合会場からのものだろう。
いつか自分にも訪れるだろうその日を、影山は想像しようとしてすぐに打ち消す。きょう、日向翔陽はバレーボール選手として最後の日をむかえる。これまで大きな故障もなくきた現役からの引退理由は日向曰く、やり切った、からなのだと云う。
初めてそれを聞かされたときの、やけにスッキリした表情の日向に無性に腹を立てたのを覚えている。唐突に、本当になんの前触れもない唐突さに何を云うこともできず、影山は移動の時間を言い訳に南米から拠点であるヨーロッパへと文字どおり逃げ帰った。
そして迎えた当日、現地時間で試合直前であるはずの日向からの電話。
出ないわけにはいかなかった。
「引退試合前に電話なんて余裕じゃねえか」
「だからだろ、」
笑いを含んだようなその声に気負いはない。
いつもの、自然体そのものの日向に知らず、安堵する。
「なあ影山、おれ――」
「知ってる。ビーチだろ、」
そうだった。分かりきったことだった。
ずっとそばにあるのが当たり前になりすぎて影山は失念しきっていたのだ。
日向が、日向翔陽が、自分も周囲もかえりみない、ビュンが過ぎる奴なのだということを。こいつは自分が望むもののためならどこへだって行く。十代の終わりから、そのからだ一つで地球の裏側までひとりで飛んで行ってしまうような男だ。
いつもあまりにも唐突すぎて、理解が追いついていかなかった。
初めて出会ったあの時から、日向に関しては自分はまるで進歩がない。
腰抜けにもほどがある。
「かげ――、」
「先、行って待ってろ」
ボゲ、いつもの罵声をつけ加え、返事を待たずに会話を切り上げる。
耳に押しあてたままのスマートフォンの向こうからの言葉はわざと聞こえないフリをした。
『待ってるからな、』
勝ち逃げなんて許さねえ。
今度はこっちが追う番だ。
スマートフォンを握りしめて、ぶるりと影山は身震いをする。
いま、この時、きょうが終わりを迎えても、続いていく。
日々も、人生も、バレーボールも。