監督生はゲームができない(イデ監) 監督生はゲームは下手だ。
どのくらい下手かというとレースゲームをやらせれば大体コースアウトと落下を繰り返し、探索ゲームをやらせれば地図が読めなくて迷走を繰り返す。あとコントローラーと一緒の向きに自分の体を動かす癖もあった。
イデアは下手な素人プレイが嫌いだ。
しかし、監督生の下手くそぶりは常軌を逸したレベルだったため、好きとか嫌いの判断基準を通り越し謎の感動すら覚えた。初めてやってるのを見たときはあざとかわいいを目指してわざとやってるのかと唾棄したが、その目があまりに真剣で(えっ、マ……?)となった次第である。監督生のド下手くそ素人プレイとそのリアクションは見れば見るほど癖になり、イデアは生まれてはじめてゲーム実況にハマる人間の気持ちを理解した。
最初こそ学園唯一の女子なんてと敬遠・警戒・毛嫌いしていたイデアだったが今はひとつのコンテンツとして監督生と親しくしている。
「あっ、なんかミッション発生しました。なんか届け物をする感じの」
「んー」
今日も今日とてイデアの部屋に遊びに来た監督生は、まるで実家のようにくつろいで勝手にイデアのゲーム機を使ってゲームをしている。イデアはその近くで自分のソシャゲを回しながら監督生の迷走プレイをBGMのように見る。これがふたりの日常だった。
「辿り着けますかね」
「なんのためにマップに目的地ピンしてあると?」
「うーん、こっち……いや、こっちですね!」
「いや逆ですし……なにゆえ自信持ったの???」
料理ができない人間が謎の自信をもって隠し味を入れるように、監督生はゲームができないのにいつも謎の自信をもって正々堂々間違えていく。「あらら」あららじゃない。
監督生は一旦コントローラーを置いて、テーブルの上に雑に積まれた駄菓子をひとつ取り、ちっさい指でぺりぺりと封を切る。
「イデア先輩の部屋はゲームし放題だし漫画読み放題だしお菓子食べ放題だしほんとに最高です」
「毎日押しかけられてる拙者の身にもなってほしいんだが? 君ってホント人の迷惑を省みないタイプっていうか、空気が読めないって言われない?」
「そう言いつつ追い出さないからイデア先輩は優しいですよね」
「は?」
「あ、これ美味しい」
イデアには他人の神経を逆なでする喋り方がデフォルト装備されており、この煽り属性はどうにも変えられない。さらにプライドは山脈のごとく高いのに自己肯定感は海の底の底まで低いという扱いにくい性格をしている。優しい、という評価にはまったく当てはまらない。
皮肉か?と言いたかったが、監督生の興味はすでにチョコレート菓子に移っており自分のさっきの発言を気にしたふうもない。掘り返すのも面倒で、イデアはまたスマホの画面に目を落としながら、監督生とのどうでもいいような雑談に付き合った。
18時を過ぎたところで監督生が電源を落とす。
「そろそろグリムが帰ってくるので私も帰りますね」
「そろそろグリムたんをここに連れてきてほしいんだが」
「誘ってるんですけど断れるんです。先輩、初手で『はあはあモフモフさせてくだされ』はまずかったですね」
「ウッ……ぷにぷに肉球……モフモフ毛玉……」
「じゃあイデア先輩、またあした」
ドアが閉まった。彼女が座っていた場所は綺麗に片付けられて、食べたお菓子のごみのひとかけらも落ちていない。まるでここにいたのが嘘か夢か、都合のいい妄想のようだった。彼女が残していくものはいつも、一方的な「またあした」だけだった。
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