恋に気づく瞬間のはなし(フロ監) あ、好きかも。と思ったのは事故のような偶然だった。
昼休み後、錬金術の授業。フロイドはその日たいへん気分が良かったので、ペアを探してキョロキョロしている小エビに声をかけた。
「俺が組んであげる」
後ろから突然のしかかられた小エビは憐れなほど目をまんまるにして「えっ、いや、え?」とか言ってたけど返事はハイもイイエも要らない。せっかくの気分を害されたくない。さっさと材料を取りに行くよう促すと流されやすく物分りの良い小エビは「わかりましたよろしくお願いします」とだけ言ってそそくさ準備に入った。
魔力を使う工程は必然的にフロイドに任されるので小エビは計量もろもろをちまちま進めながら口を開いた。
「この間私とは組みたくないって言ってませんでした?」
「俺そんなこと言ったっけぇ?」
「言いましたよ。私からペア組んでくれませんかって頼みにいったら、小エビちゃんとぉ?絶対やだ〜って」
「なにいまの俺の真似?」
頬を引っ張るとびみょんと伸びた。なにこれおもしれ。
「覚えてねーわ。たぶんそん時は気分じゃなかったんじゃね?」
「ほーれふかね……いや、どんだけ引っ張るんですか痛いです」
「小エビちゃんのほっぺおもしれーね」
「ほっぺが面白い……? どういう……???」
「あとさっき入れたバイコーンの角、量間違ってたウケる」
「はやく言っていただけます!?」
えっ、どうしようと慌てる小エビはおもしろい。思い返すと小エビは大体いつ見てもなんかおもしろい。態度も、言葉も、視線も。飽きないから見かけるとついつい声をかける。小エビからフロイドに、というのは滅多にない。
だけどさっき小エビは自分が誘いを断ったと言っていた。えーいつの話? 全然思い出せねーなんだっけ。小エビちゃんから声かけてきててそれ断るってあんま想像できねー。
材料の量を盛大に間違ったので、もちろん実験は失敗した。きれいな翡翠の固体になるはずが、混ぜども混ぜどもドロドロの黒い液体のままなのを、小エビが死んだ目で混ぜている。もちろんイシダイせんせーのバッボイも飛んだ。
「あはっ、すげードロドロじゃん。全然固まんねーし」
「すごいなんか油田混ぜてる気分です……むしろこれ石油ならいいのに……石油王に私はなる……」
「えー小エビちゃん石油王になりてえの?」
「誰でもなりたいでしょ石油王。貧乏カツカツ生活とおさらばしたいです」
「うちでバイトすれば?」
「んー、勉強きつくて頻繁にハーツラビュルのお茶会兼勉強会に参加させてもらってやっとなんでバイトは厳しいですかね」
突然思い出す。この間小エビちゃんが自分を誘ってくれた日のこと。あの時も小エビちゃんは授業のペアを探してた。キョロキョロ見回して「あ」と目を輝かせてウミガメくんのとこに走っていった。結局、ウミガメくんはもうペアが決まっていたので組めなかった。
迷子のような目が自分をとらえる。そして小エビちゃんはペアになってくれないかと頼んできたけど、反射的に絶対やだと言ってしまった。
なんかよくわかんないけど嫌だった。
最初に声をかけてくれないのも、困っているから仕方なく誘われるのも、あの横顔とは違うしょんぼりした目をしているのも。
「フロイド先輩?」
声をかけられて隣を見る。視線のだいぶ下、真っ黒くて大きな瞳がじっとこっちを見ている。
あ、と思った。
その瞬間、視界に火花が散ったような気がした。言葉を呑む。まるで事故みたいな偶然の、たしかに恋が生まれた瞬間のこと。
***
習作 作業時間60分くらい
お題ったーより
『生まれたての感情を持て余す/俺のことダメにしてよ/張り出し窓の向こう側』