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    sleepwell12h

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    💜にメイクをして遊ぶ💛

    #lucashu

     おそらく今の自分は、俗に人生の春と呼ばれる時間の中にいるのだろう。細く開いたカーテンの隙間から差し込み天井を淡く照らし出す陽だまりを目で追いながら、シュウはぼんやりと物思いに耽った。
     暇を見つけては自宅とルカの家を往復する生活を送るようになってしばらく経つ。最初のうちは遠慮が勝り、長くても一週間程度しか滞在できなかった。それが今ではひと月くらい居座って当然の顔をしているのだから、改めて習慣とは恐ろしいものだと思わざるを得ない。
     ルカの家のあちこちに紛れ込んだシュウの私物も、最初のうちは見かけるたびに何ともむず痒い心地がした。いくら気のおけない間柄とはいえ、素知らぬ顔で他者の領域を侵犯できるほど、シュウは驕慢になりきれない。持ち込んだ荷物は引き上げるたび律儀に回収している。一方の家主は好んでシュウの痕跡を残したがった。最初は歯ブラシやら食器やらの細々とした日用品にはじまり、ブランドにさしたるこだわりのないシュウでも一目でわかるほど上質なパジャマや下着、ついには香水やアクセサリーのような日常生活を送るにあたり明らかに不要と思われるものまで、ことあるごとにシュウヘ買い与えようとする。このままだとジゴロにでもなってしまいそうだ。いや、差し詰め情夫イロとでも呼ぶべきか。手持ち無沙汰に弄り回していたタブレットを胸の上に伏せ、瞼を閉じる。このまま寝入ってしまおうかと思い立った矢先、玄関から騒々しい物音が聞こえた。爪先から振り落とすようにして靴を脱ぐ姿を想像しながらほくそ笑む。程なくして寝室のドアが開き、軽く息を弾ませたルカが文字通り飛び込んできた。
    「ただいま、シュウ」
     留守番をしていたのはこっちなのに、まるで飼い主の帰りを待ちあぐねた犬みたいだ。昼過ぎまで裸のまま惰眠を貪っていた怠惰を咎めるでもなく、ルカはいそいそとベッドへ乗り上げる。
    「ちょうどよかった。そのまま動かないで」
     首を傾げるシュウの目の前で、ルカは手にした小さな袋を開けて見せる。焦茶のリボンをかけた橙色の小さな箱が入っていた。期待に輝く瞳に見守られながら、シュウは手渡された包みを解く。あらわれたのはちょうどシュウの掌で包み込めるくらいの、持ち重りのする硝子の小瓶だ。
    「前からシュウの爪を塗ってみたいと思ってたんだ。……ダメかな」
     シュウが頷くと、ルカは嬉々としてシュウの足元へ回り込んだ。鼻歌混じりにリムーバーを取り出し、コットンへ含ませる。
    「でも、爪に触るのはいやだって言ってなかったけ」
    「うん。自分のはいやだけど、人のを触るのは楽しいからいいんだ」
    「……ルカって、ときどき無自覚に意地が悪いよね」
    「えっ、何で」
     狼狽するルカに、シュウは敢えて答えを寄越さなかった。素知らぬ顔で端末を取り上げる。ルカは胡乱な表情のまま、コットンでシュウの爪を拭った。しばらくふたりは言葉を交わさないまま、黙々と手元に集中する。シュウが頃合いを見計らって様子をうかがうと、ルカは未だマニキュアと格闘している最中だった。しかも、親指の爪の半分ほどしか塗られていない。
    「もう少し適当でもいいんじゃない。そんなに丁寧だと、塗り終わる前に疲れちゃうよ」
    「ごめん、思ったより難しくて。でも、絶対に失敗したくないんだ」
     仮に失敗したとしても、リムーバーを使えばいくらでもやり直しがきくという発想は、頭からすっぽり抜けているらしい。シュウはタブレットの陰に顔を隠しながら、頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。
     結局、十枚の爪が揃うまで、ゆうに二時間以上はかかった。ルカが会心の出来と言い張るだけあって、確かに爪の外にははみ出していない。そのかわり、ブラシの跡はくっきりと残っていた。ルカが選んだのは夜空から抽出したような深い藍色だ。濃い色はムラになりやすく、扱いに慣れていても持て余す。しかも、下地も整えずにいきなり色を乗せたのでは大して長持ちもしないだろう。せめてトップコートだけでも自分で塗っておくべきか。しかし、稲妻のように青い静脈が走る足の甲へうれしそうに唇を寄せるルカを眺めるうち、そんな気は失せてしまった。それにしても、たかだか爪を塗ったくらいで随分と満ち足りた顔をする。これがきっかけでおかしな癖がつかなければいいけど。
     果たせるかな、シュウの懸念は程なく実現する。その日、シュウは広いソファの片隅で小さく体を折り畳み、壁掛けのモニターに流れるテレシネマを見るともなく眺めていた。うつらうつら船を漕ぐシュウのもとへ、意味ありげな笑みを浮かべたルカが歩み寄る。
    「シュウ、こっち向いて」
     既に微睡みはじめていたシュウは、何の疑問も持たずに振り返る。傍らに腰掛けたルカの手には、円形の平たい容れものが握られていた。目を閉じて、と促されたシュウは素直に瞼を伏せる。ルカは黒い蓋を開け、小指の先にとった紅をシュウの眦と口唇へ慎重に滑らせた。
    「うん、綺麗にできた」
     夢から醒めた直後のように、シュウはおもむろに瞬きを繰り返す。もとより肌理は細かいが冴々と冷えた肌をもつシュウは、瞼を閉じると無機物めいた面立ちがより際立つ。しかし、ひとたび瞳の中に光がさすと、乳白色の磨り硝子のようだった顔は、まるで内側に灯を入れたかの如くいきいきと薔薇色に輝きはじめた。様変わりした面差しに、ルカは思わず息を呑む。シュウは呆然とするルカの不意を突き、掠めとるような素早さで手の中の容器を奪った。紅の沁みた薬指でルカの唇をなぞる。
    「どうしたの、急に」
    「別に、どうもしないよ。ルカが僕にものを贈ったり、飾ったりする理由がちょっとだけわかったような気がして」
     シュウは当惑するルカを抱き寄せ、額といわず鼻といわず頬といわず唇を押し当てる。冗談みたいに真っ赤なキスマークを顔中に貼り付けたルカを見るなり、肩を揺らして笑い出した。
    「僕もルカに何かプレゼントしたいな」
    「本当? でも、それは後でいいよ」
    「いらない?」
    「ううん、うれしい。ただ、今は一瞬だって離れたくないだけ」
     シャツの裾から滑り込んだ熱い手が、シュウの背中を這い回る。赤く潤んだ唇同士が触れあった。乱れた紅で口元が汚れるのもかまわず、性急に舌と舌を絡める。寝室へ行こうか、と問いかけるシュウに、ルカは頑是ない子どものように首を横に振った。シュウが体の力を抜く。ふたりぶんの体が重力に従い、縺れあったままソファの上へ倒れ込んだ。
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