俺は損などしていない弟、勇作を誑かして関係を持ち、一緒に住み、まるで恋人の真似事をして早五年。
はぁ、とふと何気なく財布から出したレシートを眺めてため息が出た。
エンゲル係数バカ高い。
いや、二人ともそこそこ稼いでるから別に構わない。食うに困ることはない。
が、マジでうちの米は減りが早い。野菜も肉もストックは3日持たない。真面目に某会員制大型スーパーの会員になろうかと検討中だ。
大体、鍋一杯作ったカレーが次の日の昼で食いきるのは何でなんだ。
普通3日カレーになったりしないか??
こいつが三杯大盛りで食うからだ。
次の日は大盛りカレーうどんもしくは焼きチーズカレーにリメイクしたものをこいつがぺろりと全部平らげるからだ。シチューもハヤシライスも同じ末路だ。次の日昼には鍋は空になる。十人前越えてるのにだ。
だったら食わせないならいい?一度、「これしか今日は食べ物はない」と普通の一食分出したら「十分です、いつもありがとうございます。」と聞き分けのいい返事とは裏腹に、その晩は奴の腹の轟音が家中鳴り響いた。
途中でその音に耐えきれなくなった俺は、夜中勇作を叩き起こし、引き摺って牛丼屋で特盛を食わせた。
「すみません、あの、別に大丈夫なんですが。」
いや、お前は大丈夫でもあの轟音を耐える俺は無理だ。二度とコイツの飯はケチらないと俺は心に誓った。
そんなこんなで奴の餌は非常に手間がかかる。
量がいる。内容も吟味する。
なんでかって?栄養片寄らせて倒れでもしてみろ。それを世話するのも俺だ。しかも爆上がりのエンゲル係数支える本人が倒れるなんざもっともバカらしい事態だ。
そんなことは許さない。
毛艶や肌艶が悪くなるのも論外。
こいつの見た目は、芸能人すら凌駕する美貌なのだ。黙ってれば美人。それを乱れた食生活で崩すなんざ勿体ないことできるか。
本人が努力で鍛えた彫刻の如く美しい筋肉に、俺が飯を多めに食わせてちょっとうっすら脂肪が乗って柔らかくぷりぷりの旨そうな肉に絶妙に仕上がってるこの状態が最高なのだ。
なんでそこまで気にするかって?
ヤッってるからに決まっている。どうせ抱くなら最高の状態で抱きたい。引き締まっていて、それでいてむっちり。固すぎずダルダルにならずの絶妙バランス。そうだ、俺はそんじょそこらの風俗どころか高級ソープで大枚積んでも中々お目にかかれない極上を抱ける。しかもタダ。その上勇作は俺が自分を愛してくれていると信じて疑わず尽くしまくり、身体を俺に全て委ねてアンアン鳴きまくっている。
高潔なる弟の幻影をぶち壊す。あの充実感と、百年越しの望みを叶える瞬間は何物にも代えがたい。
あっちはかなり体力あるからセックスは割りとキツい時も有るが、あれだけの顔と身体を好き勝手できる優越感はかなりのものだ。
最近では、あまり後ろめたさや背徳感は薄れたのか、勇作も
「兄様…もう少し…。はしたないと、お思いかもしれませんが…勇作は、兄様にもう少し愛されたいのです…」
と、大胆にも延長戦をおねだりするようになった。
ふん、俺の調教でますます掌の上だ。
淫乱になりやがって。高潔な弟など居ない。
そう、それのための代価と思えば安いものだ。
…安いか?
そもそもそんなにセックスしたいと思ったことはない。まして男を抱くなんて、勇作じゃなかったらヤらなかっただろう。
半ば意地とか、見栄とかもあるんじゃないか俺?
いや、それくらいこいつの高潔さを汚すのは骨が折れるモノなのだ。
そして俺じゃないとここまでできない。
…筈だ。そうだ、勇作の奥にここまで入り込めるのは俺しかない。
それの代価だ。まぁ、俺もまだまだ付き合えるだけ体力も精力もある…はずだ。
見合っている。…か?
こいつの飼育に大量の、しかも栄養を考えた飯を毎食用意し、結構体力削ってセックスして清くない証明して、しかもドジ踏んでやらかしたことの尻拭いの数々。
ポヤポヤして溝にはまったのを引き上げ、本人まるで気がついて無いが大勢ストーカー飼ってるの大事になる前に片付け、騙されてマワされそうになったのを助けたことは数知れず。助けに行ったらヤクザでしたってこともある。あれ上手く言って頭出して話をつけれたから良かったが、そうでなかったら今頃兄弟丼素人AVで売り飛ばされてた所だった。
意気込んで家事をやり、洗濯機一台、電子レンジ二台ご臨終になった。あのレンジ高かったのに。その度に怒られた犬のようにしょんぼりして、すみません、すみませんと謝る。
それでボーナス時に二人で家電屋に行く事になるのだ。全く、いらん手間と出費だ。
ああ犬と言えば、奴が今まで拾ってきた犬10匹、猫23匹…そいつらの世話。勝手に勇作が拾ってきたのだから基本勇作がしてるが、あいつに任せると全力でメチャクチャ頑張って面倒見るし、止めないと倒れるまで尽くす。しかも不器用だし。大概迷子で飼い主と涙の再会、3匹は新たな飼い主に譲渡、皆幸せにやっている。あと保護した合計9匹の子猫は皆すくすく育ちこちらも新しい飼い主の下に巣立った。
どれもこれも良かったと号泣しながら送る勇作。毎回毎回こんなのの繰り返し。
例外は3匹、うち1匹は交通事故のひき逃げを保護したものだ。その日偶然出会ってしまった死にかけの猫に付き添って、一晩中祈るバカだった。結局死んだのを二人弔った。
あまりの弟のお人好しさに腹が立ったから、八つ当たりに近隣コンビニから防犯カメラで割り出したナンバーを使って犯人特定し、器物破損で訴えてやった。医療費代わりだクソ野郎が。
あとの1匹は老犬、病気も持っていた。年寄りだから捨てられたのだろう。数ヶ月で逝ったが医者の見立てじゃ半月だった。どれもこれも、わざわざ胸くそ悪くなるような経験をコイツはわざわざ買って出て。付き合わされる方はたまらない。
残り1匹はいまここにいる。
たった一匹、育児放棄され臍の緒も付いた状態で打ち捨てられていた仔猫。殆ど勇作が世話してるものの、頼まれれば世話を引き受けるし、勇作の留守中は俺が飯をやり遊んでやり糞を片付けている。
まぁ、勇作に比べれば遥かに手は掛からない。
だが、勇作の世話+コイツだ。
じゃあほっとけ?目の前で脱糞し構ってアピールするコイツをか?
死にかけを暖めて、交代でミルクまでやった奴だぞ。俺もそこまで極悪非道にはなりきれなかった。
あと鳥、うさぎ…希に人間も拾ってくるから油断ならない。
とにかく次から次にトラブルを持ってくるのだ。まったく世話が掛かる。
あれ、やっぱり損してないか?
なんか、面倒と手間の方が掛かっている気がしてきた。
いや、そんなことはない。
払った分勇作からは、これからも搾取してやればいいのだ。愛されてるなんて幻覚と共に、その身も心も俺に捧げ続ければいい。
そうだ、そのための投資だ。長ければ長い程、
穴の空いた水甕と気がつかず、ずっと水を注ぎ続ける馬鹿な弟を手元で眺めているためだ。
足元でミーと猫が鳴き、
スリスリと足に顔を擦り寄せる。
そうだ、俺は損などしていない。
今生こそ、今生こそ。
「ミー!!」
元気良く鳴きながら、猫は見上げてくる。
ああ、構えってか。良いだろう。
存分に構ってやる。
存分に。