ポメ作さんの誘惑のもふもふころん、ころんと足元に転がる白いもふ。
尾形はなるべく見ないようにした。が、ころん、ころんとそれは纏わりついてくる。
足の指先でくいくい、とつつく。きゅん、きゅんと甘えた声を出しながら右足と右手をくいと上げてくる。丸い、つぶらな目でこちらを見つめる。フリフリ、と軽く尻尾を振りながら、じっと。闇夜に煌めく星を閉じ込めたように、キラキラとした瞳。
そして広がる白い雪原のような毛並み。
首をちょっと傾げつつ、もう少し右足を広げてくる。
やめろ、やめろ。
あれは悪魔だ、あまり見るんじゃない。
「きゅーん?」
ふこっ、とした柔らかい被毛は尾形の足先を包み込む。
その感触に尾形は足を引っ込めた。
白いふわふわは足元で再びころり、ころりと纏わりつきながら転がっている。
気にするな、見るな。
そう言いながら尾形は目を反らす。
足元に感じるモフモフの感触もなるべく追わないようにする。
きゅー?と甘えた声がまた聞こえるが、そちらを見ないようにする。スマフォを見ながら、気にしないように。
あいつは悪魔だ。それに構ってはいけない。
足元でコロコロする「白い悪魔」に魅了されないよう意識を足元から離す。
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くそ、こっちが考えないようにしているのに。
と、その時、仕事のラインが入る。
ありがたい、奴の誘惑をはね除けるため急いで開く。仕事の同僚、野間からだった。
『緊急事態、なんか例の取引先が急遽仕様変えたいって。納期、料金は今のままで。』
フザケンナ。
『いいか、返事するな?一切返事するな。明日俺が行く。解りましたとか、担当にお伝えしますとか言ったらあそこは了承と取る。』
そう返して頭を抱える。
はぁー…ふざけやがって。いきなり仕様変更だと、しかも俺を通さないあたり解ってやがる。クソが…
明日無理を通そうとする奴らとやり合うのか…
盛大なため息をつく尾形の足元に、もふ、もふっとあの感触。まあるい瞳にくいくいと上げられた手足。「くぅーん」と甘く鼻にかかった声が『いかがですか?』と誘っているようだ。
そんなわけないのに。
「…ゆうさくさん。」
抗えなかった。駄目だと脳内が訴えても、さっき急激に回った疲労感が求める。
顔をがばりとその腹に押し付けると、すぅーっとその毛を吸い込むように息を吸う。肺一杯に流れ込む勇作の毛の香り。甘い、バターたっぷりのトーストに花の香りがする蜂蜜をかけたような匂いが肺を満たした。そして顔中に感じるもっふもふ。その奥の薄いピンクの柔らかい地肌の感触も鼻の頭に感じる。
一気に幸福感に満たされ、身体中にえも言われね解放感と浄化されるような感覚。
すーっと更に吸い込めば、花の香りが強くなる。まったりと甘い花の香りはさっきの疲労感を取り除き、思考を奪っていく。
ああ、こうしていたい。
勇作の毛皮がいかにふわもこでもふもふで、それを洗った自分がさらに最高の毛並みにしていたとしても、犬吸いは尾形のプライドが許さなかった。まして、弟勇作の毛並みに癒されるなど、あってはならない。そう、思っていた。
しかし自らに課した禁忌を破り、誘惑に負けた尾形はもはや勇作の毛皮の奴隷である。思考はすっかり溶けきって、ただただその癒しを貪った。気持ちいい。何もかもどうでもよくなる。
すーっと息を吸いながら疲れた顔で自身の毛皮に顔を埋める兄に対し『ふふ、くすぐったいですよ兄様ー♡♡』と勇作は無邪気に兄の前髪にじゃれていた。