巣作り「…もふもふ…」
朝か。てか、昼か。
勇作に朝飯を与えてから二度寝して今目を覚ました尾形は、首に当たるモコモコ感と顔をペロペロなめられる感触に目を覚ました。
「きゅーんっ…」
くりくりのまあるい目が、こちらを見ている。
胸にどっしり乗った勇作(ポメラニアン)が顔を舐めしゃぶって自分を起こしに来ていた。
「はい、はい、起きましたから、舐めないでください…」
ネチョネチョになった顔は、今朝食わせた「黒毛和牛すき焼き味」の匂いが纏わりつく。
あーもう…
顔を少し起こすと、勇作は身体から退いた。
パジャマは勇作の白い細い毛が沢山着いている。生え替わり時期なのか…ブラッシングしないとな…
とりあえずその毛まみれの上の服を脱ぐと、
脱いだパジャマに勇作が弾丸のように飛び付いてきた。
「ちょっ…勇作さん!」
もこもこの尻尾をブンブン振りながら、勇作はぐりぐりと脱ぎ捨てられた尾形のパジャマに頬擦りする。
「離してください!ちょっ…凄い力だ…!」
顔を引き剥がそうとするが、口がパジャマに食い付いて目をひんむきひどい顔になっている。
「なんちゅう顔してるんですか!?」
美犬が台無しだ、がお構いなしに食い付く勇作からなんとかパジャマを取り戻した。
『ヒートと巣作り』
顔を洗い、歯を磨きながらスマフォで調べると出てきた項目。
やっぱりこれか。
『犬の本能が勝って理性が無い状態をヒートと言います。ポメ化が重い場合に起こる現象です。』
『ヒート中は、理性はほぼありません。
寝る食う遊ぶ、が基本になります。』
なんとなく「疲れが重いと理性が飛ぶ。」とか「匂いのする服を集めたがる。」とかは聞いていたが、そういうことだったのかと思いながら、口を濯ぐ。
「そして、そのヒート中、好きな人の匂いを好むようになります…か。」
それによる現象の一つが巣作り。対象者の衣類、持ち物等集めて自分が収まる巣を作るらしい。
タバコ、気を付けねぇと…。おそらく、自分の匂いを構成するものは一番これの匂いが強いだろう。犬の勇作にタバコが危ないとか分かるはずもない。
そう考えながら着替えていると、忍び寄ってくる白い影。それは素早く尾形の前を駆けていく。
「…ちょっ!勇作さん止めてください!」
あろうことか勇作は、尾形の脱ぎたてパンツを咥えていた。勇作はもふもふの尻尾をご機嫌に振ると、ダッシュで逃げようとする。
「駄目です!くそ、離せ!」
わしっ!と毛を掴み、顔を押さえて今度はパンツを取り戻そうとする。
「うぐるるるるっ…」
小さく唸ってきた。マジかよ、威嚇するほど欲しいのか。
兄のパンツを欲しがる弟…ちょっと、いや、大分イヤだ。なんとしても取り返す。
「駄目だって言ってるでしょうが!!」
思わず本気で怒鳴った尾形にびっくりした勇作が口を開けた隙に下着を引ったくる。
「ったく…はしたないですよ!?兄の下着をパクって逃げようとするなんて…」
しかも、その下着を巣材に。パンツハウスに住む気か。
「きゅーん…くきゅーん…ぴすぴすぴす…」
戦利品を取り上げられ、まるで泣いているように寂しげな鼻声を鳴らしながら勇作は小さな肩をたっぷり哀愁を漂わせて落としている。虐待した訳ではない。訳ではないのになんだこの罪悪感。
あとそんなに俺の下着臭うのか?と、ちょっと不安になりつつも、
「…しかたねぇな…ほら。」
尾形はベッドの上の枕を手に取りそれのカバーを剥がし、脱衣所のかごの中から衣類を出す。
「昨日着てたシャツと、今朝まで使ってた枕カバーです。流石にパンツは勘弁してください。
匂いもほら、結構ついてるでしょう?」
勇作は当初、差し出されたそれにちょっと不満そうな顔をしたが、小さな鼻でクンクンと匂いを確認すると納得した。そしてもそごそと豊かな毛並みを枕カバーに押し込むと、そこに入って満足げに丸まる。
『…好きな人の匂いを好み、それに包まれることで安心を得ようとする。』か。
俺なんかの匂いに、何を感じているのか。
まぁ、与えた方が早く元に戻ると書いてある。なら好きなだけ嗅いでろ毛玉。
勇作は、満足げに収まってまどろみ始める。人を起こしておいて自分はお昼寝か、気楽なもんだ。尾形が鼻の頭を指でつん、と弾くと一瞬目をゆっくり開けて、フニャーっと笑ったような表情をした。