触れて、慰めて。せっかくのまとまった長期休みなのに。
魂がこの期間だけ家族の元に戻るなどという行事がいつからか根付いたらしい。
前世の自分も訪れたことがあるヤウダ辺りでの信仰が元らしいが当時はそんな事は特に気にも留めていなかったので良くは知らない。
ジェラールはヤウダにある様々な特色に目移りしていたな、なんて要らない事を思い出してヘクターは更に落ち込んだ。
その行事のせいでジェラールとは全く逢えない日々が続いているからだ。
定期的にメッセージは送ってくれるし夜には通話で今日あった事の報告とおやすみをわざわざ伝えてくれる。それでも本人に逢いたいし触れたい。
前世では身分差もあり行動に今以上に自由も効きにくかったのに。現世に生まれ変わった事でオレも我儘になったもんだと呆れてしまうが、一度思い知ってしまった甘さはもう忘れられるものではない。
自宅に居ても自分がジェラールを迎える為に揃えた様々な物がジェラールを感じさせて逆効果になっている状態だ。
ここで詰まっていても仕方がない、とヘクターは気晴らしに街に出る事にした。
「あ、ヘクターさんだ。いらっしゃい。」
ヘクターがぼやっとしながら歩いていたら自然とカフェに辿り着いてしまった。
そこには先日紆余曲折の上で知り合った自分達の前世の次代からの生まれ変わりというオライオンが勤務中だ。
「店員がそんな緩くて大丈夫なのかよ。」
「皆実家に帰るとかで出払っちゃってるのか閑古鳥が鳴いてるようなもんだよ、あれ?ジェラールは?」
「さんを付けろよ...!!俺だってなかなか呼べてないんだぞ!?」
ただでさえジェラールに逢えない苛立ちに上乗せして別問題が浮上するとは。
ヴィクトールにも早目に呼び捨てておいた方が楽なんじゃないのか?と言われていたのに自分の勇気の無さから殆ど呼べてはいない。
まさかジェラールと同じ立場の人間が現れてあっさりと呼び捨てるなんて思いもよらなかった。
「だってジェラールが要らないって言うし、俺も要らないし。」
「お前は元から付ける気ねーよ!はあ、もういいや...。」
「何だよ元気ないなあ、あぁ居ないからか...いつものやつな。」
元傭兵だからかある程度勘が良いのはありがたい。オライオンがヘクター気に入りのドリンクを用意してきたので端末にスマホをかざして精算する。その後はレジ近くのカウンター席に着く。
「ありがとな、お前は今日1日バイトか?」
「今日はもうちょいで上がり、約束があって...あ、来た!」
自分たち以外誰も居ない店内に入ってきたのは長身の、薄い色の髪を短めに切り揃えた知的さを思わせる男。昔ヘクターの同僚にもこういうタイプがいたなと感じたが、その人物もしっかり転生しているのでまた別人なのだろう。
その人物がオライオンと共にいる自分にも気が付いたようで近付いてくる。
「こんにちは初めまして、サジタリウスと申します。オライオンがお世話になっております。」
「ヘクターさん、この前言ってた奴がこいつなんだよ、色々話しちゃってるって...。」
2人を見比べて何がどうしたらこの2人が近い関係になるのかとヘクターは首を捻った。
自分であればこの長身の男に似た奴には結構ぞんざいな対応ばかりしていた記憶しかない、何なら今も変わらず。
「幼馴染で友人なんです、今も昔も。」
「その上昔は成人してから突然主従関係が乗るんだよなあ。」
そう言って2人は顔を見合わせ苦笑いをする。
友人関係からの主従関係の変化は色々あったのだろうとヘクターも察する事が出来た。
「ところで今日はジェラール様は...?」
「あっ、ばかサジ、それ地雷!」
「あっすいません...!?」
いやそんなそこまで気を使っていただくものでもない。たった1週間会えていないだけ。
文明の利器で毎晩声は聞けているのだ、それで足りないだなんて前世で1ヶ月以上会えない事も普通だった頃に比べたら雲泥の差だ。
もういい加減に覚悟を決めて同棲を提案するべきか。いや、ジェラールを迎えるのにそんな曖昧な状態で良いわけが無い前世の自分も成し遂げる事は出来なかった結婚を進めるべきかとヘクターは頭を抱えた。
少しの間そうしているとヘクターの肩が軽く叩かれた。
オライオンからいつまでも居座るなという忠告かもしれない。店員としては当然の行動だ。
いい加減に出るかとヘクターがテーブルから顔を上げ後ろを振り向くとそこにはあるはずのない顔。
「やっぱりここに居た。君の家に行ったけど居なかったから...。」
探し回ってくれていたのかまだ呼吸が荒い。
「なんでここに...今日までは行事があるって...?」
夢でも見ているような声でヘクターは応える。昨夜の通話で明後日は少し会えるかもなんて話していたのに。
「少し早めに切り上げさせて貰ったんだ、兄さんが後の片付けは自分が請け負うからと...。」
後日ヴィクトールには何らかの例をしなければならないなとヘクターは思う。
多分あの人はどちらの状況も察して助け舟を出してくれたに違いない。
「突然押し掛けてごめん。君にも都合があるのに。」
とジェラールがしゅんとした表情を見せる。
この人の遠慮しがち、我儘を悪い事と捉える所もまだまだこれから改善の余地があると感じる、その前に自分のジェラールへの色々を棚上げしてはいけないとも。
「ありません、仕事でも無ければ全部貴方の為の時間です。」
背後でこっそりと見守る傭兵宮魔コンビからの生暖かい視線はこの際無視だ、ジェラールに勘違いだけはさせたくない。
「今日会えて嬉しいです、来てくれてありがとうございますジェラール。」
先程のオライオンの所業に対しての当てつけのようになってしまったがこう呼びたい思いは日頃からあるのだ。とはいえ敬語は崩せていないのだが。
ジェラールは一瞬面食らったような表情をしていたがその後は今世でもなかなか見られない赤く染まった顔を見せてくれた。
「やるじゃんヘクターさん、やっぱりかっけーよな。七英雄にトドメ刺しただけあるよなあ。」
「私達の時は結局全く出会うことなくでしたね...。」
「そうそう、後に丸投げ。」
けらけらと笑う外野からの野次でジェラールも気が付いたようだ。
少し惚けた顔をしゃんとして外野に向き直る。
「オライオン!と、えっと君は...?」
「初めましてジェラール様。オライオンの幼馴染兼友人のサジタリウスと申します、以後お見知りおきを。」
「君が...!オライオンから話だけは聞かせて貰っていたんだ、帝国大学創設に尽力した人物としても有名だよね。良かったら今度話を聞かせて欲しい。」
ジェラールの悲願であったが資金面での折り合いが付かずに棚上げされたあの案件を通した男という事はジェラールの興味も高いのではとヘクターは危惧した。
「書類の決済処理したり最終的な決定は俺...」
「諸々の実務を中心で請け負ったくらいですがそれでも宜しければ是非。」
サジタリウスは自分の主君の面倒で精一杯と見えた。ヘクターの危惧は要らない心配だったかもしれない。
ジェラールの分のドリンクは持ち帰りにして注文し店を出た。
期間限定の桃のフラペチーノはいつも通りヘクターの口の中にも突っ込まれて甘さと酸味がせめぎ合っている。
ジェラールは何かを悩みつつくるくると手に持ったカップを弄んでいたが思い立ったようにヘクターに声をかけてくる。
「あの!今日ちょっとだけ家にお邪魔しても良い...?」
この上目遣いの小さな我儘にヘクターは弱いのだ。
「ちょっとと言わず泊まって行ってくださいよ、まだ学校休みでしょ?俺は明日は出勤なんで不在にはなりますけど。」
「長期休み明けの前の日にそんな長居するわけにいかないよ...。」
そう言って誤魔化すように目の前のストローに噛み付いているジェラールが可愛くて仕方が無い。
ここはジェラールの我儘ではなくヘクターの我儘を通させて欲しいと思うので縮こまるジェラールの肩を抱き寄せて耳元で小さく囁く。
「ずっと逢えなくて寂しくて仕方なかったので慰めてください。」
「え…?」
そのままジェラールの小さく開いた唇に噛み付くように口付け舌を押し込むとヘクターの口の中に残る味と同じ味がした。
「あ、んぅ......っ、っは、ぁ...う、ん......っ!」
いや、可愛い人の可愛い声と体液も混ざりあって遥かに甘ったるい。
ヘクターが余りにしつこく縋るせいで力が抜けたのかジェラールは手に持っていたカップを取り落としそうになるが既のところでヘクターが受け止める。
「お...っと...!」
「は...っ、あ、わ!ご、ごめん!ありがとう!」
あれだけとろとろに蕩けていたのにあっという間に日常に戻ってしまったがここはまだ外だ。続きをするならさっさと自宅に戻った方が良い。
「あー、帰る前に買い物だけ寄っても良いですか?自分だけだからって適当にしてて...。」
「ふふ、じゃあヘクターを寂しくさせてしまったお詫びで夕食は好きな物作ってあげる。」
早く行こうとジェラールに手を引かれ、ヘクターが数時間前に寂しさを持ってひとりで歩いた道を今度は楽しみを抱えて帰途についた。