白露 ひゅるる~、ドーン。ぱらぱら。花火が打ち上げられては散っていく音が聞こえる。ベランダから少し顔を出すと夜空に大輪の花が咲くところがよく見える。華々しいそれらは夏のふーぶつし、ってヤツだ。漢字でどう書くのか思い出せない。
「なぁ二宮、見るのもいいけどこれやろうぜ」
言いながら俺は線香花火を取り出した。普通の手持ち花火をやるにはこのベランダじゃちょっと狭いけれど、線香花火くらいならできるからと持ってきてみた。見るのが嫌なわけじゃないけど、なにもしないのも暇だし。二宮はゆっくりと瞬きをして、笑って答えた。笑ったと言っても口の端がすこーし上がったかなっていう程度。
「仕方ないな」
「よっしゃ、やろうぜ」
許可が下りたのでいそいそと準備を進める。ベランダにろうそくを立ててライターで火をつけた。袋のテープを剥がして、線香花火の本体を取り出す。ひらひらしたピンク色の部分を持って、二宮に手渡した。
「あっ」
「どうした?」
俺が声をかけようとしたときには、二宮は線香花火に火をつけていた。ぱちぱちと火花が散り始める。
「勝負しようぜって言おうとしてたのに」
「先につけたから俺の方が不利じゃねぇか」
遅れて太刀川も火を灯した。火の玉が大きく膨らんで火花が散り始めようとしたとき。俺がくしゃみをした。当然、手元が大きくぶれて火の玉は落下する。
「あ~、落ちた」
「……下手だな」
そう呟いた二宮の手元では、火花が音を立てている。びゅう、と風が吹いて、ぼとりと火の玉が落下した。
「二宮も落としてるだろ」
「もう一回だ」
勝負に応じる、とは一言も言っていなかったのにもう一度と言うあたり、二宮は本当に負けず嫌いだ。袋から次の分を取り出して、今度はせーので火をつけた。丸く形を変えた火の玉が、ぱちぱちときらめく。眺めている間に二宮が口を開いた。
「線香花火には四段階あるそうだ。たしか、蕾、牡丹、松葉、散り菊の順に変わるんだと」
「へぇ、今はどれだ?」
二宮が目を細める。火花をよく観察していた。
「……今は、松葉だな。中央から外側に向けて散るのをそう呼ぶらしい」
言われてみると、外側に向けて広がっているような気がしてくる。気のせいなのか、よくわからん。
「じゃあ次は散り菊? だな」
返事をした途端、俺が持っていた方の花火の火の玉がぽとりと落ちた。
「あ」
「落ち着きのないやつだ」
「ひどくないか?」
「事実だろ」
悪びれることなくそう告げる二宮の手元が動くことはなく、火花の散り方が明らかに変化していた。真ん中の火の玉から外に向けて線を引くみたいな散り方だ。松葉よりも穏やかで、終わりを演出する火花だった。
「これが散り菊だ」
「二宮、おまえ上手いな」
「難しいことじゃないだろ」
火花が段々と小さくなり、火の玉も縮んでいき、最後は静かに燃え尽きた。おお、すげぇ。
「線香花火って火の玉が落ちて終わりじゃないんだな」
「丁寧にやれば落ちないだろ」
「……もう一回」
今度は俺が誘った。俺だって負けず嫌いだからだ。
「まだやるのか?」
「こんなに残ってるんだからいいだろ」
パッケージには二十本入り、と赤い字で書いてある。今四本使ったけど、二人で使い切るにはちょっと多い。
「わかった」
結局、この線香花火は最後まで使い切った。俺も二宮も負けたくないから、もう一回と言ってしまう。それを繰り返すうちに二十本分やりきってしまったみたいだ。そして、俺は何回やっても火の玉が途中で落ちちまって二宮みたいには上手くいかなかった。なんか、あんまり失敗するから二宮の方がむすっとしてたけど、聞いても教えてくれなかった。なんでだろうな。
終