誘惑なんだかちぐはぐだな、と感じた。
髪を撫でた時に鼻を擽ったその香りは、彼に似つかわしくない、咽せ返るような甘ったるい匂いだった。
「…ああ、妹のやつだからかな。丁度自分の切らしちゃったからこっそり借りたんだよね」
その答えを聞いてすぐに納得した。香水と言われても分からないほどのその強く甘い香りは、確かにティーンに好まれそうなものだった。
洗えればいいかなと思って、と妹の私物を黙って借りたこと悪びれることもなく彼は指で髪を梳かしながら笑って答える。その指が流れる度に派手なローズムスクの匂いが一瞬で辺りを蔓延った。
それは異性に興味を持ち始めた思春期の女の子が使うならまだしも、男性である彼が、ましてや恋人という俺が居ながら、こんな誘うような香りを漂わせているなんて堪ったもんじゃない。吸い込んだ透明な靄が喉の奥につっかえる。鬱陶しいそれを吐き捨てるように咳払いをして答えた。
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