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    七緒_793

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    七緒_793

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    つむぎさんにプレゼント。
    くー恋の結くんとくーちゃん。

    結くんの線香花火は終わらない「これやろー!外行こう、そとーっ!」

     何の前触れもなくばーんとドアが開いて、想像出来る人物の内の「来てくれてより嬉しい方」が騒がしく部屋に入ってきた。狭い玄関にぽーんと放られて、あっちとこっちに向いたサンダルはそっちのけ。幼児が使うようなかわいらしいデザインのバケツをこちらに向かって突き出して、ブンブンと縦に手を振る。

    「なんですか、突然」 
    「今に始まったことじゃないから大丈夫!」
    「それ全然大丈夫じゃないやつです」

     どうやら、百均に買い物に行ったら花火が置いてあったらしい。当たり前だが百均だけあって少量のそれは、逆に少しだけ花火気分を味わうには丁度よい。
     ついでに目についた縁が波打って花びらのように見える小さなバケツで、これは!と思い立ったらしい。
     花火、水を入れたバケツ、とくれば後は火種。このチョイスがまた独特で、丸っこくてりんごのような形をして色とりどりのろうそくが幾つもバケツの中に転がっている。
    「なんでろうそくがこんなに入ってるんですか?花火十本もないのに。」
    「アロマキャンドルっ!どうせなら好きな匂い選んでもらおうと思って。」

     えっへん、と胸を張る姿は、気を使える自分を褒めろ!というよりはこんなに色々あるのを見つけてきたんだよ!な威張りなんだろう。先輩らしいと言えば先輩らしい。思わず毒気を抜かれ、アロマキャンドルの匂いにひかれるままに小さな花火大会を行うことになった。


     煙、音、光とご近所トラブルを招きそうなものを排除し、こっそり花火大会気分を味わいたいという些細な彼女のねがいは、夜も更けてきてやっと日中の火照りが落ち着いた夏の夜に少しだけ縁日の気分ももたらしてくれた。
     りんごの形のアロマキャンドルに火をつけて、ふわりと広がる甘い薫りは、生のりんごというよりはりんご飴を思い出させる。浴衣の先輩とりんご飴、似合うと思う。ヨーヨー釣りや射的なんかもやるのは好きそうだけど、すぐ食べられる美味しいものもきっと喜んでくれるだろうな。イカ焼き食べてソースつけたり………

    「おーい、結くーん?」
    「わっ!?すいません、ボーッとしてました!」
    「匂いキツい?」

     想定外の気遣われるコメントに驚きつつも笑顔で首を振った。優しい誤解に妄想を披露するのは躊躇われるのでそこについては触れないまま。

    「この匂いは大丈夫です。さ、始めましょうか。」



     線香花火は、他の花火と決定的な違いがある。
     火をつけてしばらく待つと生まれる火玉。そこから小さくパチパチと火花が爆ぜ、やがて勢いをなくして消えてゆく。

    「線香花火と言えばこれだよねっ!」

     大きく育った先輩の火玉が、やっと火花を散らし始めた僕の火玉にペタリをくっついた。同時に、腕と頭が密着している事に、きっと本人は気付いてない。動揺する僕をよそに、クイッと腕を動かしてあっという間に僕の火玉は三分の一の極小ヒョロヒョロサイズに。……先輩の火玉は、当然…

    「強奪成功っ!」
    「振り回しちゃダメですって!」
    「へ?」
    「あっ………」


     言わんこっちゃない。
     小さな火の玉は重力に引かれるままに地面に落下し
    パチン、と大きな音を立てて弾けて消えた。
     予想以上の音に驚いたのか、ぽてん、と尻もちをついてしまった先輩は、目をまん丸にさせている。……薄暗い中でもしっかり表情が見えるのは、ちいさな蝋燭のおかげ。

    「わー。びっくりした。びっくりしたねぇ。」

     身体に痛むところも傷もないのだろう、ケラケラと笑い始めた先輩につられて、僕も笑う。なんてことないことなのになんだかどんどん楽しくなってきた。

    「笑ってないで起きないと。はい。」
    「自分だって笑ってるくせにーっ!」

     伸ばされた腕を笑いながら引き起こすと、勢い余った先輩が僕の胸に飛び込んできてまた二人で笑った。深夜じゃないとは言っても住宅街。マンションのすぐ横のちいさな空き地。大きな声は出せなくて、口をおさえて笑い合うのがなんだか楽しい。子供に戻ったみたい、と言う先輩の言葉にも素直に頷けた。
     きっと、花火の微かな火薬の匂いと、りんご飴の匂いのせいもあるんだろう。

     額をくっつけて暫く笑い合ったところで、花火再開となった。
     先程縮まった距離はそのまま。肩と肩が触れ合う距離。


     新たに生まれたちいさな二つの火の玉から、パチパチと火花が散り始めた。そこでふと考えて、花火の先を先輩のそれに近づける。

    「あー、結くん仕返しするつもりだなー?」
    「違いますよ、じっとしててください。」

     磁石のように、ペタッとくっついたかと思えば、生き物のように動いてあっという間に球体作ってしまった。明るい火の玉。さっきは落ちてしまったけど、二本で支えたら。

     ぱち、…パチパチパチ

     先程より大きい火花がパッと散る。

    「すごい!こんなに大っきくていっぱい散ってるのに落ちない!」
    「動かしちゃダメですって。バランス取らないと……」
    「はぁーい。」

     返事をしながらも揺れてる先輩の肩。まだ笑ってる。僕としてもちょっとした思いつきがうまくいって嬉しいし。

     だから、少しだけ欲が出た。

    「空花さん。」

     例え不安定でも、お互いに寄り添ってバランスを取れば、こんなに綺麗な火花が生まれるのなら。
     僕たちの心もそっと寄り添って、支え合うことができるんじゃないだろうか。

     ほんの少し、空花さんの頭に触れるくらいに首を傾げる。火花はまだ明るく、眩しく瞼の裏を焦がす。

    「結くんは甘えん坊さんだなぁ。」
    「たまには良いでしょ。……空花さんの方がお姉さんだし。」
    「………仕方ないなぁ。」

     肩によりかかってくるちいさな温もり。頬に当たるフワフワの髪の毛。

     もうしばらくすれば、線香花火のちいさな火花は勢いを無くし、やがて消えるだろう。でも、また新しく火を付けることができる。足すこともできる。

     目を閉じた僕たちは、ちいさな赤い蝋燭の灯りだけが周りを照らす唯一の光になるまで、じっとお互いの存在を確認しあっていた。


     
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