終わる夏「美奈子ちゃんさ、キレイになったよね?」
最近、琉夏の大切な幼馴染で初恋の相手でもある彼女は、琉夏の大切な兄と所謂「オツキアイ」を始めた。ケンゼンなコーコーセーの距離感にしては余りに清いおままごとのような関係に見えるが、それもまたこの二人の適切な距離なのだろう。
「琉夏ちゃんも恋しなさい」
「鯉?池でパクパクしてたらご飯くれる?」
「もうっ!」
「もうっ!」
「真似しないのっ!」
声を上げて笑う琉夏の頭を彼女がぎゅっと抱き寄せる。琉夏とレンアイカンケイにはならなかったが、二人の距離はごく近い。むしろ、琥一と彼女の距離よりも近いかもしれない。それは確かに、恋人の距離ではないのだろう。ないけれど、誰よりも近い。この関係に名前があるのか、琉夏は知らない。知らないがこの距離から感じる体温が、甘い匂いが心地よくてされるがままだ。
されるがまま。まま。
「恋はして欲しいけど、恋人になれるヒトはなかなか見つからないかも」
ふと。途端にトーンダウンした声が琉夏の耳を擽る。比喩でもなんでもなく、吐息混じりの声がサラサラとした髪の毛を揺らすのだ。あまり不穏な色は感じないのに、妙な響きはある。
「どゆこと?」
頭を抱きかかえたまま、力を緩めてくれないから彼女の表情を伺う事はできない。仕方なく言葉で問えば、大きなため息が返ってきた。何か、悩んでいるのだろうか。せっかくキレイになったのに、琉夏のせいで悩ませたくはない。誰よりも、幸せになって欲しい。
……例え、自分とは未来が交わらなくても。
「あのね、琉夏ちゃん」
「うん」
暫くの沈黙。少しだけ緩んだ腕から抜け出して彼女と目を合わす。そこにあったのは、想像とはまったく違う顔だった。
まったく違うどころか、真逆。片頬だけ上げた態とらしい笑顔。ニヒルささえ感じるようなその表情にはまったく哀愁などない。むしろ、なんだか面白い。
「あれ?悪人顔だね?」
「そう。悪人なの。わたしの夢はね、コウちゃんと一緒に、琉夏ちゃんのモンペになることだから」
モンスターだよ、怖いんだよーなどとふざけて指で目を吊り上げるものだから、耐えきれずに琉夏が笑う。
「俺、そんな弱くないよ?」
「琉夏ちゃんを守るためじゃないよ、だってモンペは独善的で子供のこと考えてないもん」
「こっわいママ〜」
「そうだよ。琉夏ちゃんのこと絶対守るマンじゃなくって、わたしが気に入った人しか琉夏ちゃんに近付けないマンだから」
再び頭を抱えられるが、笑いが止まらない。そっか、ママか。ママだったか。ママの悩みは琉夏の未来、だったか。
秋の気配が近づく高い高い空に、二人の明るい笑い声が響いた。きっと今年の冬は、凍えない。