探偵ごっこ 治安維持局付近を歩いていると、ルチアーノの姿を見かけた。こんな猛暑でも白い布を纏っているから、遠くからでもすぐに分かる。どうやら、建物の影に隠れているようだった。
「ルチアーノ、どうしたの?」
声をかけると、彼はこちらを振り向いて口を塞いだ。急なことに目を白黒とさせながらも、なんとか視線の先を見る。そこには、デュエリストらしき青年グループが集まっていた。
「静かにしろよ。バレるだろ!」
僕から手を離すと、小さな声でルチアーノは言う。呼吸を整えると、青年たちを見ながら小声で尋ねた。
「あの人たちがどうかしたの?」
ルチアーノは真っ直ぐに男たちを見ている。しばらく勿体ぶったように沈黙を守ると、小さな声で言葉を発した。
「タレコミがあったのさ。あいつらは、結構有名なやつらみたいだぜ? 知らないのかい?」
僕は青年グループに視線を向けた。彼らは店舗前に設置されたベンチに座って、楽しそうに話をしている。歳は大学生くらいで、爽やかな印象の夏服に身を包んでいた。特に目立ったところはない。
「普通の人に見えるけど……」
僕が答えると、ルチアーノは呆れたように溜め息をついた。身を隠しているから、もちろん小声だ。ちらりと僕に視線を向けると、囁くような声で言った。
「君、プロデュエリストを目指してるって言うなら、もう少し知識を集めた方がいいんじゃないかい? 彼らはチーム○○だよ。名前くらいは知ってるだろ?」
ルチアーノの言葉を聞いて、僕は声を上げそうになった。慌てて口を塞いで、青年グループに視線を向ける。彼らは、最近シティで名を上げているDホイーラーのチームだった。リーダーはトップス階級の出身で、メンバーもそれなりに上流の家系らしい。全員が整った顔立ちをしていて、よく雑誌の表紙を飾っていたのだ。
僕は青年たちを凝視した。じっくりと姿を観察するが、いまいちピンと来なかった。テレビや雑誌で見る彼らは、ライディングスーツか流行りのブランドに身を包んでいたのだ。私服で髪を無造作に崩した姿は、まるで別人のようだった。
「それは分かったけど、どうして、あの人たちを見てるの?」
尋ねると、彼はにやりと口角を上げた。小声できひひと笑うと、面白がるような声色で言う。
「あいつらには、焦臭い噂があるのさ。リーダーの男はトップスの出身だろ? こんなに露出が多いのは、スポンサーを買収してるからなんじゃないかって、インターネットで話題なんだぜ」
「そうなんだ……」
答えると、僕は男たちに視線を向けた。彼らは楽しそうに談笑していて、少しも怪しいところはない。そんなことを企んでいるとは思えなかった。
「それだけじゃないんだ。今度、シティで小規模な大会があるだろ。そこの運営委員に金を渡して、特別に出場させてもらってるんじゃないかって、まことしやかに囁かれてるんだ」
そう語るルチアーノは、なぜか楽しそうだった。にやにやと笑いながら好奇の目で青年グループを眺める。その姿は、ゴシップに食い付く大人のようだった。
そうこうしているうちに、青年たちがベンチから立ち上がった。何かを話し合うと、治安維持局の方へと足を進める。ルチアーノが小さな声で言った。
「移動するみたいだぜ。せっかくだから、君も着いてきなよ」
僕の手を取ると、建物の影から大通りへと出る。引っ張られるように、僕も彼らの後に続いた。
男たちは、治安維持局付近の喫茶店へ入っていった。小規模なお店らしく、こじんまりした佇まいをしている。少し遅れて店内に入ると、スーツ姿の男性が声をかけてきた。
「失礼ですが、ご予約は?」
ルチアーノはちらりと男性を見た。懐から何かを取り出すと、男性の方へと突きつける。
「これでどうだい?」
ルチアーノの手元を見ると、男性は顔色を変えた。緊張したような面持ちで、ルチアーノに頭を下げる。
「どうぞ、お好きな席へお座りください」
僕は首を傾げた。彼らは、何のやり取りをしていたのだろう。ルチアーノが見せたものが何だったのか、さっぱり分からなかった。
「行くぞ」
ルチアーノが僕の手を引いて歩き出す。無理矢理引きずられるようにして、僕も店の奥へと入っていった。
予想通り、ルチアーノは奥の席へと向かった。青年グループがしっかりと見える位置を陣取ると、満足そうに足を組む。僕は正面の席に座らされた。
「さっき、お店の人と何のやり取りをしてたの?」
僕が尋ねると、ルチアーノはにやりと笑った。上機嫌に口許に手を当てると、弾んだ声で言う。
「世の中には、知らない方が良いこともあるんだぜ」
しばらくすると、さっきの男性が注文を取りに来た。適当に注文を済ませて、青年グループの方に視線を向ける。ルチアーノは、楽しそうに男たちの様子を伺った。
しばらくすると、店の入り口で音が聞こえた。視線を向けると、スーツに身を包んだ壮年の男性が入ってくるところだった。男性は、真っ直ぐに青年グループの席へと向かっていく。
「やっぱり来たな。あの噂は本当だったのかもしれないぜ」
ルチアーノが楽しそうに言う。青年グループの方へ振り向こうとすると、腕を掴んで止められた。
「振り返るなよ。怪しまれるだろ」
「そんなこと言われても、気になるものは気になるんだよ」
「そんなに知りたいなら、後で見せてやるよ。いいから、今だけは大人しくしてな」
僕は手元のメニューに視線を向けた。耳を澄ませても、ボソボソとした話し声しか聞こえない。すごく気になるが、振り返ることはできなかった。
頼んだ飲み物を口に運びながら、ルチアーノは男たちの様子を伺う。楽しそうににやにやと笑いながら、時折小声で言葉を発した。
「ふーん。あいつら、そういう感じなのか」
「あいつも、無防備なやつだよな。僕に見られてるなんて知らずに、あんな取引をしてさ」
「どうやら、噂は本当みたいだな。これはいい収穫になったぜ」
席から立ち上がると、ルチアーノは嬉しそうに言った。そそくさと精算を済ませると、店の外へと出ていく。僕もその後に続いた。
「で、何が分かったの?」
尋ねると、ルチアーノはにやりと笑った。僕を見上げると、弾んだ声で言う。
「ひひっ。帰ったら教えてやるよ」
家に帰ると、ルチアーノは端末を起動した。画面を表示させると、僕の前へと差し出す。そこには、青年グループとスーツの男のやり取りが収められてた。青年たちが何かを語り、スーツの男が応じる。音声はあまり聞こえないが、何かの取引をしているらしい。
「見ろよ、これが証拠だぜ」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは言う。その姿は、どこまでも嬉しそうだった。
「これは、取引なの?」
「そうだ。こいつらは、大会の運営を操ってたんだよ」
つまり、ルチアーノの掴んだ噂は本当だったようだ。あの青年たちは、これからイリアステルの餌食になるのだろう。気の毒なことだ。
ルチアーノは楽しそうに録画画面を見つめる。動画を切り貼りして密告データを作る姿は、まるで探偵のようだ。その横顔を眺めて、ふと疑問に思うことがあった。
「どうして、ルチアーノは探偵みたいなことをしてたの? 遠くからでも見れるなら、わざわざ行かなくてもいいんじゃないの?」
尋ねると、ルチアーノは呆れたような顔をした。分かってないなという表情を見せると、気の抜けた声で返す。
「そんなの、面白そうだからに決まってるじゃないか。探偵の真似事なんて、こんな機会でもないとできないんだぜ」
なんとも、彼らしい理由だった。つまり、僕は彼の暇潰しに付き合わされたのだ。部外者の人間を連れていくなんてリスクが大きいが、そんな危険と隣り合わせの環境さえ、彼の娯楽の材料だったのだろう。
「ルチアーノって、たまに大胆なことをするよね」
僕は言った。ルチアーノは真っ直ぐに画面を見ていて、返事をする気配はない。その横顔は、デュエルをしている時と同じくらい楽しそうだった。