『これから』の話をしよう「それではドレン中佐よろしくお願いしますね」
目の前にいる同僚には比較的甘くなる事は、自身の事であるから知っている。何せ五年前の戦争時指揮を任されていた艦の部下であり、戦場を共に駆け抜けていた大佐がいなくなった瞬間を見てしまった男であるから、憔悴ぶりも知っている事もあり自分に限らずほとんどのクルーが彼に対して甘くなっていた。
中佐となるまでに色々変わってしまった彼を見てもそれは変わらない。だから大抵の事はボヤきつつも頼みを聞いていたがと、渡された束を見る。
「大丈夫、悪いようにはなりません。きちんと、最後まで、目を通してもらってください」
「もし悪いようになったらあんたで何とかしろよ」
重さ的には大したモノではないが、大事な未来が決まるとても重いモノだと受け取った束。
「……という訳で預かってきました。間違いなくきちんと渡しましたからねシャア大佐」
仕事机の端に置いた束は俗に言う見合い写真である。
許しもなく置かれた写真たちに対し、シャアは眉間に皺が寄った事を理解する。突然きらびやかな世界に行って戻ってきたと思ったら何故か五年も経っていて理解が及ばない時に、フラナガン研究所で怒涛の確認作業。それも終わりシャア・アズナブルだと確認されたら今指揮を任せられるような艦も、赴いて欲しい戦場もないということで留めおかれている。
五年もブランクがあるのだからと元部下で中佐に昇進していたドレンが側付きとして着任された事が唯一の救いなのかもしれないと思っていたのだ、それもお見合い写真の束を持ってくるまでだったが。
「来たもんを上官である大佐の指示なしには捨てられませんからね」
ドレンの言うことも最もであるのでこれ以上は何も言えず、取り敢えず1番上のモノを取って開いてみる。
こちらに微笑みかけている女性、綺麗に巻いている髪は傷んだところなど見られず艶めいている。肌も健康そうで、年齢を見れば二十歳。この五年成長出来ていない自分とは似合いということなのだろうと、他人事のように思ってしまった。そして家名から記憶を引っ張り出す。
「ギレン総帥の……かなり下にいた男の娘か」
「えぇ、五年もあれば多少出世するものですよ、大佐に縁談を申し込めるほどには」
成程と相槌を打って一枚目を閉じて二枚目へ、髪にウェーブを掛けている女性。気持ちが昂ることも無く次へ、黒髪の女性、次へ。次へ。次へ。
「こういった写真は笑い方を統一するルールでもあるのか?」
十枚ほど見てから浮かんだ感想はこんなものだった。
「……顔をいちばんよく見せたいなら同じようになるのでは?」
しばし悩んでからでも答えてくれるドレンは、五年の間に優しくなったのだななんて考える。きっと前なら「見合いなんてこないから分かりません」と答えていた筈だ。
新しい発見をした事が面白くもあり、寂しさを感じるのは五年が自分にはなかったからだろう。
少し見た見合い写真も記憶にある家名ない家名が半々と言ったところで、戦争の終わった五年間は内部で地位争いが起こっていたと簡単に想像できる。ジオン内部でこうなのだからジオンの外では劇的に変化している筈だ。
それを分かっているから待機状態の今様々な媒体で情報を集めている時なのだが、やはりそう考えると疑問は浮かぶ。
「この機会を狙って見合いを申し込んでくる者は私を一体どうしたいのだ」
本当は聞かずとも分かっている。シャアが何も知らない内に戦争終結の立役者を取り込んでおきたいのだ。戦争が無くなれば昇進の機会が減ることもあり、この時期この若さで大佐にまで上り詰めている自分は中々のものであると自負している。世間から見れば有望株だ。ギレンとキシリアに与している者たちは互いの勢力に取り込みつつ、娘の今後の安定を願っているというところだろう。
魂胆が分かっていても口に出したのは、こうすることで頭がすっきりするのではないかと思ったから。何せ望んでいないものはこうして送られてくるというのに望んでいる者は来てくれない。
「たい、シャリア・ブル中佐のその後は?」
「既に復帰してます」
「そうか」
こちらへ戻って来た時最初に見たのは自分が背後を任せていた年上の部下、が成長し負傷していた姿だった。前髪を伸ばして全てを見ないようにしていたのに双眸がシャアを見つめ、眠そうにも全てを見透かしているのではとも思えた瞳には力が宿っていた。髭を生やす面積も広がっていた。血縁の可能性もあったがシャリア本人だと分かったのは、流れ込んでくる感応波が戦場では常に、戯れと称して時に艦内で感じあっていたもので間違いなかったから。
だからシャアは外見が変わったことには驚かなかったが、血に塗れていたことには驚いた。
「っ、大佐」
「中尉、か?」
「はい。ご無事なようで何よりです」
そう言ってくれたシャリアの方が無事では無いように見えるのに、負っているだろう傷の痛みを上回って安堵と喜びだけがシャアに伝わってくる。
「色々お聞きしたいでしょうが、まずはソドンへお連れします」
そうして手を差し伸べたとき、動いたせいで前髪が落ちて目を覆うとシャアの見知ったシャリアの顔になる。血で汚れていなければもっとそうだったのにと、何があったのか分からないなりに思いを馳せたのだ。
まぁ馳せられたのはそこからシャリアに連れられソドンに戻る間までのことで、ソドンに乗ってからはシャリアには治療を優先させ、シャアは会いに行くのは遠慮し、治療が終わったと報告を受けた頃にはフラナガンに到着しての今。
それからシャアは一度もシャリアに会えていない。
こんな紙に写された女性たちよりも、シャリアに会いたいというのに姿はおろか何をしているのかさえ伝わってこない現状に考えるところが大いにある。
「何故私にシャリア中佐の事は知らされないのだ」
「知ったら動くからでしょう」
自ら見出し、唯一後ろを任せられたシャリアの事を知りたいと思って言葉にすれば、当たり前だと言わんばかりのドレンからの返答。
動くに決まっているではないか。落ち着いてからゆっくりと言葉を交わせばいいと構えていれば、交わすための時間はあるのに交わしたい本人がいない。
シャリアによってソドンへ戻った時に変化した外見について少しでも話していれば、早くに五年の積み重ねについて意識できたろうにと後悔した。
おそらくは会うことを危険視されているのだろう。
自らが起こしたというゼクノヴァの資料と、今回戻って来れたきっかけのゼクノヴァを見て不安がる者は多いはず。しかしサイコミュがあり、一定の条件を満たすことで起きるとされているのだから二人を会わせないようにするのは間違いだ。
そう言えば待機とは言われているが外出するなとは言われていなかった事を思い出し、端末を持って連絡が取れる状態であれば今からでも、とシャアが外に行く為の計画を立て始めると目の前にまた一枚の見合い写真が差し出された。
「大佐にはこちらの続きを見て頂きます」
「ドレン中佐……」
「最後まで目を通す大佐を見届けるように言われています」
ドレンに持っていくよう命じた者への最低限の礼は尽くすべきかという思いと、早々にこんなもの手放してしまいたいという思いが同居すればどうするかは決まるもので。
「全てに目を通したら外出するぞ」
提案でもなく確定事項として話した言葉に対してドレンは何も言わず、了承したのだと理解して見合い写真を受け取り開いた。
「途中を飛ばしたりしないで下さいね」
「……分かっているさ」
女性たちの親は見合いを申し込めるほどの地位を持っているのである。どこの派閥に所属しているかは分からないが家名くらい覚えていれば何かの折に会った時役立つだろう、今まで眺めた女性の家名もとりあえずは覚えていた。
開いては顔と家名を覚え、見終わるとドレンに整理してもらう。
笑い方と顔の角度は統一されている、なんてことを再確認しながら最後の一枚となる。これで終わりだと開いた写真は、マスク越しに見ていたシャアの目を見開かせるには十分だった。
「ご趣味は?」
「趣味と言っていいのか分かりませんがワインを嗜むのは好きです」
見合い写真を見てから十日経った時、そのコロニーのとある高級ホテルでその人物とシャアは会っていた。
流石にこの場にはそぐわないだろうとシャアは軍服ではなく赤いスーツの上下にサングラスという出で立ちで、見慣れない姿にこちらは少し緊張してしまう。
「なるほど、赤ワインと白ワインではどちらが?私も何本か持っている。是非貴方と飲みたいものだ」
「それは嬉しいです。もし良ければ赤ワインをお願いします」
「もちろんだとも、ではこの後どうかな」
「……あのシャア大佐……?遊びすぎでは?」
そしてシャアが次々と言葉をかけてくれるので、嬉しいことではあるが戸惑ってしまい諌めるような言い方をしてしまうと、ますます嬉しそうにしてきた。
「見合いでは定番のやり取りと聞いた。君と出来るとは思わなかったから楽しい」
「そうですか、それは良かったです」
シャアの言葉に嘘はないのが分かってしまうから、見合い相手であるシャリアもまた照れは残るが嬉しくなってしまう。
戻ってきたシャアをフラナガンまで連れてきたまでは良かったが、怪我をし回復したシャリアには次から次へと報告書依頼やら査察任務が回ってきてあまりの量に会いに行く時間すら生まれない。
会わせないようにしているのかと気付いたのは早く、それならば会わなくてはならない理由を作ってやろうと動き始めたのだ。
「それで見合いか」
「えぇ、丁度大佐に見合い話を持っていく話を耳にしたので貴方の手に渡るギリギリのタイミングで滑り込ませ周りが私を弾けないようにしました」
「驚いたよ、証明写真だろう?」
「はい」
写真を好んで撮る性格でないから証明書用のそれを使ってみたが、シャアは笑っているので正解だったと思う。
ニュータイプ同士が会うことを望まない人々は良家の女性たちの中からシャアが突然シャリアを見合い相手として指名したことに驚いたと聞いているし、実際見合い写真のなかになぜ入っているんだと聞かれたが何かの手違いで入ったのではとしらばっくれたのは記憶に新しい。
「手違いではありますがせっかく大佐が指名してくれたのならば、と言ってきました」
「いいな、私は好きだぞ」
「ありがとうございます」
ひとしきり笑って向かい合った二人はドリンクを飲む。時間的には昼間であるのでアルコール類は厳禁であるのに浮ついた気分になっているのは、会えたからだというのが自分でもよく分かる。
しかし困ったことも出来た。
再会した時は話をする余裕がなく、会えない間は話したい事が多すぎるばかりに優先順位をつけていたのに、実際シャアと向き合ってみたら全て頭から抜けてしまっている。
この五年の間に身に付けた話術もどこかに行ってしまったようだ。
「シャリアた、中佐。……どうしても口に馴染んだ方を言ってしまうな」
苦笑いするシャアに笑って返す。
「大丈夫です。大佐にとっては数日程しか経っていないのでしょう?」
フラナガンで行った本人確認の報告書は読ませてもらったからシャアの時間感覚も、ニュータイプ能力に好不調の波があることも分かっていた。
今がどちらの波が強いのか分からないので、シャリアも出来るだけ能力を使うことはしたくなくて言葉を使う。
「大尉呼びでも……いえ、この場ですから名前呼びだけでも構いません」
「ではシャリアと。君も私の事を名前で呼んでくれていいんだぞ」
「それは緊張しますね……シャア、様?」
「っ、もっと砕けてもいいが悪くない」
突然胸に手を当てたシャアを心配し腰を浮かせると、問題ないと手で制止されたのでまた座り直す。
どうしてもシャアに会いたくて無理矢理な方法を取った訳だが、本当に見合い相手を望んで数多の女性から一人を選ぶ可能性だって少なくはなかった。その中でシャリアを選んでくれただけで報われたと感じてしまっている。
そして五年前のように話していたら落ち着いて来たので話したいこともゆっくりと頭に浮かんできていた。
シャアが戻ってきたならば、話してくれていた望む世界のためにシャリアは動く用意と、準備がある。まずはその事を伝えねば。
「シャア様はこの五年間を埋めようとしているとドレン中佐から聞いています」
「待てドレンには会っていたのか?私には会わなかったのに?」
ドレンは書類の受け渡しをしてくれたから会えていたのであって、シャアに会おうとしたならゆどこからともなく仕事が発生していただろう。だから見合い写真も捩じ込ませられたのだ。
「シャア様に会うために手伝ってもらいました」
「……分かった」
と言う割には不服そうなシャアは、それでも聞いた言葉の中からシャリアの言いたい事を察してくれたらしい。
「私がこの五年を埋められたら、やってくれるんだなシャリア」
「はい、情勢が変わったので変更点はあるでしょうが貴方が望むなら」
「ここまで負担を掛けておいてなんだが素晴らしい」
「ありがとうございます」
あの夜シャリアの光で友人となってくれたシャアの助けになれたのなら、これほど嬉しいことは無い。ついていくばかりだった自分に無力感を覚え、どうにかしたいと学び身に付けたことが役に立っている喜び。
「今までシャリアに任せきりだったのだから私も何かしよう」
「そんな」
「したいのだ」
あぁやはり赤い彗星、彼はずっと飛び続ける事が出来る人なのだ。動き続けていないと彼は輝けないのだから、その手助けが出来るのはなんて恵まれた人生になのだろう。
「シャア様、動くのですね。これからのために」
「あぁ、私達のこれからのために」
この時の二人は感応能力を使っていた訳じゃない。シャアは不調の時で、シャリアはそれを気遣い使わないよう徹底的に抑えていた。
だから微妙なニュアンスの違いに気付けなかったのだ。
二ヶ月後、それぞれ左手の薬指にお揃いの指輪を着けた二人を新旧ソドンクルーが囲んで祝っていた。
「……あれ?」
何がどうなってこうなったのかシャリアには理解が出来ない。やはり公的には会わせて貰えなかったので見合いの体を使い、数回ほど会ったがこれについて話していたろうか。
指輪については話していた。シャアがプライベートで着けたいのかと思い、シンプルなデザインがいいとアドバイスしている。
誰を呼ぼうかとは聞かれていた。シャアの帰還祝いを身内でやりたいのだろうと思い、どうせならラシットをはじめとするソドンクルーにも会って欲しくて新旧メンバーを呼ぶことを提案している。
帰還祝いに出したいのだと思いケーキをどうするかも聞かれ、シャアのイメージカラーである赤は使いたいとショートケーキを答えたこともある。
「なるほど」
シャリアが勘違いしていただけで、シャアははじめから結婚について考えていたらしいとここにきてようやく気付いた。
五年前の自分たちは互いに恋愛感情を持っていたが、口にしたことはなかった。艦内でたまにする接触感応で気持ちは伝えていたし受け取っていたからだ。
いなくなってからはシャアの行方を探しながら彼の望みを叶えたくて動いていた時、この感情を外に出さないよう押し殺していたことを思いだす。ちなみにドレンから言わせれば筒抜けだったろうが、シャリアは知らない。
「シャリアは食べないのか?食べさせてやろう」
二人でカットしたケーキは更に小さくカットされて一人分の皿に収まる大きさになっている。そこから一口分にしたケーキをシャリアの口元に持ってきてくれたのはシャアで、とても嬉しそうだ。
そう、シャアが嬉しいのならば何も問題は無い。
「いただきます」
シャアが差し出してくれたケーキを口に迎えた時、一番の歓声が上がったのだった。
終