Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    281289s

    ワンクッションほしいものを置いてます(さほどえっちくはないです)

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 15

    281289s

    ☆quiet follow

    チート💀短編
    ※卒業後、事業家💀と支配人🐙

    💀🐙既刊
    「蛸はエイドスを丸呑みにする」より再録。


    ※紙本(数冊在庫あり)▼
    https://sainome.booth.pm/items/3017970

    「蛸はエイドスを丸呑みにする」「ビルは今、全面封鎖の状態です。皆、外には出ないように。外回りの者には連絡を。足止めしたお客様には、管理システムのテストの影響で、すぐ解除されるので心配ないとお伝えして。それから、至急、全監視カメラの映像の準備を頼みます」
     アズールは的確な指示を出しながらも眉間に皺を刻み、苛立たしげに手袋の上から親指を噛んで、大股で部屋の端から端を、行ったり来たりしていた。
     アズールが人前で表情を崩すことは珍しいが、今回ばかりは致し方ないことだと言えよう。
     イデアとアズールが付き合い始めて、丁度四ヶ月ばかりたった頃。アズールは、忌まわしき学園時代から数えて二度目の、金庫破りの被害にあっていた。
     アズールは、自身の魔法の質との関係もあって、重要な書類は電子化せず、紙媒体として手元に保管していた。電子と違い、物理であれば、接触手段は限られてくる。奪おうとすれば必ず、犯人はその場に姿を現さなければならない。金庫室一帯の魔法を無効化してしまえば、さらに盗み出すことは困難になる。
     下手に電子化してしまうより、現物で管理した方が、逆に安全だとアズールは考えたのだ。そのため、入室可能な人間が限られる自らの執務室の隣に強固なセキュリティの金庫室を構え、管理していた。
     その金庫が今日、あるべき場所から忽然と姿を消してしまったのだ。
     金庫に異常が発生すれば、直ちにアズールの端末に警告が飛び、ビルが封鎖されるシステムだ。犯人は建物内にまだ居るはずだったが、客にトラブルを気づかれる前に、全てを終わらせてしまいたい。アズールは逡巡の後、端末を操作し、通話ボタンを押した。
    「ハ〜イ、盛り上がってまいりました。計算より一分遅め、タイムアタックは成功~! 楽勝っすわ」
    「? テンションが高いですね、イデアさん。もしかしてまた徹夜ですか?」
    「や、ゴメンゴメン。ちょっとアドレナリン出過ぎたかも。……おつかれ。どうかした?」
    「お忙しいところすいません。ちょっとトラブルがありまして、今夜はそちらへの到着が遅れてしまいそうです。明日は大事な日なのに……すいません。で、突然で恐縮なのですが、ちょっと映像のマージをお願いできませんか。そちらの環境でなら、手早く処理できるのではないかと思いまして。もちろん、報酬はお支払いします。明日の予定に響かせないためにも、力を貸していただきたい。具体的には、我が社の監視カメラの映像チェックです。先週の木曜日と今日。そして昨日と今日の比較で、現在時刻までの内、普段は見かけない人物がスタッフフロアを出入りしていないか確認いただけませんか。該当人物が絞り出せたら、追跡して直近の映像を知りたい。データは今から送付しますので、」
     イデアを煩わせたくはないが、建物の封鎖は早急に解きたい。アズールは詳細を抜きにして、具体的な要望と指示だけを口にした。ところが全てを言い終わるより先に、イデアに言葉を遮られてしまう。
    「タイムタイム、おちけつ。本日八時二十三分。君のとこの金庫の警備システムが作動した案件でしょ?」
    「はい。……ん? 何でご存知なんです」
    「システム組んだの僕じゃん。その件ならもう解決済み。犯人はその辺で身動き取れなくなってるはず。あ、通報はしてないよ、モストロの名前に傷がついたら不味そうだし……あとは君の好きにして」
    「待っ……なんですって?」
    「とりま金庫、元に戻しとくね」
     言葉とともに、虚しくもぽっかりと空いていた空間に金庫が現れ、室内はまるで初めから何事もなかったかのように、あるべき姿へと戻っていた。
     アズールは混乱しながらも慌てて中を確認する。幸いにも、書類は一枚の紛失もなさそうだった。まだ状況が掴めず唖然とするアズールの背後から、廊下の奥に、黒い縄のようなものでぐるぐる巻きにされた男が一人転がっていると報告するスタッフの声が聞こえた。

      ◆ ◆

    「イデアさん! 一体どういうことですか」
     エオニオティタビル最上階。アズールは、ノックすらせず飛び込む勢いで、イデアの部屋に押し入った。
    「あれ? 約束の時間には随分早くない? まだ就業時間でしょ」
     イデアの言う通り、時刻はまだ、十三時を少し過ぎたところだ。
    「それより金庫の件ですよ」
    「終わったのでは? 金庫は無事、犯人も捕縛」
    「ええ。全て片付けてきました」
    「良かった。で、何か問題でも?」
    「大有りですよ。あなた一体どんな魔法を使ったんです? 説明していただきましょうか」
     金庫室は、魔法陣と建築材を組み合わせた上結界を施すことで、四元素と精霊の力を遮断した特殊な作りで、一切の魔法が使えない空間のはずだった。それなのにさっきイデアは、転移魔法を使って見せたのだ。
     念のためアズールも魔法を使ってみようとしたが、やはり発動しなかった。さっぱりわけがわからない。
    「フヒッ、その顔。そんなにビックリしなくても。魔法が使えないはずの部屋で、チート彼氏が窮地を救ってくれました! じゃダメなの?」
    「はぐらかさないで下さいよ」
    「は~~。アズール氏ってば、分からないことをそのままにできないっていうか、納得しないと本当ダメだよね。ロマンチストのくせに。あれはね。キュクロプスの兜だよ」
    「きゅくろぷす?」
    「システム名。君に警備システム依頼されたでしょ? 金庫に何かあったら連動して即ビル封鎖ってヤツ」
    「はい。簡単だから任せてって言って下さったので。でも、ちゃんと仕事として依頼しましたよ」
    「そそ。あまりに簡単すぎたというか。だからシステム環境用意した時に、ちょちょっと警備システム弄って。監視カメラ連動の顔認証組みこんどいたんだよ。イレギュラーな人間が入室したら、キュクロプスの兜が発動する仕組み。光の加減とかホログラム使って、あるものをないように見せたり、ないものをあるように見せる。ま、ステルス機能ですな。科学の力だよ」
     なるほど、映像関係にも強いイデアなら、容易く実現できてしまいそうなシステムだ。
    「では犯人が入室した時には、既に金庫は消えて?」
    「うん。代わりに隣と同じ本棚の映像で埋めといた。戸惑ってる段階で捕縛。ご理解いただけました?」
     思いもよらない発想と、それを実現できてしまうイデアの技術力には、舌を巻いてしまう。
    「素晴らしいです! ……と言いたいところですが、なんで僕に黙ってたんです」
    「ん? 言ったよ。請け負った警備周りのシステムやっといたからって。んで、こいつはその『周り』、に含まれてたオプション」
     楽勝っすわ~などと言いながら、ものの一時間ほどで作業を終わらせてしまったため、軽く聞き流していたが、言ったと言われれば確かに聞いてはいた。
     あのイデアが直接金庫室に赴いた時点で、何か手を加えていると思うべきだったのかもしれない。しかし金庫がトリガーになるシステムの構築だ、現場に赴くのも自然なことだと、その時は気にも留めなかった。
    「……あなた、本当そういうところですよ!」
    「彼氏が天才で良かったね。だから電子化しちゃえばって言ってるのに。結局警備を電子管理してたら同じでは? 僕はバックアップ無い方が不安」
     犯人逮捕という大仕事を、人知れずしてみせたというのに、イデアときたらまるで通常運転だ。ゆったりとした黒のスラックスに、襟ぐりの大きな、薄手の黒と青のボーダー長袖シャツ。大きな手を半分以上袖に隠したいわゆる萌え袖姿で、椅子の上に片膝を上げながら、片手間のようにキーボードを操作している。
     アズールはそんなイデアに眉を下げて笑った。
    「……イデアさんって、時々びっくりするほど頼りになりますよね」
    「時々?」
    「ええ。いつもは、守ってさしあげないといけない、僕の可愛い人なので」
     扱いづらく複雑で、少しばかり面倒臭い恋人に、一方的に世話を焼いている気になってしまうことがある。
     しかし、イデアの傍に居るといつも、まるで常に守られているような、不思議な心地にもなる。こうして夜空に浮かぶ月のような金色の瞳を見つめていると、それがただの気の所為ではないように思えてくる。
    「可愛い僕と頼りになる僕、どっちが好き?」
    「っふ、可愛いって自分で言っちゃうんですね。それはもちろん。どちらも僕のものでしょう?」
     アズールは、イデアが座る椅子の肘置きに両の手を置くと、そのままくるりと回転させて、己の方に向かせた。そしてその座面に片膝を乗せて、イデアの頬に触れ、挑発的な笑みを浮かべながら、金色の瞳を覗き込む。イデアは優しく笑うと、右手をアズールの腰に回して、抱き寄せるようにその身を支えた。
    「相変わらずの欲張り人魚さんですなぁ」
    「ふふ。……あ、そういえばイデアさん、犯人捕まえる時、もしかして頭殴ったりしました?」
    「うん? なんで?」
    「彼、記憶を無くしてたんですよ。というか、僕のことを忘れてて……、何故あそこにいたのかすら覚えてなかったんです。優秀なエンジニアだったのに」
    「そうなの? ……自動投網使ったから、転倒して頭打っちゃったかな? 改善の余地ありですなぁ」
    「……確かに、魔法が発動しないのですから、イデアさんがあの部屋に来れるはずありませんでした。炎の海を見たって言ってたから、すっかりあなたのことかと思い込んでしまって」
    「……頭打った時に飛び出た星を、炎に見間違えでもしたのでは? ……ていうか。そんなに親しかったんだ」
    「ええ、まぁ、そうですね。外部の人間の犯行かと思ったんですが、実は関係者だったんですよ。新しくプログラムやシステムを配備する事を考えてまして、最近採用したスタッフで。イデアさんはもう、卒業した後だったから知らないでしょうけど、元イグニハイドの子で。凄く優秀で……そうですね、引きこもりっぽい所とか、ちょっとあなたに似ていたかも。あなたにもそのうち紹介したいと思ってたんですが、こんな事になって残念だ。……慕われていると思っていたんですがね……。金庫の管理システムの話をしたら随分食いついてきてましたから、もしかしたら産業スパイで、初めから金庫が狙いだったのかもしれません」
    「ふーん。……それってさぁ、このシステム恋人に作ってもらったんですよってドヤったりした?」
    「なっ、まさか! ですがまぁ、あなたに作ってもらった話はしましたよ。あなたの大先輩の、イグニハイドのOBの方の仕事なんですよって」
    「……そんな顔して言ったなら、言ったも当然なんだよなぁ」
    「何です?」
    「別に。僕みたいなタイプは、割と個人主義で無駄にライバル心燃やしちゃうとこあるからさ。もしかしたらシステム破ってドヤって、君に認めてもらいたかっただけかもよ。初恋キラーの猫被り寮長殿」
    「ははっ! なんですそれ。何の意味もない上リスクが大きすぎる。まぁ、金庫が無事だったので、構いませんよ。流石に懲戒解雇にしましたが、警察には届けませんでした、慈悲の心で。管理不十分だった僕にも責任はありますしね。もう会うこともないでしょう」
    「……まぁ、確かに責任はあるかもね。ログに残った時間、気づいた? 八二三。凄く中途半端な時間だ」
    「? ああ……システムが作動したのが丁度八時二十三分だったんですよね? 本店の客層が通勤客でなくて助かりましたよ。全く、朝の忙しい時間に……」
    「……まぁ、気づかないよね、普通」
    「え?」
    「やっぱりさぁ、結婚してないってわざわざ公表したの、悪手だったと思うよ、絶対」
     アズールはイデアと付き合い始めるにあたって、既婚者という誤解を解いて回ってしまったのだ。そこは流石の口八丁で、うまい具合に濁したせいで、人によっては自分が勘違いしていたようだと罪悪感をくすぐり、はたまた最近離婚したらしいと哀れみを誘い、とにかく有利に運んで、本人の評判を落とす事なく済ませたようだが、イデアとの付き合いを知る人間はごく一部に限られている。そのため、明らかに言いよる人間が増えてしまったことに、アズール本人は気づいていない。
    「何です?」
     ぼそぼそと唇を尖らせて不満を口にするイデアの言葉は、小さすぎてアズールの耳には届かなかった。
    「……いや、君がそれでいいなら良いけど。これはあれですな、システム関係はもう諦めて、業界随一のエオニオティタ社に一任する方向で要ご検討」
    「僕はあくまであなたの力になりたいのであって、甘えてしまうのは本意ではないんですよ。あなた、すぐ身内価格ってサービスしちゃうでしょう。今回のシステムだって報酬外だったわけじゃないですか」
    「フヒヒッ、まぁまぁ。……それより、本社、戻らなくて良いの?」
    「ええ。大事なスタッフに裏切られた傷心を慰めていただきに来たんです。それに明日はほら。……指輪をいただける約束でしょう?」
     言いながら、アズールはイデアの左手を恭しく掬い上げて、ちゅっと唇を押し当てた。
    「仕事の邪魔はしませんよ、良い子に待ってますから。ランチを持ってきましたので、後で一緒に、……ん」
     イデアは答える代わりに、下から掬い上げるようにアズールの唇を啄んだ。
    「……イデアさん、仕事は」
    「ウン? 僕の仕事は、傷心の恋人を慰めることなんでしょ?」
    「……ふふ」
     アズールは嬉しげにイデアの唇を啄み返し、甘えるようにその首の後ろに両腕を回した。

      ◆ ◆

     心地良さそうに眠るアズールの頬を、指の甲で辿る。
    イデアは、この時間が何よりも好きだった。アズールの安心し切った寝顔と寝息に、安堵と幸福感で胸が満たされていく。イデアが愛しい恋人の寝顔を飽きることなく眺めていると、隣の作業部屋から、微かな呼び出し音が響いた。
     イデアはそっとベッドを抜け出して、端末の通話ボタンを押した。昼間から戯れていたため、時刻は夜中というにはまだ早い、二十時になったばかりだった。
     ディスプレイに映し出されたのは、イデアの弟、オルト・シュラウドの姿だ。
    「兄さん! 椅子を使ったなら、部屋の鍵ちゃんと閉めておいてくれなくちゃ。誰かが間違えて座っちゃったら、危ないでしょ。いきなり帰ってきたと思ったら、すぐ居なくなっちゃうんだもん。それでお友達は、嫌なこと忘れられた? 用事は無事に済んだの?」
    「あぁ、ゴメン。急いでたから」
    「大丈夫、ちゃんと鍵はかけておいたから。それにしても兄さん、アズールさんの部屋には直接遊びに通ってるだなんて、本当に二人は仲良しなんだね。お友達も増えたみたいで嬉しいな。今度そっちに行った時は、僕もアズールさんのお仕事してる所見てみたい!」
    「うん、ただしその時は正面玄関から入ろう」
    「ふふっ、うん。あっ、それからね、兄さん。本題なんだけど、忘れ物! 用意しておいたのに、持って帰るの忘れてたでしょ。どうしても明日必要なんだって言ってたのに。転送しておいたから、確認してね」
     召喚術に長けているイデアは、離れた実家と自室の間で物品のやりとりができるよう、召喚術と魔導工学を駆使した転送用の陣を組んでいる。オルトの言葉通り、作業場の片隅で、魔法陣が仄かな光を放っていた。
     薄暗い部屋の中で魔力の残滓は青白い炎のようで、イデアとオルトの髪色、或いは、今、ディスプレイのオルトの背後に映し出されている、冥界の川の色によく似ていた。
    「あぁ、ありがとう。さすが僕の弟。助かるよ。いまからイッヌの散歩? 気をつけてね」
    「うん! それじゃあ、兄さんも頑張って! アズールさんにも、よろしくね」
     イデアは通話を切ると、魔法陣へ足を向けた。
     そこにあったのは、正方形の黒い箱だった。蓋の上にはシュラウド家の家紋が刻印されて物々しい。まるで骨壷のように不穏な箱の蓋をゆっくりと開けると、中には、血のような赤い色があった。熟れ切って裂けた切れ目から、きらきらと真っ赤な宝石のような種をぎっしり覗かせる、大きな柘榴の実がひとつ。まるで宝石のように、漆黒のピローの上に鎮座していた。
     明日は、イデアとアズールが付き合い始めて、丁度四ヶ月にあたる日だった。ゲームヲタクという意味で、誕生日やイベントごとは、案外マメに押さえるイデアだったが、流石に、お付き合い○日記念など何かにつけ細かく祝って馬鹿騒ぎする、陽キャのような文化は持ち合わせていない。
     けれど、明日は特別な日だった。四ヶ月は、イデアにとって特別な数字だったからだ。
     冥界の王に縁深いシュラウド家では、王が花嫁を縛ることが出来たのは四ヶ月間だけだったことに起因して、古くから、四ヶ月が、えにしの切れ目、大きな節目であるとされてきた。元来迷信は信じないタイプのイデアだったが、それでも、この縁が途切れてしまわないようにと、アズールへの指輪のプレゼントを、わざと四ヶ月目の日に合わせて完成させた。最も、アズールには、ただ指輪が完成したから渡したいとしか伝えていないのだが。
     イデアは指輪を入れた乳白色のリングケースと、オルトから送られてきた黒い箱を、テーブルの上に二つ並べて、そしてその前で膝を抱えながら、爪を囓りつつ、じっと箱を睨め付けていた。 
     指輪は、もちろん渡すつもりだ。けれど、指輪を贈る本当の意味を、口にするかには迷いがあった。今ならまだ、ブカブカの指輪の代替えに、先日の非道のお詫びだという言い訳が成り立つ。
     これからもずっと傍にいて欲しい。アズールの未来が欲しい。アズールが楽しい時、嬉しい時、悲しい時ですら、その隣に立つのは自分でありたい。
     けれどその願望は、今の関係のままでも、可能なのではないか。いくら今の自分がシュラウドの因習の枠から少し外れることに成功したと言っても、その体質は基本的には変わらない。自分はどう足掻いても、シュラウドであり続ける。それは己の欲が暴走しそうになる時ほど、痛感させられることだった。
     逃れたくて逃れられないこの場所に、アズールを引きずり落としてしまっても良いのか。ただ、自分の幸福のために? そもそも、アズールの返事がイエスとは限らない。もしノーと言われたら?
     柘榴は、シュラウドにとって、求婚の際には欠かせない特別なものだ。と言っても、単に好きな子へのさりげない求婚アピールに用いるなどと言った、可愛らしいものでも、形式的なものでもない。かつて冥界の王が用いた、それを口にした時点で、強制的に眷属契約が結ばれるという、呪いに近い特殊な代物だ。
     早々に柘榴の手配を済ませていたにも関わらず、そのうち取りに行くからと濁して受け取りを保留にしてきた理由は、そこにあった。
     シュラウドの因習を嫌い、違う形を模索して今に至る己が、ただ己の欲のためにこれを用いるのは、卑怯と言うものだ。けれど結局は今、目の前にある。自分は、どう足掻いてもシュラウドなのだ。どんな手段を使ってでも、アズールを己の傍らに繋ぎ止めておきたいと言う欲求を、抑えきることができない。
     今日の出来事で実感したことは、このふわふわとした頼りない幸福に、耐えられそうにないと言うことだ。幸福だと思えば思うほど、失うことが怖くなる。それらを少しでも脅かすものが、許せなくなってしまう。確約が欲しい。縛り付けてしまえるものが欲しい。それが例え、呪いであっても。
     ――何者にも囚われず、未来に邁進するアズールが好きなのに?
    「本当今日は最悪だったけど、忘却の椅子、使い方を工夫すれば、特定の時間までの記憶を消去できるって分かったのは、収穫だったな」
     イデアは昏い瞳で呟きながら、闇よりも深く黒い箱を、じっと見つめ続けていた。

      ◆ ◆

    「キャ――」
     結局イデアが寝付けたのは、空が白み始める頃だった。目覚めると、隣にアズールの姿がない。
     慌てて飛び起きたイデアは、アズールが、ソファに座っている後ろ姿を発見し、安堵に胸をなで下ろした。そして、「あ、イデアさん、おはようございます。遅かったですね」などと言いながら振り返ったその姿に、乙女のような悲鳴をあげてしまった。
     ぶかぶかの、イデアのボーダーシャツ一枚を上に着ただけのあられもない格好で、生足を晒したままお気に入りのソファの上であぐらをかいていたアズールは、なんと、口いっぱいに、柘榴の実を頬張っていたのだ。 影になって見えなかった卓上には、物々しい黒い箱の蓋が開かれ、だと言うのに、当のアズールは、ほっぺたをムクムクに膨らませたハムスターかリスのような様相でイデアを見上げていた。
     珍しく、服の袖を捲りあげているから、おかしいとは思ったのだ。事の重大さと見た目のギャップに混乱しながら、イデアは慌ててアズールの背中を叩いた。
    「ぺっして! 吐き出して! 待って、どれだけ飲み込んだの」
     卓上に残っている外側の殻は空っぽで、アズールが手に持つ粒も残り僅かしかない。
    「グフッ、落ち着いてください、イデアさん。むせます。これ種は出してもいいですよね?」
    「あ、ウン、種はどっちでも……ってこれが落ち着いていられるか」
    「おや、だってこれ、僕に用意して下さったものなのでしょう?」
    「そ、それは、」
     そうだ。確かに、アズールに、この縛めをと願った。けれど、昨夜悩みに悩んだその果てに、理性でもって、引き出しの奥深くへと、しまい込んでおいた筈なのだ。
    「なんで、」
    「何故って。あなた昨夜、リングケースと一緒に並べて、死にそうな顔して眺めてたでしょう」
    「起きてたの」
    「あなたをそんな顔にさせるものは、僕が丸呑みにしてやろうかと思いまして」
     丸呑みにしたと言われてしまえば確かに、アズールは、イデアの渇望と、誘惑と、罪悪感と、切望と、葛藤と……、昏い感情に纏わるその全てを、丸呑みにして、無くしてしまったと言っても良かった。
    「……なんて、馬鹿なこと……。これ、普通の柘榴じゃないんだって。こんな箱に入ってたら、ヤバいもんだって気づくでしょ。普通、食べるかなぁ」
    「おや。あなたが僕のために用意したものが、僕を害する筈がないじゃないですか」
     屈託なく笑ったアズールに、イデアは息を呑んで表情を強ばらせた。アズールの信頼を、裏切ってしまったと感じたからだ。
    「違う、違うんだ。ごめん、それは、君を縛りつけるものだ、君の未来を奪うものだ。君に、害を成すものだよ、アズール。ごめん、ごめんね、僕は、僕が、誘惑に負けて手元に、」
     言い募ろうとしたイデアの唇を、アズールが揃えた指で塞いだ。
    「ほら、馬鹿なこと考えてたのはあなたじゃないですか。いい加減気づいて頂きたいんですが、あなたの思う害は、僕にとってちっとも害ではないんですよ。僕が本当に、何にもわかってないと思ってます? 実のところ、あなたの理解者としては、一、二を争う男だと自負してるんですが。あなたはいつも未来を諦めて、約束をしようとはしなかった。そんなあなたが僕のために、未来や約束を考えた。凄いことなんですよ!」
     強張った表情のイデアに、アズールが笑ってみせる。
    「大丈夫です。僕にとって、未来も、約束も、力になるものだから。だからそんな顔しないで。怖がらないで、安心して下さい。僕がついていますから。僕は分かってて、自分の意思で、これを食べたんですから」
     それはかつて、ゲームを始める時にアズールがして見せた、これから始まる最高の時間に、わくわくと胸を躍らせる、未来を感じさせる、心からの笑顔だった。
    「ほ、本当に……? ちゃんと、意味、わかって言ってるの……?」
     未だに眉根を寄せたままのイデアに、アズールはコトリと卓上に何かを置いてみせた。イデアは、手のひらサイズの見慣れたそれが、リングケースだとすぐに気づいた。しかしその小箱は、イデアが用意していた乳白色のものとは異なる、青い色をしていた。
     パコ、と乾いた音をたてて開けられた中から現れたのは、アズールがつけるには少し大きいサイズの、プラチナの指輪だった。細身ではあるが、青い石に蛸が絡みつくような、凝ったデザインが施されている。
    「え? ……ハ??」
     今日はあくまで、イデアが先日の詫びにとアズールに指輪を渡す日であって、その指輪も名目としては他意のないもので、少なくともイデアが指輪を受け取る話など、一切出てはいなかった。
     真意を測りかね、困惑するイデアに、アズールは愉快そうに笑って言った。
    「まったく、危うく先を越されてしまう所でしたよ!それで、どうします? ぼくから先で良いですか? それとも、一斉の、で同時といきますか? お付き合いの記念日に合わせるだなんて、あなたにしては随分洒落たセッティングだと思ったのに、まさかお互いこんな格好で、プロポーズする羽目になるなんて、思いもしませんでしたよ!」
     イデアは、アズールの心底楽しそうな、幸せそうな笑顔に眩しく目を細めて、そして、泣き笑いのような顔でつられて笑い、アズールを強く抱きしめた。言葉で応えるより先に、その唇に唇を重ねる。

    『――僕と、結婚してください』

     口づけは、甘酸っぱく優しい、柘榴の香りがした。

    ~Fin~
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💒💖💖❤❤👏👏👏👏☺🙏👏👏👏👏👏💞💞💞💖💯💯💯💯💒💒💒💒👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    281289s

    PASTチート💀短編
    ※卒業後、事業家💀と支配人🐙

    💀🐙既刊
    「蛸はエイドスを丸呑みにする」より再録。


    ※紙本(数冊在庫あり)▼
    https://sainome.booth.pm/items/3017970
    「蛸はエイドスを丸呑みにする」「ビルは今、全面封鎖の状態です。皆、外には出ないように。外回りの者には連絡を。足止めしたお客様には、管理システムのテストの影響で、すぐ解除されるので心配ないとお伝えして。それから、至急、全監視カメラの映像の準備を頼みます」
     アズールは的確な指示を出しながらも眉間に皺を刻み、苛立たしげに手袋の上から親指を噛んで、大股で部屋の端から端を、行ったり来たりしていた。
     アズールが人前で表情を崩すことは珍しいが、今回ばかりは致し方ないことだと言えよう。
     イデアとアズールが付き合い始めて、丁度四ヶ月ばかりたった頃。アズールは、忌まわしき学園時代から数えて二度目の、金庫破りの被害にあっていた。
     アズールは、自身の魔法の質との関係もあって、重要な書類は電子化せず、紙媒体として手元に保管していた。電子と違い、物理であれば、接触手段は限られてくる。奪おうとすれば必ず、犯人はその場に姿を現さなければならない。金庫室一帯の魔法を無効化してしまえば、さらに盗み出すことは困難になる。
    10231

    281289s

    PROGRESSお互い大好きなのに、片思いと思い込んだまま事故るイデアズ
    ②https://poipiku.com/595058/8494495.html

    ※煽り愛
    ※切ないすれ違いのえっちからウルトラハッピーエンド
    ※R18になる
    ※お互い思惑があり相手を出し抜こうとする
    ※更新目安4~5000前後
    ※💀視点が終わるくらいまでを掲載予定
    (■序💀→🐙視点)
    ※完成できそうならまとめて本に
    Good luck 1 どうして、こんなことになっちゃったんだっけ?



     聡明なはずのイデアの頭脳は今、機能を停止していた。
     ベッドの上で、大好きな子が、自分の腕の中に収まっている。
     いや、実際は、そんな風に甘く色めいた表現がゆるされる状況ではなかった。
     イデアの左手はアズールの手首を掴み、右手はその肩を押さえ込んで、膝は細い腰を跨ぎ、その身体をベッドに縫い付けている。
     皆が寝静まった、夜中の0時過ぎ。オクタヴィネル寮内のアズールの部屋で、イデアは、アズールを強引に押し倒し、その身体をベッドに組み敷いていた。
     部屋の灯りは、窓から差し込む海水越しの、仄かな月明かりだけ。
     ゆらゆらと頼りなく淡い光ではあったが、イデアからはアズールの姿が良く見えた。いつもかけている銀縁の眼鏡を、外しているせいもあるかもしれない。息を呑み、驚愕に瞳を見開きながら、こちらを見上げているアズールの表情が、はっきりと見えた。
    4262