Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    281289s

    ワンクッションほしいものを置いてます(さほどえっちくはないです)

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 15

    281289s

    ☆quiet follow

    モブ視点💀🐙再録
    「君は夢を掴み取る黎明の光」

    ※サイコロが主人公です
    (イデアズモブ視点アンソロ「Eyewitness report」様への寄稿作)

    君は夢を掴み取る黎明の光 オレの名前は、栄光を掴み取る青き閃光・蒼星(ソウセイ)。
     身体は一センチ角ほどの青い六面体で、磨き上げられた艶やかな面には、それぞれ一つから六つのドットが白く刻まれている。

     魔法石を核に、ひと工程ごと手間をかけて手作りされた、至高のサイコロ、それがこのオレだ。
     青はドットの視認性を高めるほど深く濃いが、それでいてよく見れば透明でもあり、光に透かせばこの小さな体に宿る闘志、何よりイデアの髪に良く似た、青い煌めきを灯してみせる。八つある角は不均等に削れることがないよう、予め僅かに面取りされており、絶妙な丸みを帯びたフォルムは、鋭さだけでなく親しみやすさを感じさせることだろう。公式大会や賭け事にも使用できる精密さも兼ね備え、色、大きさ、重さ、耐久性、手触りに至るまで、まさに、完璧。

     オレは栄光を掴み取る青き閃光。その名の通り、流星の如く蒼く煌めきながら卓上に踊り、勝利と栄光を掴み取る、六面ダイスである。

     些か厨二病臭くはあるが、オレはこの名前を気に入っている。何故なら今から数年前、オレの相棒であり創造主でもあるイデアが、試行錯誤と幾度かの失敗の末にオレを完成させたその瞬間、勢いで、しかし心からそう願って、名付けてくれた名前だからだ。

     イデアは、人間に作れないものは無いと思っている。そして、自らも何かを作ることが好きだ。
     イデアが弟のオルトと共にボードゲームを楽しむようになった時、マイサイコロとして制作されたのが、このオレだった。数多の苦労と試行錯誤の末、当時のイデアの最高傑作として、このオレが生まれたのだ。
     長年使い込んだ愛着のある品に魂が宿る話は有名だが、作り手の執念が籠もった品には魂が宿るという話も聞いたことがあるだろう。オレはその複合タイプである。
     ただのモノが意思を持ち得るには、普通、何百年といった長い年月を要するものだ。しかし、サイコロというものは、古くから人生や運命のお守りとして、災難避けなどに用いられてきた。つまり、元々マジックアイテムとしての特性を持ち合わせているのだ。その上、オレの身体は魔法石を核にして作られていた。
     当時のイデアにその意図があったかどうかはわからないが、新しい冒険に胸を躍らせながら、心を込めて作り上げたオレには、結果として、存分にイデアの魔力がこめられたのである。さらに、人がサイコロを振る時というのは、強く念じ思いを込めるものだ。毎日のように盤上でさまざまな試練を共に乗り越えることによって、オレとイデアとの絆は深まり、結果、オレはこうして物事を思考しうる、精霊じみた存在となり得たのである。

     思考できるとはいっても、イデアと意思の疎通が出来るわけではなかった。あるのはオレの一方的なツッコミのみだ。それでもオレは、イデアの一番の理解者であると自負していた。イデアの考えていることならなんでもわかる。その証拠に、オレ達の考え出す戦略はいつだって同じだった。
     きらきらと照明の光にオレを透かしながら、栄光を掴み取る閃光と叫んだ幼い日のイデアの、自分にできないことは何も無いと言わんばかりの達成感と自信と喜び、そして希望と期待に満ちた金色の瞳を、オレは今でもよく覚えている。あの輝きを守ることが、オレの全てだと言っても過言ではない。
     しかし最近では、イデアがオレを蒼星と呼ぶことは少なくなっていた。六面ダイス一号。サイコロ一号。なんの捻りもない、そのまんまの名称である。イデアに言わせれば、「厨二病、若気の至り、開発ハイにしたって恥ずかしすぎですわ。青じゃなくて蒼使う辺り、難しい漢字辞書で調べました感、ツッラ! 勢いで名前つけると、本当ろくな事ない」と言うことらしいが、本当はそうではないことを、オレは知っている。
     イデアはいつからか、輝かしき栄光……夢や未来といった類いの話を、しなくなってしまった。未来を諦めてしまったらしいのだ。
     しかし、だからこそか逆に、イデアはより一層ゲームの世界にのめり込むようになった。架空の世界であれば、イデアは勝利と栄光を、欲しいモノを、諦めることはなかった。イデアの瞳は、ゲームをしている時だけは、幼かったあの頃と同じ、ワクワクと楽しげな色とあの煌めきを宿して、未来を、目の前の栄光を、掴み取ろうと輝いた。
     だからオレは、イデアがオレを握りしめるたび、全力でその期待に応え続けてきたのである。

     しかし。

     今オレは、サイコロ生最大の危機に瀕していた。
     なんと、イデアが新しいサイコロを製作したからである!

     イデアが科学や魔法工学に夢中になり、遊びがボードゲームから電子ゲームに取って代わられた時には、一抹の寂しさと危機感を覚えたものだったが、それでもここまで絶望的ではなかった。
     そもそもその危機も、NRCに入ったイデアがボードゲーム部に所属したことにより、今ではすっかり脱していた。特に最近は、新しく入ってきた一つ年下の新入部員が、イデアと良い勝負をしてくれるお陰で、放課後は熱い時間を過ごすのが定番となっているほどだ。
     サイコロは紛失しやすいこともあってか、最近はスマートフォンやタブレットのダイスアプリで代用する部員も少なくない。
     だからこそ、魔導工学に熱をあげ、アプリに至っては自らが開発するほどのイデアが、ダイスアプリではなくこのオレを握りしめてゲームに挑む誇らしさと言ったら、言葉にし尽くせない。オレ達は長い間、最高のバディだったはずなのだ。

     それなのに。

     イデアは実に数年ぶりに、新しいサイコロを製作したのだ。オレを型取りし、オレの造形をベースにして。
     確かにイデアは、常に最先端を追求する、研究者の鑑のような男だ。その場に立ち止まらず、常により良い形を追い求め、研鑽し、高みを目指す。その姿は、流石オレの相棒、勤勉な精神に基づくイグニハイド寮長を務めるだけのことはあるといったところだ。
     嗚呼、けれどまさかそれが、たかがサイコロひとつにまで発揮されてしまうとは。

     初めに作られたのは、青く透き通ったイデアと同じ髪色の、言うなればオレそっくりの、青いサイコロだった。
     しかし何が気に入らなかったのか、作り込む前の段階で没。ダストボックスにぶち込まれた哀れなソイツに、魔力が宿ることもなかった。
     オレに良く似たサイコロが、ゴミ箱に消えていく様をみた時は、無いはずの玉がヒュンとしたものだ。
     イデアはオレを作った時と同じように、試行錯誤を繰り返しながら、しかしオレを創り上げた時よりも更に入念に、何日もの時をかけて、丁寧に丁寧に新しいサイコロを作り上げた。

     ソレが今、イデアの机の上に仰々しく敷かれた乳白色の絹布の上に、チョコンと鎮座している。
     完成したソイツは、控えめに言っても堪らなく美しかった。色はブルーをベースにしてはいるが、うっすらと赤みも宿した上品な薄紫色で、二つの色を織り交ぜた絶妙な色味の身の内には、金砂だろうか、キラキラと輝く金色の光が閉じ込められていた。素材はオレと同じく魔法石が使われているようだが、その技術のいずれも、オレを作った頃には無かったものだ。
     落ち着いた優しい色合いは、角度によって異なるグラデーションを見せる。その柔らかな色の変化には、思わず何度も転がしたくなるような、不思議な魅力があった。その美しさはまるで夕暮れの空、或いはそれを映し出す水面のようだった。
     何より、金色の煌めきは、水面か星空にも似て、在りし日のイデアの、あの瞳の輝きを思い出させる。
     なんとかケチをつけてやりたかったが、文句の付け所が無いほど美しい。オレよりもずっと精巧で、洗練されていて、完成度が高いのは火を見るより明らかだった。
     幼かったイデアも、今では魔導工学の天才として名を馳せる。元々器用だった手先は一層の修練を重ね、その手に作り上げられた道具は、目玉が飛び出るほどの高値がつく。そのイデアが、改めて、今持ちうる技術の全てを注ぎこんで作ったものなのだから、素晴らしくないはずがなかった。
     何より、完成の瞬間、イデアは言ったのだ。
    「夢を掴み取る黎明の光、煌星(キラボシ)!」
     夢も、未来も、久しく口にしてこなかったイデアが、照明にソイツを翳し、眩しげに瞳をすがめながら、そう言ったのだ。それは、何処かで見た表情だった。

     その瞬間からだ。

     オレの中に、なんだか形容し難い、掴みどころのない、モヤモヤとした奇妙な違和感が生まれたのは。

     怒りではない。嫉妬とも違う気がする。その表情はオレだけのものだったはずだろう、という思いもありながら、なんだか少し違うもののような、むしろ最近何度か見たことのある表情のような気もして、でも思い出せなくて。懐かしい思いと、今でもそんな表情が出来るのだなという嬉しさもあって、それでいて悔しさや寂しさも有る気がして、なんだかぐちゃぐちゃして自分でもハッキリしない。まさに、「モヤモヤ」としか形容のしようがない、正体不明の数多のソレ。
     オレ達サイコロは、必ずひとつの出目を示す。つまりは、中途半端さや曖昧さ、不明瞭さといったモヤモヤの類いは、もはや生態レベルで生理的にうけつけないのだ。さらに不幸なことに、受け付けないからこそ、余計にモヤモヤしてしまう。
     オレはモヤモヤした気持ちのまま、憮然と目を据わらせていた。
     まだまだオレは現役だ。耐久性に拘って作ったのは、他ならぬイデアのはずだ。控えめに言って、あと百年は戦える。それなのにイデアは、オレをお払い箱するつもりなのだ。何故わかるのかって? イデアは、「お気に入り」の「ひとつ」を愛用するタイプだからである。
     なんてことだ。まだその手が小さく柔らかだった頃から、細く長く伸びやかになり、骨張って、指先だけでオレを繰れるようになった現在に至るまでの、その成長をまさに肌で感じながら、共に戦ってきた仲だというのに。
     イデアからすれば、オレを型に取って作り上げたものなのだから、単なるバージョンアップ、ニュータイプオレと言ったところなのだろうが、オレはオレという意識体を移動させるなんて芸当はできないし、そいつとオレは完全に別物だ。
     実際、生まれたてのそいつは、丁寧に作り上げられた繊細な作りのせいか、オレのような少年らしさ、言うなればゲーマー魂よりも、どこかインテリっぽいというか、お上品でお高い、飾り物のような印象を受けた。かろうじてケチをつけるならそこだ。なんだかイデアに似合わない。
     今だって、大切そうに白い絹布に包まれ、卓上に鎮座しているその姿は、薄暗く黒と青で統一されたイデアの部屋には、不釣り合いで浮いて見えた。眩く輝かしいと言えなくもないが、部屋に合っているとは言い難い。
     対してオレは、机の脇の、ソイツのいる場所からは一段低い棚の上、無造作に置かれた、狭苦しい、道具入れ代わりの菓子箱の中にいる。
     みよ、この乱雑さ。しかし愛用品でいっぱいの、まさに宝箱。これこそが、イデアの持ち物の在り方ではないか。
     そう思いながらも、頭上にチラリと見える絹布と紫の光を見つめるオレの目は、恨みがましく睨め付けるようなものになってしまった。
     オレは使い古しの菓子箱の中に、クリップやら他の文具と一緒にごちゃ混ぜに放り込まれているというのに、この扱いの差はなんなのだ。そもそも絹布なんて洒落たもの、オレは触れたこともない。
     いやいやオレだって、作られたばかりの当初は、ふかふかのクッションにパカっと蓋をあける、いわゆるジュエリーケースの中に、大切に入れられていたりしたのだ。絹布ではなく、子供のおもちゃのポリ塩化ビニール、お菓子についていたオマケの流用品ではあったが。

     その時だ。


    「初めまして蒼星兄さん。僕は、夢を掴み取る、煌星です」
     突然話しかけられて、オレは飛び上がった。イデア風に言えば、「シャベッタァア!」ってやつである。
     驚いたのには理由がある。生まれたてで意思の疎通が出来るなんて、普通ではあり得ない事だからだ。このオレですら、完成当時はまだフンワリした存在で、思考を言語化できるようになったのは、イデアに幾らか使い込まれた後のことだった。
     それだけ桁違いの魔力が、つまり強い拘りと思い入れが、コイツには込められているということになる。確かに、幼少期との魔力差を計算に入れても、コイツから感じるイデアの魔力は、オレを大きく上回っていた。またもや、モヤモヤした気分が膨らんだ気がする。
    「オレはお前の兄貴じゃない。オレの弟は、『何処へでも行ける自由なる蒼き翼・蒼翼』だけだ」
     そう。イデアはオレを作った時、同じ魔法石からオルトにもサイコロを作ってやった。蒼翼はイデアの手を離れてしまったため、オレのように言葉を繰ることはできなかったが、それでも、同じ魔力を宿す大切な弟分で、喜んでいるか哀しんでいるかくらいはほんのりと伝わってくる、オレに並ぶ特別なサイコロだった。
     同じ作り主が、同じ型で制作したのだから、確かにコイツもオレの兄弟に違いないと言える。まして言葉を繰れるという点では、より一層オレに近い存在かもしれない。それでもオレはモヤモヤに引きずられて、咄嗟に突き放した物言いをしてしまった。
    「そうですか。では先輩。色々、お話を聞かせてくださいませんか」

     センパイ。

     それは、イデアが二年生になったここ最近、耳にするようになったフレーズだった。しかし直接自分に向けられると、なんだかむず痒いような、落ち着かない気持ちになる。自分が少し偉くなったような、自分の功績を認められているような。蒼翼が完成した日、兄として気を引き締めねばと奮起した時とはまた違う、照れくさいような、不思議な心地だった。
     そういえば、イデアが初めてアズールにセンパイと呼ばれたあの日も、無駄にイジイジとイデアに指先で捏ねくり回された気がする。なるほど、イデアもあの時、こんな気持ちだったのかもしれない。
    「センパイはやめろ」
    「あなたはイデアさんと多くの勝利を勝ち取ってこられた。だからあなたの型から僕を作ったのだと、イデアさんも言ってました。僕にとっては大先輩です。是非、あなたにお話を聞かせていただきたいんです」
     それはお世辞やおべっかではなく、小さな子どもが冒険譚をせがむような響きを持っていた。
    「いいからセンパイはやめろ。蒼星で良い」
    「では、蒼星さん」
     オレの名を呼ぶ声が、急に近づいたなと思った瞬間だった。唐突にオレの身体に強い衝撃が走った。
     なんと、ソイツが空から降ってきたのである!
     特別にあしらえられた絹布のベットの隙間からころころと転がり出て、机の上から一段下の棚の上、つまりオレの入っている菓子箱の中へと落ちてきたのだ。
    「イッテ!」
    「やっった! ……失礼。イメージトレーニング通り、うまくいきました」
    「冗談だろ。お前動けるのか」
    「流石に自在な出目のコントロールまではできませんが、転がりたい方向に少し転がるくらいなら、気合いで何とか」
    「気合いて」
     信じられない、どれだけ魔力が込められているんだ。オレだって、遠心力を利用し外部からの力を借りた上で、あと一手、多めに転がるくらいならできなくはないが、コイツはその域を超えている。
     オレは動揺しながらも、慌てて煌星の体をチェックした。あれだけ手間をかけてやっと完成したモノが、使う前から壊れてしまったとなれば、イデアが哀しむ。

    「お前、ヒビ入ったりしてないだろうな。何のためにわざわざ、ご大層な布に包まれてたと思ってるんだ」
     間近で見る煌星はやはり美しく、何故か良い匂いまでする気がした。
    「心配してくださるんですか? てっきり嫌われているのかと思っていましたが」
     オレは驚いて硬直してしまった。身の内に燻っていたモヤモヤを、見透かされた気がしたからだ。
     言葉にされて初めて自覚したが、確かにオレの中には、こいつさえ居なければと疎ましく思う気持ちがあった。しかし、嫌っているかと言われればそういうわけではない。かといって、疎ましいだけでもない気がする。
     やはり、判然としない。
     モヤモヤの形が見えかけたかと一瞬思ったが、結局スッキリとは晴れてくれなかった。
    「ずっと睨まれていたのだと」
     正解だ。なかなかの観察眼と洞察力である。場の異変を察知し、正しく判断を下す聡さは、勝負の場では重要だ。どうやらコイツは馬鹿ではないらしい。
    「でも、なるほど。勘違いということはつまり剣呑さは蒼星さんの自前の気迫、人間風に言うと、目つきが悪いってやつで、本当は見守っていて下さったんですね!」
     いやどんだけポジティブだよ。
     前言撤回、やっぱりコイツはちょっと馬鹿なのかもしれない。
    「確かに絹のベットは心地よいですが、ひとりぼっちは嫌です。ここにいる方がずっと良い。それより話をしましょう。僕、ずっとあなたとお話がしたいと思ってたんですよ!」
     物怖じせずグイグイこられて、調子が狂ってしまう。嫌われていると思いながら隣に落ちてきたというのだから、呆れるほどの豪胆さと行動力だ。
     オレは煌星を観察しながら、なんだかイデアとはタイプが違うなと思っていた。
     イデアに作り出されたオレ達は、少なからずその人となりや想いに影響を受ける。夢中になると言葉が溢れ出し、好きな事となると早口になって止まらないところはイデアに共通するが、人見知りしないどころか人懐っこく、物怖じしない上、「僕は人間嫌いだ」「独りが一番」を口癖とするイデアから、臆面もなく「ひとりぼっちは嫌だ」という言葉が出てくるとは思えなかった。かといって、屈託のないオルトととも、少しタイプが違う気がする。
     そこまで考えて、オレは気づいた。
     コイツは、最近のオレ達の好敵手、イデアの後輩、アズール・アーシェングロットを思い出させるのだと。
     そういえば、イデアもアズールと知り合ったばかりの頃は、よくこんな風にアズールの口八丁に押し負けて流されていた気がする。
    「とにかくだ。お前、ゲーム中にそれやるなよ。イカサマになる。勝負は正々堂々真剣勝負、信頼が何より大事だからな」
    「ゲームのルールのお話ですね! 是非、詳しく聞かせて下さい」
     キツめに注意したつもりが、煌星はその身の内の金砂をキラキラ輝かせながら、興味深げに食いついてきた。やっぱり、調子が狂う。
    「イデアさんは僕を作りながら、その日のゲームや対戦相手のアズールさんの話を、とても楽しそうに聞かせてくれたんですよ。僕もこの名に恥じることなく、イデアさんには是非勝利を掴み取っていただきたいんです。そのためにはまず、予習しないと!」
    「予習?」
    「はい。まぁ見ていて下さい。僕の優秀さ、ご覧に入れますよ。その為には入念な準備が必要だ。僕達サイコロを使うゲームって、沢山あるんですよね? 是非、部活でプレイされる可能性のあるゲームを中心に、色々教えて下さい」
     キラキラと金色に煌めきながら詰め寄られ、結局オレは最終的に、根負けしてしまった。

     考えてみて欲しい。オレは生まれてこの方、一方的に語りかけたり、ツッコミを入れたりすることは数あれど、誰かと言葉を交わしたことなど、一度もなかったのだ。夢中になってオレの言葉に耳を傾け、相槌を打ち、聞き入る相手など、一人もいなかった。
     煌星はイデアが大好きらしかった。それはオレとて同じ。つまり、初めての推し談義。盛り上がらないはずがなかった。

     オレはオレとイデアの武勇伝を片端から語って聞かせた。語り聞かせは思いの外心が熱く滾り、煌星の心からの感嘆も相まって、最高に楽しかった。
     嗚呼、素晴らしきかな会話のキャッチボール。繰り出される煌星の世間知らずなツッコミには、若干ドッチボールの節もあったが。
     見た目のいけ好かなさに反して、煌星は悪い奴ではなかった。そりゃあそうだろう。イデアが作ったモノを、オレが嫌いになれるはずなどなかったのだ。
    「僕、イデアさんの指を好ましく思います。あのタイトなシルエット。長くて、細くて、大きくて、迷いがない。それなのに優しくて、頼もしくもある」
    「確かにイデアは開発スイッチが入ってると頼もしくてカッコ良く見えるくらいだが、ああ見えてヘタレで泣き虫で、全然ダメになる時も結構あるぞ。可愛いくらいだ」
    「可愛い? テンションがコロコロ変わるので、面白い人だとは思いますが」
    「お前も直にわかる。結構子供っぽいところがあるんだよ。人見知りだしな。でもゲームに熱が入れば、それも薄れる。身体はデカくなったけど、ゲームの最中なんか特に、子供の頃と同じだ」
    「子供……。これは純粋な疑問なんですが、イデアさんの子供の頃の手って、どんな感じだったんですか? 柔らかい手って、どんな感じなんでしょうか?」
    「柔らかい手か。そういえば柔らかい感触とはご無沙汰だな。嗚呼、でも最近はアズールと共有することもあって。アイツは滅多に手袋外さないんだけど、素手の指の感情は柔らかくて、ちょっとだけ、イデアがチビの時に近いかも」
    「羨ましいです。僕も、子供の頃のイデアさんの、手の感触を知りたい」
    「手袋してると手汗や手垢で汚れなくてイイってヤツもいるかもしれないが、オレはプレイヤーの体温は肌で感じたいね。コンディションがよくわかるからな。アズールなんかは北の海の人魚だからか、ちょっとひんやりしてたかな。でも熱が入ると言葉通り手も熱くなるのがよく分かって、面白いぜ」
    「アズールさんの話なら、沢山聞きましたよ。ムキになるというか、随分負けず嫌いだそうですね。勝つまで挑んでくるとか」
    「そうなんだよ。呆れを通り越して、感心するね」
    「クールそうな見た目で、大人っぽいイメージなのに、実際は随分違うらしいじゃないですか」
     煌星のその言葉に、オレは改めて煌星を見つめた。
     煌星の、人懐っこくて知識欲旺盛で、勝利に貪欲で、まだ見ぬ冒険に胸を躍らせるさまは、一見した時の、いけ好かないインテリ野郎というイメージとは随分異なる。
     黙っていた時は、夕暮れのように物憂げで上品な、大人っぽい印象を覚えたというのに、そのパワフルさと逞しさに触れた今をはむしろ、夕暮れというより日の出の方かもしれないと思わされるほどだった。
     昔のイデアやオルトに似ているかと思ったが、むしろコイツは我らが好敵手、後輩・アズールに似ているのかもしれない。
     そう思うと、予習がどうとか準備がどうとか、知識で理詰めしたがるところは、まさにあのアズールそっくりに思えてくる。どうやらイデアは、よっぽどアズールとの対戦に打ち勝つ事を思いながら、煌星を制作したようだ。煌星は、イデアよりもむしろ、アズールに似ているように思えた。
    「嗚呼、早く一緒に遊びたいですね! 蒼星さんのスピン、この目で見てみたいです。もちろんこの僕も華麗にターンしてみせますよ。理論は完璧だ。はやく実践してみたい」
     夢中で話し込み、すっかり盛り上がっていたオレは、無邪気に息まく煌星の言葉で、我に返った。
     そう。オレ達が一緒にゲームをすることはない。
     イデアが煌星を振る時、すなわちそれは、オレがお払い箱になる時だからだ。
    「……そう思うならさっさと戻って明日に備えるんだな。机の上に用意してあるってことは、デビュー戦は明日なんだろうし」
    「えっ」
    「『えっ?』」
    「……戻ることまで考えてませんでした」
    「おいいい」
     予習なんて計画的なことを口にしながら、詰めが甘いにも程がある。やっぱりこいつ、頭は良いが、馬鹿なのかもしれない。
    「どうしましょう」
    「どうって……イデアが気づいてくれるのを待つしかないだろう。まぁここは日頃からよく使うものを入れてる箱だから、イデアもすぐに気がつくさ」
     煌星が今にも泣き出しそうに見えたので、オレは「それが明日とは限らないが」という言葉を飲み込んだ。
     
       ◆  ◆   


     翌日、部活前。イデアは朝から何やらぶつぶつと同じような言葉を繰り返し呟きながら、注意力散漫な様子だった。珍しくない現象だ。イデアは、例えば新しい開発の構想を練っている時なんかは、こんな風に自分の思考に没頭し、周りが見えなくなることがある。
     しかし煌星にとっては最悪のタイミングと言えた。部活の直前になっても、イデアは相変わらず上の空だったからだ。絹布の中が空っぽである事にも気づかず、そして中を確かめることもせず、肝心の煌星は不在のままの、絹布だけを鷲掴み、ポケットへと突っ込んだのである。
     隣で落胆する煌星を宥めながら、オレは正直少しホッとしていた。僅かではあるが、オレの廃棄の瞬間が遠ざかったからだ。
     ところがイデアは続いて、何故かオレたちが入っている菓子箱に手を伸ばしてきた。
     上の空に見えたが、煌星がここに落ちていること気づいたのか。
     思わず固唾を飲んだオレだったが、イデアはこちらを確認することもなく、いつものように指先でぞんざいにオレを探り当てると、そのままポケットにオレだけを突っ込んだ。
     イデアの指の隙間からは、菓子箱の中から途方に暮れた様子でオレを見上げる煌星が見えた。
     どうやらイデアは今日、煌星とオレ、どちらも持っていくつもりだったらしい。

     何故だ?

     オレは、部室に向かうイデアのパーカーのポケットの中で、飴玉と絹布と共に揺られながら思案し、直ぐ答えに辿り着いた。
     双方を転がして比較し、最後の微調整をするつもりだったのだろう、と。
     しかしポケットの中にオレ一人。最後の微調整は出来そうにない。やはりオレは、一日寿命が延びたというわけである。
     こうしてポケットの中でカチカチと飴玉にぶつかる日も、あと残り数回かと、オレは感慨に耽った。しかし、今日はいつもに比べて、あまり衝撃がない。
     一緒に入れられた、絹布のせいだった。
     遠目に見るばかりだった絹布は白乳色に輝いて、滑らかで、少しひんやりとオレの頬をなでていく。幼い頃のイデアの指の柔らかさとはまた異なるが、悪くない感触だ。
     二度とこんな機会はないだろうと、オレはイデアの歩みと共に跳ねる遠心力の勢いを借りて、絹布の隙間に潜り込んでみた。
     嗚呼、まるで王様にでもなった気分だ。ちょっと良い匂いまでする気がする。もちろんお菓子の残り香ではない、香水のような、上品な香りだ。
     イデアは部室に到着すると、部屋の隅の窓際にある、定位置の席に座った。今日はいつもより少し早い到着で、落ち着きなくソワソワと体が揺れている。服の袖を噛んだり、扉を気にしたりしている様子に、オレは、イデアがアズールを待っているのだとすぐにわかった。まるで、新作ゲームを手に入れた時と同じ様相だったからだ。
     しかし今日は特に新しいゲームを持参しているわけでもない。何故イデアはアズールを待ち侘びているのだろう?

     オレは直ぐ、その理由に気づいた。イデアは、煌星のお披露目と自慢をするつもりなのだ。
     そう気づいた瞬間、オレはなんとも言えない気持ちになった。例のモヤモヤが、また身の内で膨らんでしまう。
     オレの時は、そんなこと一度もなかった。商売の匂いを感じ取ったのか、アズールの方からオレがオリジナルのお手製サイコロだと気づいて、「イデアさんのサイコロ、同じものを売ってるの見たことないんですけど。こう言うの、オーダーメイドできるものなんですか?」と食いついてきた時も、「あぁ、これ? まぁ売ってはないでしょうな。自作ですんで。でも別に、大したものじゃないよ。子供の工作」なんてそっけなく返しただけだったのに。
     モヤモヤがどんどん膨らんでいく。オレは一から六全ての目が、半目になる思いだった。
     確かに煌星は商材になりそうなほど美しいし、アズールの食いつきも良いだろう。
     だが残念だったなイデア。煌星は今、菓子箱の中。代わりにいるのは、お前曰く子供の工作の、このオレだ。
     オレは当初、イデアがポケットに手を入れる衝撃を利用して、絹布の中から転がり出てやるつもりだった。だが今回ばかりは少々意地悪な気持ちで、そのまま絹布の中に収まり続けることにした。
     勿体ぶって、仰々しく絹布にまで包んだその中から、使い古しのオレが出てきた時の、イデアの顔が見ものではないか。ドヤ顔からマメ鉄炮を食らった鳩のような表情に変わるであろうそのさまを笑ってやる。
     別にオレが意図的にやったことではない、不可抗力というやつだ。よく確認しなかったイデアが悪い。長年の相棒を、アッサリお払い箱にするというのだから、これくらいの悪戯は許されるだろう。
     成り行きとは言え、初めて仕掛ける悪戯に、オレはどこかワクワクとした心地で、その瞬間を待った。
     アズールが、室内に入ってきたのはすぐにわかった。気怠げに引きずりがちであったりだとか、靴の踵を踏んでかぺたぺたと間抜けであったりする他の足音とは異なる、コツコツとリズミカルで小気味良い足音が、真っ直ぐこちらに向かって近づいてきたからだ。同時に、イデアの身体が緊張したのも伝わってきた。ポケットに突っ込んだままのイデアの指先が、絹布越しに形を確かめるようにオレに触れ、強く握りしめてくる。
    「お疲れ様です。おや、イデアさん。もういらしてたんですか」
     聴き慣れた、よく通る、どこか大人びたテノールは、間違いなくアズールのものだ。
    「アズール氏……やっとお出ましですか。今日は一戦する前に、見せたいものがありまして」
    「見せたいもの?」
     そら来た、予想通りだ。イデアは平静を装いながらもどこか上擦った声で言いながら、ポケットの中の絹布ごとオレを掴み取り、卓上に置いた。
    「おや、絹のハンカチですか?」
    「いやいや。ここからがお楽しみ……」
     そして、勿体振りながら、そっと布を開いて見せたのだった。
     
       ◆  ◆ 
      

     部活が終わり、自室へと帰還したオレは、何故か頂点にまで達してしまったモヤモヤの只中にあった。イデア風に言えば、ムサカが喉に詰まったような不快感だ。釈然としない気持ちだけが膨らんで、確かに違和感を覚えているのに、それが何なのかわからない。

     結論から言うと、オレの初めての悪戯は成功した。しかも、大成功だ。イデアは毛先をピンクに染めるほど動揺していたし、その後の誤魔化しもゲームでのプレイも、グダグダだった。
     悪戯が成功したというのに、オレは何故かちっとも爽快な気分にはならなかった。モヤモヤは晴れず、むしろ一層色濃く膨らんだ気がしたほどだ。
     煌星が生まれたあの瞬間から、折に触れては、このなんとも言えないモヤモヤが顔を覗かせ、膨らんで、オレを苛み続けている。何がモヤモヤするのかすらわからなくて、それがまたモヤモヤを増長させるという悪循環。白黒のつかない曖昧さは、サイコロの性質に反するレベルで受け付けないというのに。
     オレは今度こそ、モヤモヤの原因をハッキリさせてやろうと、思考をフル回転させた。
     絹布に入っていたのが煌星ではなく、オレであった事を知った時の、イデアの落胆を目にしたからか?
     いや、あれは落胆とは違った気がする。では一体どういう感情だったのかというと、よく分からないというのが正直な感想だ。
     では、わからないから? イデアの事なら誰よりも良く理解しているはずのオレが、わからないと感じるからモヤモヤしているのだろうか。もっと詳しく思い出してみよう。
     イデアはピンクに染まった髪に、手に汗を握って、まるで緊張しているように見えた。
     緊張? まさか。アズールは、珍しくもイデアが緊張しない、数少ない人物の一人のはずだ。
     あの時のイデアはあからさまに挙動不審で、それでもなんとかその場を適当に誤魔化し、何事もなかったかのように一戦交え、しかしいつもに比べれば全く本領を発揮できぬまま敗北に終わり、そそくさと早めにその日の部活を切り上げてしまった。
     なるほど。オレのラストゲームになるかもしれない一戦が、動揺を引きずった、パッとしない、負け戦に終わったからか?
     いや、この釈然としない感じは、勝敗の前から燻っていたものだ。
     なら、お払い箱になる日がいよいよ現実味を帯びてきたから?
     いや、その危機感や寂しさともまた違う。
     ……ダメだ。膨らみきったモヤモヤの、そのあまりの質量に、いっそ正体が掴めるような気さえしたのだが、錯覚だったようだ。喉元まで出かかったムサカは、飲み下すことも吐き出すこともできず、結局答えは出ないままだった。

     ……嗚呼、それとも。

     オレはチラリと卓上に目を向けた。
     昨夜の喧しさと打って変わって、すっかり黙りこくって静かになってしまった煌星。その雰囲気に引きずられて、陰鬱な気分になっているだけだろうか。
     自室に戻ったイデアは、オレを箱に戻すついでに、煌星を見つけ出した。改めて絹布に包むと、昨夜と同じように卓上に置いた。我々は昨夜と全く同じ位置に落ち着いたわけだ。
     煌星からは変わらず強い魔力の気配を感じるが、それでも、お帰りなさいの言葉は無かった。
    「まぁそう落ち込むなよ。おとなしくそこに収まっていれば、明日にでもデビュー戦に挑めるさ」
     オレの掛けた言葉は煌星に届いたのだろう、絹布が僅かに小さく揺れたが、それでも、返事は返ってこなかった。
     
       ◆  ◆   

     
     ところがである。
     オレの予想に反して、数週間経ってもイデアが煌星に手を伸ばすことは無かった。オレ的には廃棄を免れて願ったりといったところだが、煌星にとってはそうではないだろう。
     隠しているつもりらしいが、どうやらオレ達が部活に出ている一人の間に、メソメソと泣きべそをかいているようなのだ。ほとんど喋らなくなってしまったのは、涙の名残の情けない声を、聞かれるのが嫌だからなのだろう。
     廃棄の危機を免れたはずのオレだったが、何故か未だに例のモヤモヤを、引きずり続けていた。
    「泣くなよ煌星」
    「……泣いてません」
     案の定、声は情けなく揺れていた。誤魔化しきれていない。泣き虫な癖に、負けず嫌いとは、面倒くさい奴だ。
    「大丈夫だ。昨日の今日じゃお披露目の失敗がバレて、カッコ悪くて気まずいだけだ。ほとぼりが冷めれば直ぐ、お前も参戦できるって」
    「そんなこと言って、もうニ週間も経ってしまったじゃないですか」
     確かに、予想より長すぎるとは思う。
    「僕が、勝手に、転がり落ちたから。だからイデアさんは、験が悪いと思ったに違いありません」
     煌星の言葉には一理あった。確かに、そういう考え方もあるからだ。例えば、やたら紛失しやすいだとか、壊れやすいだとか。持っていると、必ず怪我をするだとか。逆に、困った時偶々持ち合わせていて役に立っただとか、ラッキーな事が続いただとか。そういう現象とモノを結びつけて、因果関係があるとする考え方だ。
     特に勝負事が絡む時は顕著で、良い成績を出した時に身につけていたものを、縁起が良いと捉え、ジンクスに取り入れるなんてことも、良く聞く話だった。
    「いや、イデアはかなりの現実主義者だ。そう言うことは気にしない。……多分」
     ありえるかもしれないという思いが声に出てしまったのかもしれない。煌星はオレの言葉に慰められるどころか、今まで溜まっていた物が爆発でもしたかのように、悲痛な声をあげた。
    「やっぱり! 僕達サイコロは人生のお守りでもあるのに! 勝手に転がり落ちるなんて縁起が悪いって、見限られてしまったんだ! もーやだ! 僕はただ勝利を掴んで欲しかった! そのために僕ができることなら、なんでもしようと思っただけなのに!」
     人生の、お守り。
     煌星の言葉に、オレはなんだか、ずっと燻っていたモヤモヤが、キュウと硬くなっていく気がした。
     確かにオレ達サイコロは、勝負事に絡む上、人生の魔除けの意味合いも持ち合わせている。だから、験の悪さ、縁起の良し悪しが、評価に加わっても不思議ではなかった。
    「だから大丈夫だって。本当に要らないと思うなら、今頃お前はとっくにゴミ箱の中だ。イデアはモノを大事にする質だが、不要となれば割と容赦なく切り捨てる冷たいところもあるから」
     オレはなんとか慰めようと語りかけたが、具体的な言葉は悪手だったようで、煌星は己がゴミ箱に捨てられるさまを想像してしまったのだろう、息を呑み、そして今度こそ明らかに涙に濡れた弱々しい声で言った。
    「僕、一度もゲームをしないまま、捨てられちゃうんですか。蒼星さんのプレイもまだ見てない。一緒にゲームするの、楽しみにしてたのに」
     それがまるで途方に暮れた小さな子供のようで、オレはなんとかしてやりたくて堪らない気持ちになった。胸が締め付けられて、モヤモヤもますます一緒に締め付けられていく気がした。
    「だから大丈夫だって。オレと違って、お前はアズールにお披露目しようとしてたくらいなんだぞ。お前と思いこんでオレをアズールに見せてしまったのが、格好悪くて、恥ずかしいって、引きずってるだけなんだよ。イデアはああ見えて、格好つけだから」
    「イデアさんは、格好なんかつけなくても、格好良いです」
    「あー、だからそれはお前が作業で集中してるイデアしか見てないからだって。見せてやりたかったぜ、絹布を開けた時の、あのイデアの姿を! 口ではさりげなさを装ってたが全然うわずってたし、小さい子供みたいに目なんかぎゅっと瞑って、髪の毛もピンクに染めて……」
     煌星を慰めてやろうと、あの日のイデアを細かく思い出しながら言葉を連ねていたオレは、モヤモヤが、またキュウと硬くなるのを感じた。
     そう。掴みどころのなかった何かが、輪郭を形取っていくかのように。
     あの日、イデアが絹布を開いた時。さぁ、当てが外れたイデアの間抜けな姿を余すことなく堪能してやると、イデアを眺めていた時。イデアは、キツく目を瞑っていた。毛先をパチパチと逆立てピンクに染めながら、目を瞑り、呼吸を止めているようにすら見えた。
     あの違和感。燻っていたモヤモヤが、一層膨らんだ、あの瞬間。
     オレはそれを、「てっきり目を丸くして硬直するイデアが見れると思ったのに肩透かしを食らった、面白くない、釈然としない」というモヤモヤだと思いこんでいたが、違う。そうではない。オレが正しくイデアを理解出来ていなかったからだ。認識はしているのに理解できていなかった。間違った解釈をしていた。その間違いに心のどこかで気づいていたから、答えがわからずずっとモヤモヤしていたのだ。
     オレはあの時、「オレを確認した」イデアは「間違いに」気づいてそこで初めて、羞恥を覚え、髪を逆立てながら真っ赤になり、混乱しながらも笑って誤魔化すであろうと予想していた。
     しかし、本物のイデアの反応は違っていた。髪は、確かに見事なまでのピンクに染まっていた。けれど、間違いに気づいてからではない。「イデアの髪は初めから、見事に色づいていた」のだ。むしろ間違いに気づいた瞬間、ピンクだった髪は青に戻り、逆立つどころかしなだれて、すっかり弱火になってしまった。
     その後イデアは慌ててポケットを叩き、手を突っ込み、何かの部品にコインに飴玉と、ポケットの中に収まっていたガラクタを全て取り出し、煌星がない事を確認すると、力なく席に座った。
    「ごめん、今のは忘れて。やっぱりやめとけってことなのかも。距離感間違えてる気がしてきたし。女神の啓示的な」
    「? 一体どうしたんです? 大丈夫ですか? あなたのサイコロが、どうかしたのでは」
    「なんでもない。間違えたんだ。ほら、ゲームをはじめよう」

     記憶を辿りながら、オレは燻っていたモヤモヤがひとつずつ晴れ、全て紐付き、繋がっていくのを感じていた。
     間違いに気づいてからの羞恥ではなく、煌星を差し出しながら既にピンクに染まっていたイデアの髪。
     一度ケチがつくとアッサリ手放してしまうところのあるイデアが、何故か煌星のことは捨てず、大切に絹布に包み持ち続けていた理由。
     アズールにどこか似ている煌星。似てしまうほど、アズールに想いを馳せながら、製作された煌星。
     煌星が言った通り、サイコロは、ゲームで用いる道具の他に、お守りという一面も持つ。人生と言う名の旅路の、成功と災難避けを祈るお守りだ。だからこそわかった。強すぎるほど煌星に込められた、イデアの魔力の理由が。
     到底、イデアの持ち物としては似合わないような、繊細で上品なデザインの理由が。
     そして極め付け。イデアが煌星を完成させた時、眩しげに見つめた、煌星に向けられたあの眼差し。
     そうだ。あれは、オレが完成した時に見せた眼差し同じものではない。似た類ではあるが、違うもの。確かに最近何度か目にしていたもの。
     そう。あれは、イデアがアズールに時折向けている眼差しなのだ。
     強かで、ゲームも将来の商売の勉強になるからなんて理由で始めたアズールが、得意げに、楽しげに、未来の展望を語る時、イデアはあんな表情をしてみせた。少し眩しそうな、寂しそうな、優しい眼差しで、アズールを見つめていた。

     夢を掴み取る、黎明の光。

    「嗚呼! やっとスッキリした!」
     オレは、実に数日に渡り苛まれてきたモヤモヤからの解放感に、思わず大きな声をあげていた。このモヤモヤは初めから、全て一つの答えを指し示していたのだ。けれどそれはオレにとって、おそらくはイデアにとっても、未知の、初めてのものだった。だから、上手く認識できなかったのだ。否、認識しながらも、正しく解釈出来ないでいた。だからずっとモヤついていたのだ。
    「な、何です?」
     驚いた様子の煌星に、オレは目線を走らせ時計で時刻を確認すると、両手を広げる想いで言った。
    「煌星、こっちに来い!」
    「えっ」
    「オレのところに、落ちてこい」
    「イヤだ。今度こそ縁起が悪いって、捨てられてしまう」
    「大丈夫だ、オレに考えがある。任せろ、絶対に上手くいくから。ほら、急げ! あと5分もすれば、飛行術の授業が終わって、イデアが帰ってくる。そうすれば次は、速攻部活の時間だ」
     答えを知った今、焦る必要が無いことも分かってはいたが、それでも、一日でも早く、煌星を、初めて言葉を交わしたあの日のように、楽しげに輝かせてやりたかった。イデアが目を細めて眺めたあの輝きを、取り戻してやりたかった。今ならわかる。それは、オレが守ると誓った光と同じ類のものだ。
    「で、でも」
    「オレと、ゲームがしたいんだろう?」
     躊躇っていた煌星は、オレの言葉に意を決した様子で、初めてのあの日と同じように、オレの隣へと落ちてきた。
    「そ、それで、次はどうすればいいんですか?」
    「イデアが箱に指を突っ込んだ瞬間、オレを弾き飛ばして、オレの代わりにイデアの指の中に入り込め」
    「えっ でも、それじゃああなたは?」
    「大丈夫だから。ほら、帰ってきたぞ。行け!」
     飛行術の授業の後のイデアはいつも疲れ切っていて、箱の中をわざわざ確認したりしない。手探りでオレを箱の中から掬い上げ、確認もしないままポケットに直行させる。
     そうこう言っている間に、イデアの指先が、箱の中に入ってきた。煌星はといえば、突発的な出来事には弱いのか、まだ戸惑った様子でオロオロしている。
     オレはイデアの指が箱に当たった衝撃を利用して、煌星に体当たりをした。上手くその身体を弾いて、場所の入れ替わりに成功する。
    「蒼星さん!」
    「一大イベントが待ってるぞ。楽しんでこい! 早速カッコ良くないイデアが拝めるはずだからな」
    「でも僕、イデアさんが蒼星さんだと思って僕を取り出してガッカリするところ、見たくないです。それにこれっきりなら、あなたと遊びたかった」
     イデアのポケットに収まりながら不安げに訴える煌星に、オレは答えた。
    「心配するな! 明日から、嫌と言うほど一緒に遊べるから」
    「えっ」
    「嗚呼、でも。オレだと思ってお前が出てきた時のイデアの様子。今度はお前がオレに、詳しく教えてくれよな!」

     ……オレの予想通り、その日部活から帰ったイデアは、煌星を伴ってはいなかった。しかしオレは、再会を確信している。何故ならイデアは明らかに上機嫌で、その髪の毛先は、僅かだが仄かなピンク色に染まっていたからだ。
     その、青とピンクの優しい絶妙なグラデーションは、煌星の姿に良く似ていた。 

       ◆  ◆   


     ここからは、オレの知らない話。後日煌星から聞いた、イデアとアズール、二人の会話の記録である。
    「おや、イデアさん。そのサイコロ、どうしたんですか?」
    「えっ、……アレ なんで。持ってきたつもりは」
    「素晴らしい! これもイデアさんが?」
    「エッ、アッ、ウン、一応自作……」
    「本当にあなたには驚かされる。何でも作ってしまうんだから。いつものサイコロも相当金にな……大変価値あるものだと思っていましたが、これもまた。……触って見ても良いですか?」
    「ア、ハイ、ドゾ」
    「これは……角度で色味が変わるんですね。すいません、おかしなことを言うと思われるかもしれないんですが、なんだか、夜明けの海を思い出します」
    「そ、そう! わかる? 夕焼けじゃなくて、夜明けのイメージで作ったんだ」
    「ええ! 朝日は夕刻とは異なって、丁度水面がこんな風に明るく輝くので。グリッターですね。中がキラキラと輝いて、なんだか……。ふふ。海底でコインを見つけた時を思い出すな」
    「ウン。その話聞いてたから。……気に入った?」
    「ええ、大変素晴らしい」
    「じゃ、じゃあ、あげる」
    「えっ」
    「実はそれ、君にと思って。アズール氏、サイコロ持ってないでしょ。あと地味に拙者の蒼星、じゃなかった、サイコロ一号狙ってたし」
    「おや。バレてましたか」
    「蒼星と似たような素材と型でつくったから、同じパフォーマンスを発揮できると思われ。アッ、べ、別に無理して使わなくても良いけど。サイコロって災難避けのお守りになるから。ほら、アズール氏、割りとそういう縁起もの好きでしょ」
    「ええ、ありがとうございます。勿論、使わせていただきますよ。では、対価は?」
    「対価?」
    「だってこれ、魔法石使ってますよね。それにこの技術、」
    「や、別にそんな大したもんじゃないし」
    「何を言ってるんですか、大したものですよ! 全くあなたときたら、相変わらずご自分の価値をわかってませんね。いいですか、僕は貸しはつくらない主義なんです」
    「じゃ、じゃあ、これからもずっと一緒にゲーム……うっわ重。じゃなくて。そう、今日これから一緒にやるゲームの選択権で」
    「そんな事で良いんですか?」
    「だってサイコロはゲームするものでしょ。使ってなんぼ。あ、あともうひとつ。自分のサイコロ忘れちゃったから、ソレ貸してくれる? それでチャラ」
    「……ふ、本当にあなたって人は。僕でなければカモにされているところだ。ええ、良いでしょう。貸して差し上げますよ、『僕の』サイコロを」
    「え、何。フヒ、途端に所有権主張してくるじゃん」
    「だって、前々から、あなたの作ったサイコロを手に入れたいと思っていたんですよ。どう取り引きを持ち掛けたものかと、考えていたんですから」
    「そんなに?」
    「ええそんなに。僕は必ず欲しいものは手に入れる男なんです。取り引きが成立した今、これは僕のものだ。返しませんよ」
    「一転して強欲さ見せつけてきて草」
    「ところで」
    「うん?」
    「このサイコロには無いんですか? 名前」
    「ファッ?」
    「栄光を掴み取る青き閃光、蒼星」
    「オワ――ッ な、何でその名前知ってるの」
    「何を今更。興にノッた時、必殺技とばかりにサイコロ振りながら、叫んでますよ、あなた」
    「マ?」
    「マです」
    「で、この子にもあるんでしょう? 名前が」
    「…………」
    「……栄光を掴み取る青き閃光・蒼星二号?」
    「ウワ――ッ! タイムタイムタイム! 素面の時は止めて、」
    「フフ、シラフって。実は僕もちょっとやってみたかったんですよね。必殺技叫びながら狙った出目を出して勝ち誇るボードゲームの作法」
    「いや必殺技と違うが……。作法でもないが……。変な癖覚えないで? てか待って、何、拙者そんなにドヤって……? いやうっすら記憶にあるかも……しかも気持ち良かった希ガス……」
    「で。あるんですよね? 名前」
    「いや~、あるにはあるけどこういうのは持ち主がつけてこそと言いますか、そもそも君をイメージして作ったものでゴニョゴニョ……」
    「ほらはやく!」
    「ああもう、笑わないって約束してくれる? 夢を掴み取る黎明の光、煌星だよ」
    「夢を掴み取る黎明の光、煌星」
    「イ――ヤ――ッ復唱しなくて良いから! それは開発ハイによる一時の迷いであって、正式名称は六面ダイス三ご……」
    「では行きますよ、くらえ、夢を掴み取る黎明の光、煌星! あっ、避けて下さいイデアさん」
    「ア痛ァ ちょっ、フッ、ンッフフフ。いやいやいや危な! みぞおち入りましたぞ。どんだけ力一杯投げてんの 普通、ここまで飛ぶ」
    「フ、ンフフ、すいません。力が入り過ぎました。顔に飛ばなくて良かった。怪我はありませんか」
    「大丈夫だけど。サイコロにタックルかまされたの、初めてですわ」
    「僕もみぞおちに食らわしたのは初めてです。なかなか難しいですね、必殺技」
    「ある意味必殺。いやだから必殺技違うし。そもそもまだゲーム始まってないですし、どれやるか選んですらないですし」
    「大丈夫です。今のは予行練習ですから」
    「予行練習、だと……? ンッフ、何が大丈夫かわからないところがウケる……」
    「フフ、……イデアさん」
    「ン、何?」
    「ありがとうございます。大切にしますね」
    「……ウン。……ッフ、説得力ないが?」
    「さっきはちょっと張り切りすぎたんですってば!」
    「フヒヒ、アズール氏。実は相当はしゃいでおられますな」
    「どうやらそうみたいです」
    「まぁ、喜んでいただけて何よりですわ」
    「ええ。次回は蒼星さんもまとめて、打ちまかして差し上げますよ」
    「物理で?」
    「ッフ、だからわざとじゃないですって! ほら、はやくタイトルを選んで下さい。ゲームを始めますよ!」

     ……概ね、オレの予想通り。オレと取り違えて煌星を持ってきてしまったことに、イデアは動揺と戸惑いこそ見せたものの、落胆はしなかったという。
     オレと煌星、つまりイデアとアズールは、今日も楽しくゲーム三昧だ。
     オレの守るべき光は、今日もオレの傍らで、美しく煌めいている。

                                         
    ーFinー
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🎲🎲🎲🎲🎲🎲❣💗💕💕💞💞💕💕❤❤👍💘💗💗👏👏👏🎲🎲🎲🎲🎲☺☺💞💯💖🎲🎲🎲🎲💯💯💯☺☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    281289s

    PASTチート💀短編
    ※卒業後、事業家💀と支配人🐙

    💀🐙既刊
    「蛸はエイドスを丸呑みにする」より再録。


    ※紙本(数冊在庫あり)▼
    https://sainome.booth.pm/items/3017970
    「蛸はエイドスを丸呑みにする」「ビルは今、全面封鎖の状態です。皆、外には出ないように。外回りの者には連絡を。足止めしたお客様には、管理システムのテストの影響で、すぐ解除されるので心配ないとお伝えして。それから、至急、全監視カメラの映像の準備を頼みます」
     アズールは的確な指示を出しながらも眉間に皺を刻み、苛立たしげに手袋の上から親指を噛んで、大股で部屋の端から端を、行ったり来たりしていた。
     アズールが人前で表情を崩すことは珍しいが、今回ばかりは致し方ないことだと言えよう。
     イデアとアズールが付き合い始めて、丁度四ヶ月ばかりたった頃。アズールは、忌まわしき学園時代から数えて二度目の、金庫破りの被害にあっていた。
     アズールは、自身の魔法の質との関係もあって、重要な書類は電子化せず、紙媒体として手元に保管していた。電子と違い、物理であれば、接触手段は限られてくる。奪おうとすれば必ず、犯人はその場に姿を現さなければならない。金庫室一帯の魔法を無効化してしまえば、さらに盗み出すことは困難になる。
    10231

    281289s

    PROGRESSお互い大好きなのに、片思いと思い込んだまま事故るイデアズ
    ②https://poipiku.com/595058/8494495.html

    ※煽り愛
    ※切ないすれ違いのえっちからウルトラハッピーエンド
    ※R18になる
    ※お互い思惑があり相手を出し抜こうとする
    ※更新目安4~5000前後
    ※💀視点が終わるくらいまでを掲載予定
    (■序💀→🐙視点)
    ※完成できそうならまとめて本に
    Good luck 1 どうして、こんなことになっちゃったんだっけ?



     聡明なはずのイデアの頭脳は今、機能を停止していた。
     ベッドの上で、大好きな子が、自分の腕の中に収まっている。
     いや、実際は、そんな風に甘く色めいた表現がゆるされる状況ではなかった。
     イデアの左手はアズールの手首を掴み、右手はその肩を押さえ込んで、膝は細い腰を跨ぎ、その身体をベッドに縫い付けている。
     皆が寝静まった、夜中の0時過ぎ。オクタヴィネル寮内のアズールの部屋で、イデアは、アズールを強引に押し倒し、その身体をベッドに組み敷いていた。
     部屋の灯りは、窓から差し込む海水越しの、仄かな月明かりだけ。
     ゆらゆらと頼りなく淡い光ではあったが、イデアからはアズールの姿が良く見えた。いつもかけている銀縁の眼鏡を、外しているせいもあるかもしれない。息を呑み、驚愕に瞳を見開きながら、こちらを見上げているアズールの表情が、はっきりと見えた。
    4262