“食後に1錠、服薬後の休息は怠らないように!”同居人が処方箋にそうなぐり書きした薬を空っぽの胃に流し込む。その間も乾いた咳を零し、何度向けられたか分からぬ視線に大丈夫だと目線で返す。
それでも心配だと返すカーヴェに対し何か言おうと口を開いたが出たのは存外に掠れた情けない声で“大丈夫だ”といった声には信憑性が薄い。
そう、アルハイゼンは喉風邪を患っていたのだ。
季節の変わり目は体調を崩しやすい、とは本当なのだろうか。ひ弱だと何度も皮肉った彼は今年は風邪一つひいておらず、自身より生活面にだらしないと感じることがあるが体調を崩すのはほんの数日。
警戒心が薄れたのか酔いつぶれてカウチで寝間着のまま伸びている姿はよく目にするが、病気になったときはあからさまにアルハイゼンを避けるのだ。
弱みを見せたくないのか、それとも。
一向に埒が明かない会話の応酬を終わらせ自室に戻ればカーヴェは一つため息をつく。
何かあるのならばいってくれればいいものをこういう時に限って何も口にしないものだから少しだけ苛立ちが勝つ。
悪いことを考えてしまうのは病のせいだ。
起きていても咳ばかりしては明日に響くだろうし寝てしまおう。そう考えて読みかけていた本を閉じた。
薬のおかげかだいぶ咳が減り、だんだんと快調に向かっていく気配がする。少しの仮眠を通してそう確信したアルハイゼンはふと香ってくる夕食の匂いに懐かしみを覚えた。
昔祖母が喉風邪を引いたアルハイゼンに作ってくれたスープ。今日の夕食の匂いがその匂いにひどく似ていたのだ。
コンコン、と扉をノックする音。
少しの間の後入ってきたカーヴェはお盆にスープの入った深皿を乗せていた。ふわりと漂った優しい香りに昼を抜いたアルハイゼンは思わず涎を垂らしそうになった。
「僕が書いた文字が見えなかったのか?!どうせ昼は何も口にしていないんだろ!洗面台を見れば分かる。君は僕にまともな朝食をして欲しいというが、今の君には栄養が必要だ。少しは食べたらどうだ。」
「君の言ったことは概ね正しいよ。ただ荒れた喉が食べ物を受け付けないから仕方なく昼を抜いたんだ。だがこれは頂こう。これなら食べれそうだ。」
くたくたになるまで煮込まれた野菜はきっと喉を通りやすいようにと配慮されたものだ。それに中には入っているのは炎症を抑える効果のあるタマネギが入っている。一口すくって口に運べば黄金色に光る液体は口の中に広がり、荒れた口内を癒やす気がした。
この一杯に彼なりの愛情が詰まっている。
「どうだ、食べれなかったら残していいからな。」
「そんな事するわけないだろう。残すには惜しい一品だ。」
“珍しい”と口にするカーヴェを他所にアルハイゼンは目に見えた愛情を彼がくれるのならば体調を崩すのも悪くないと思えてしまうのであった。